第7話 おっさんと闇夜の残像

「今日も働いたなー」


 日はすっかり暮れて、真夜中。

 僕は横断歩道で立ち止まり、股関節をストレッチしながら青信号になるのを待った。


「……半額弁当残っているかな」


 ダンジョン管理局の事情聴取で帰るのが遅くなってしまった。


 ブラッドウルフの牙偽装についてだが、どうやら市場にまだ出回っていなかったらしい。僕は「冒険者の噂で小耳に挟んだことがある。まさか本当に偽物だとは思わなかった」とは伝えた。


 管理局側もそこは深く言及してはこなかった。

 もっと別の問題があったのだ。


「偽物の冒険ライセンス、ね」


 あの男の冒険ライセンス、精巧な偽物だったらしい。


 ライセンスは冒険者の実績と信頼の証だ。偽造すれば罪に問われる。

 ただのゴロツキにしか見えなかったが、よもやの大事件である。


 管理局の人間曰く、『あの男は詐欺組織の下っ端かもしれない、下っ端が小金に目がくらんで先走ったのだろう』とのことだ。


「……やっぱり、華やかな面ばかりじゃないよな」


 異世界も華やかな面ばかりじゃなかった。


 魔族と裏でつながる悪辣な貴族もいた。異世界転移者を食いものにする人間もいた。己の欲望のためだけに弱者をふみにじる輩もいた。


「悪だくみする人間はどこにでもいるか」


 ダンジョンが発生するようになって十数年。

 まだまだ法律が整っていないらしい。

 ダンジョン内での傷害事件もグレー扱いになっている国もあるのだとか。


 僕の手で捕まえるべきだったかと後悔する。


 つづきちゃんのことも気になるな。

 お金を稼ぐために分配を嫌がって、ソロ冒険者をやっているとも言っていた。誰かが側にいたほうがいいよな。


「危険なんて勝手に近寄ってくるしなあ」


 今みたいに。

 僕はちょっとため息を吐く。


 信号が青になったので、僕は気づかないフリをして歩道を渡る。

 いかにも近道して帰りますよ的な雰囲気をかもしつつ、うすぐらい路地裏に足を踏みいれる。


 背後で足音が聞こえた。


 ……まさか、ほとぼとりさめない内に襲撃をかけてくるとはさ。

 うすぐらい路地裏を歩きつづけて、そして通りの死角までやってくる。


「――くたばれや‼ ボケが‼」


 男の怒声と共に、ぶんっと空気を削るような音が背後からした。鉄パイプかね。


 男の奇襲は失敗に終わる。

 直撃した瞬間、僕の姿が消えたのだ。


「消えた⁉⁉⁉」

「――


 背後からの奇襲攻撃が低ダメージなら完全無効化できる『残像だ』により、僕は襲撃者から離れた位置に立っていた。


 どうして背後からの奇襲攻撃限定なのか。

 どうして回避したあとで、わざわざセリフを言わなければいけないのか。


 当時の僕はこの一連の流れをやることが粋だと感じていたのだ。

 過去のやらかしが僕を蝕むのだ。

 ちなみにセリフは『分身だ』『どこをみている』でも可。


 襲撃者――例のマスク男は僕に気づいて、殺気全開でにらんできた。


「て、てめぇ‼ ちょこまかと逃げるんじゃねぇぞ!」


 めっちゃ早く逃げたと思われたらしい。


「背後から襲いかかってきた卑怯者に言われてもな」

「どうしてオレがツケているとわかった⁉」

「君みたいな逆恨みする人間、それなりに見てきたんだよ。なにせ、長く生きているおっさんだから」


 異世界にもいたな。

 悪事を暴いたあと、逆恨みで襲撃してくる奴。


 僕が歯牙にもかけない態度でいたからか、マスク男は額に青筋を浮かべる。


「くそっ……なんで知ってやがった!」

「牙のことかい?」

「アレはまだ市場に出回っていないんだぞ! てめーみたいなしょぼいおっさんが知っているはずがねぇんだ‼‼‼」

「たまたま小耳に挟んだんだ」

「んなわけねーだろうが! 正直に話しやがれ‼」


 マスク男は鉄パイプの切っ先を向けてきた。


 話さないと死ぬまで痛めつけますって顔で脅してくるが、どこか焦りも感じる。上司かなんかにオイタがばれて自分の立場が危うくなったかな。


「僕から逆にいいか?」

「あん?」

「いかにも下っ端な小悪党がなんであんなブツや、偽造ライセンスをもっていたわけ?」


 そう質問したが、下っ端小悪党扱いがよほど気に食わなかったらしい。

 マスク男は距離を詰めて、問答無用で鉄パイプをふりおろしてきた。


 これぐらいなら魔法を使わなくていいか。


「死んだぞ‼ おっさ……ん⁉」


 僕のデコピン一発で鉄パイプが根元から折れる。

 からんからんと折れた鉄パイプが地面に転がったことで、マスク男はようやく実力差がわかったようだ。


「あ……ぅ……」


 あとずさり、逃げようとしたマスク男に言ってやる。


「大きな詐欺組織にでも入って、それが自分の力だと誤解して気が強くなった?」

「あ……あんっ⁉」

「金に目がくらんで先走ったのは悪手だね。僕のことを調べるようにキツク言われたんじゃないかな?」


 マスク男の顔が痙攣した。こりゃあ相当厳しく言われたみたいだな。


 異世界でのあれやこれやな出来事を思い出す。

 モンスターによって生きるか死ぬかわからない異世界。生きのこるため、他人を出し抜くことだけに腐心する輩もいた。徒党を組み、弱者を食い物にする集団もいた。法の無法地帯な場所もあった。


 決して華かな面だけじゃなかった。


 僕に見つめられて、マスク男は目を泳がせた。


「オ、オ、オレになにかしてみろ……上の奴らが黙っちゃいねぇぞ……」

「その上司の命令、果たせなかったようだね」

「うっ……うう……」

「素直に自首しなさい。つらいなら、僕が一緒に行ってあげようか?」


 僕は親切心で言ったのだが、癇に障ったらしい。

 マスク男は奇声をあげながら、折れた鉄パイプで突貫してきた。


「きええええええええええええええええええ‼‼‼」

闇へのいざないブラック・ショック


 僕は首筋に手刀をあててやると、マスク男は白目をむいて、その場で気絶した。


 そう、当身だ。

 ただ人間は首にチョップしても気絶しないらしく、異世界でその事実を知ったときはずいぶんとショックを受けたものだ。


 だから僕はチートスキルで『首筋にチョップしたら気絶する』魔法を創造した。

 僕の魔法やスキルはそんなのばかりだ。

 そんなのばかりなんだ…………。ううっ。

 

 ちょっと眩暈を感じてしまい、指で眉間をつまむ。


「はあ……ダンジョン管理局には通報するとして」


 異世界も、現代も、そこに人がいるのなら光と闇があるわけで。


 異世界の資源はとても価値があるのだろう。法が整っていないのならばどんな有象無象が光の届かない場所で蠢いているか……わかったものじゃないか。


 うーん……少しのあいだけ、世話を焼かしてもらおうかな。


「つづきちゃんに連絡するか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る