第8話 おっさんと魔法講座

 休日。姪とダンジョン攻略することになった。


 僕はジャージに着替えて、予報アプリでダンジョン指数をたしかめる。人気がなさそうで、放っておいても自然消滅しそうなものを探した。


 やってきたのは草原ダンジョンだ。


 地平線までつづく草原は、冒険者どころかモンスターすら見かけない。そよそよと優しい風が気持ちよく、散歩するにはちょうどよさそうだ。


 ……この空気感、やっぱ異世界と似ているよなあ。


 そんなことを感じていると、制服姿のつづきちゃんが遅れてやってきた。


「お待たせ、おじさん」


 その恰好に、ちょっと驚く。


「制服? 休日だよね」 

「これはコスプレだよ」

「こ、こすぷれ⁉ 学校の制服じゃなかったの⁉」

「学校に迷惑をかけるわけにはいかないし、トラブルの原因になったりするから。でも、制服姿は配信ウケがいいからね」


 つづきちゃんは眠たそうな瞳で答えた。

 そういえばテレビで冒険者ダイバーとリスナーの配信トラブルについてのニュースをやっていたな。


 と、つづきちゃんが首をこてんと傾ける。


「可愛い?」

「可愛い可愛い」

「やった。褒められた」


 嬉しそうな姪っ子に、僕はほっこりした。


 つい甘やかしそうになるが、今日はつづきちゃんを鍛えるためにきている。ダンジョン犯罪があるのなら、ある程度は強くなったほうがいいと思ったのだ。

 実は僕は、厳しくできるおじさんなのだ。


「それじゃあおじさん、配信をはじめようー」


 つづきちゃんがスマホを操作して、ドローンを呼ぼうとしたので止めた。


「待とう。待ちましょう」

「……ダメ?」

「か、悲しそうな顔してもダメです。配信はナシ! ナシナシです!」


 つづきちゃんはしゅんとした顔になった。


 ダ、ダメだダメだ! 耐えろ!

 妹だけでなく、姪っ子相手にも何度も折れることになるぞ!


「おじさん、お願い。おじさんおじさんおじさん」

「こ、腰に抱き着かない! スリスリしない!」


 ぐっ……これぐらい、昔は妹相手に何度もやられてきたんだ! 

 そうやって妹に甘えられて……いつも! 何度も! 根負けしていたんだ!


「わ……わかったわかった! あとでちょっとだけね!」

「おじさん、好きー」


 つづきちゃんは顔をあげて、愛らしく微笑んだ。


 その顔、妹そっくり……。懐かしさを覚えつつも、この母娘に一生頭があがらないんじゃないかと思った。


 と、姪っ子が笑顔で配信プランを語ってくる。


「でね、でね。顔を隠したいおじさんのために『鳩おじさん再発見!』って感じで、おじさんを偶然見つけた感じで配信しようと思うの」

「……それはあとでね。つづきちゃんの冒険者としての実力はどれぐらい?」


 冒険ライセンスはとってないらしい。

 姪っ子の配信アーカイブを見るには見たのだが……。


「んー……おじさんは私の動画を見たんだよね?」

「少し強い雑魚ならソロで倒せるレベルだったね」

「アレのとおりだよ」

「ア、アレのまま⁉ 実力隠しているとかじゃなくて???」

「うん」

「低レベル冒険者ダイバーの攻略配信なんて見に来る人がいるの……?」


 いや、チャンネル登録者はかなりいたけれども。

 んんー? つづきちゃんが美少女なのを差し引いてもおかしくない?


 姪っ子が人差し指をリズミカルにふる。


「チッチッチ、強すぎず弱すぎずの攻略がいいんだよ。強すぎるのも需要あるけれど、若い子が自分なりに頑張る姿がいいんだ」

「ええ……おじさん、配信文化わからな……いや、それわかるな」


 数十年ぶりに見た甲子園野球。

 若い子がひと夏の青春に賭けている姿に、自然と涙がこぼれおちた。


 とにかく、だ。


「ってことは、つづきちゃんスキルは基礎だけ?」

「うん、『重量上昇』『基礎回復上昇』『体力・魔力向上』の鉄板冒険スキル。あとは基礎魔法だけだよ。レベルも高くないから、スキルポイントはそんなに割り振れていないし。普通の人よりちょっと強いぐらい?」

「……じゃあDランクってところかな」


 冒険者のランク分けは『S・A~F』でモンスターも同じだ。


 あと別枠でランク『IG』がある。


 ベヒモスなんかはAランク相当だが、つづきちゃんの配信みたいにイレギュラー的に発生したものは『IG』枠になる。だいたい強さが通常時より異なるんだよな。


 そんな既存の枠におさまらないものは『IGイレギュラー』扱いだ。

 このあたりの区別は異世界とほぼ変わらない。


「おじさんが魔法を教えてくれるの?」


 つづきちゃんはちょっと声を弾ませて言った。


「僕のは特殊でね……教えることができないよ」


 普通の魔法が覚えられない代わりの、創造チートスキルだったんだよな。


 みんなが覚えられる魔法は、厨二病オリジナル魔法に置き換わっている。

 というか、置き換えてしまった……。


 最初魔法を覚えたくてもスキルポイントが割り振れなくて、ギルド内で無能扱いされたなあ。

 ギルドを追放されて、仲間たちに出会えたからいいんだけどね。


 ひとまず、基礎底上げがいいかな。


「つづきちゃん、まずは魔法を使ってみて」

「なんでもいいの?」

「本気でね」


 うなずいた姪っ子は右手をかざして、「燃えろー」と唱えた。


 炎の基礎魔法だ。

 扇状の炎が草原に広がっている。範囲は30メートルほどかな。めらめらーと草を燃やしていた。


「どう、おじさん? これでいいの?」

「うん、威力は普通だね」

「普通だよ。普通の冒険者だもん」

「いやいや魔法詠唱トリガーワードから魔法を形にするのがすごく早いよ」

「私たちの世代はダンジョンが側にあったからね。慣れてる。年配の人は苦手みたいだけど」


 魔法の三原則は『創造・連想・発現』だ。


 スキルポイントを割りふっただけでは発動できず、きちんと魔法の形を連想しなきゃいけない。魔法詠唱トリガーワードで、頭のイメージを言語化で結びつけるのが一般的だ。


 ちなみに魔法詠唱はなんだっていい。威力は変わらない。

 ……僕のは威力があがるし、性質も変わるけどね。


「そのまま魔力が尽きるまでやってみて」


 つづきちゃんは放ちつづけていたが、魔力が空になったようで炎が消える。

 肩で息をしている姪っ子に、僕は言った。


「よし。もう一回魔法を唱えようか」

「え? でも魔力が空だよ?」


 つづきちゃんは首をかしげつつも「燃えろー」とまた唱えた。

 もちろん魔力が空なわけだから炎はでない。むしろ気持ち悪くなると思う。


「お、おじさん、だんだん気持ち悪くなってきたんだけど……」

「魔力回路がフル回転して、無理やり魔力を生成しようとしているからね」

「視界がチカチカしてきた……」

「体力を削っているからね。このままだと気絶だよ」

「おじさん?」

「100回ほど気絶をくりかえしたら魔力がちょっと向上するよ。さ、がんばろう」

「おじさん⁉⁉⁉」


 つづきちゃんは慌てて魔法をやめてしまった。

 僕も慌ててどうしたのかと聞く。


「えっ⁉ 若い子のノリには合わなかった⁉」

「若い子どころか普通のノリじゃないよ! それたぶん異世界のノリだよ!」


 あー……そういえば魔力向上に励んだときは、切羽詰まっていたときだったなあ。100回1000回気絶するほうがマシだったんだ。


 基礎の底上げにはよい訓練方法なんだが……。若い子にやる気を出してもらう方法……おじさんだからか思いつかない……。


 ………………………仕方ない、努力の成果を見てもらうか。


「つづきちゃん、魔力向上はがんばった分だけ強くなれるよ。見てて」


 人前で披露したくないけれど、姪っ子が少しでもやる気がでるなら。

 僕は右手を押さえる。


「ぐ、ぐううううっ! 右手が疼く……!」


 スタンダードな厨二病詠唱ポーズをとる。

 なにがスタンダードなのかはわからないが、今では標準的らしい。


 僕が右手を疼かせていると、つづきちゃんが「……おじさん、大丈夫?」と素で心配してきたので顔が熱くなってしまう。


 う、ううう、早く唱えなければ! 心がもたない! 

 うおおおおおおおおお! 昔の僕めええええええ! いっけーーーー! 羞恥心と共に飛んでけーーー!


「喰らいつくせ‼‼‼ 蒼炎龍波そうえんりゅうはあああああああああああああああ!」


 蒼炎の竜が疼くに疼いた右手から放たれる。

 蒼炎の竜は「ウオオオオオオオンッ‼‼‼」と心の叫び(恥ずかしいうおおおおん)と呼応するように雄たけび、地平線の先まで飛んでいく。


 草原には、何キロメートルにおよぶ炎の痕がまっすぐに伸びていた。


「……ど、どう? やる気でたかい?」


 つづきちゃんは、瞳きらめく素敵な表情でいた。


「おじさん、大好き。一緒に暮らそう」

「そんな素敵な表情は、将来大事な人に見せてあげなさい!」


 姪は「トロマグロはまち。カニ。ウニ。サザエ」とつぶやき、近づいてくる。

 海鮮系が大好きなんだな⁉


「おじさん、リアルでも魔法が使える『』が巷で噂されているけどー」

「へー、そうなんだ」

「一生お世話するよ。おじさんを絶対に幸せにしてあげる」

「使えない使えない、僕は使えません!」


 姪の瞳はお金になっている。

 ここで使えるなんて言ったら、今夜からでも僕の家で暮らしはじめそうだ。


 そのあと魔法訓練は一旦おいて、『鳩おじさん再出現なる⁉』配信(子芝居)をしたり、回転寿司にいったり、お買い物に付き合わされたりと、一日中姪っ子に付き合わされるはめになった。


 大変だったが、姪の楽しそうな顔に『普通の日常』を実感する。

 僕は本当に異世界から帰ってきたんだなあーと、改めて思えた。ちなみに配信はプチパズったとかなんとか。


 しかし、僕は平凡で穏やかな日々にはなかなか帰れないと知る。

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