第9話 おっさんと知らない番号
平日の夜。
自宅アパートの台所で、僕はスーパーで買ってきた野菜を並べる。
今晩は出来合いものじゃない。野菜炒めを作るつもりだ。
「つづきちゃんに言われたわけじゃないけどね」
謎の弁解はしたが、まあ出来合いものばかりはよくないよと言われたからだ。
健康は気にしていなかったが、姪の美味しい手料理をいただくと、しっかりした食生活を送りたくなる。なにかと甘えてきて困ることもあるけれど、姪っ子のおかげで人間らしい生活になった気がする。
伯父と姪。
僕にとってそれは、ずいぶんと普通な関係性だった。
「これが普通の人生、なのかな?」
異世界での切ったはったを思い出して、ちょぴりと苦笑した。
キャベツの包装を剝いていると、机のスマホが震えた。
知らない番号だ。知らない番号にでるのはあまりよくないらいしが、相手を待たすのも悪いかなと思い、通話する。
『
知らない男の声だ。声がガラついている。怒鳴ることが多いのだろうか。
妙だなと思いつつも答えた。
「はいはい、そうですよ」
『身内がお世話になったようで、こうしてお礼を申しあげようと電話した次第でして』
「……えっと、誰です?」
『貴方が通報した男。わたしの弟分なんですよ。まあアイツは下っ端の下っ端で……仕事の覚えも悪いロクデナシですが、手のかかる奴ほど可愛いというやつですね』
よくもやってくれたなと、丁寧な言葉の裏から威圧が伝わってきた。
うへーめんどーと、顔をしかめる。
魔族と繋がっていた貴族に脅迫されたことはあったが、まさか現代社会で似た目にあうとは。しかもこれ住所もバレているよな。
僕が思っていたより大きな詐欺組織みたいだ。
「それで……僕を脅しでもするのか?」
『そうですね。そんなところです』
「そんなところ?」
『いやあ可愛い姪っ子さんですね。アイドル顔負けの容姿です。ははは、攫われるともしらずに呑気に歩いていますよ。貴方と……とても仲がよろしいようで?』
息が止まる。
落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。
ここで動転しては主導権をうばわれる。スマホから顔を大きく離して深呼吸。異世界にいた頃の感覚に戻していけ。
こんな脅迫を平気でやってくる奴だと認識を改める。
「……少しでも傷つけてみろ。一切の容赦はしない」
『はは、声が冷静だ』
つづきちゃんを人質にするってことは……つまり僕を警戒している。
マスク男から僕の実力はある程度伝わっているようだな。
どこまで知っているのか。鳩のおじさんだとバレているのか?
「要件は?」
『単調直入に言いまして、貴方何者なんです?』
なにもの、か。
鳩のおじさんバレはしていないようだが。
「どこにでもいるおじさんだよ」
『ふざけた発言はひかえてもらいたいですね』
「僕が誰かはわかっていないんだろう」
『わたしたちの調査では……少なくとも、大きな後ろ盾はありませんよね』
そこは知っているのか。どうやって調べたのやらだ。
発達した科学は魔法と区別がつかないとは言われるが、久しぶりに帰ってきたこっちの世界も十分異世界だ。
『気になるのは、貴方に数十年の空白期間があること……。なぜ偽造方法を知ったのかです』
「……偽造は冒険者が噂していたよ。情報管理がザルいんじゃないか」
『アングラに潜れば耳に挟むかもしれませんが……それにしては知りすぎている。まるで偽物を見たことがある態度だったとか?』
「勤務評価をあげたくてね。いいかっこうをしただけだ」
『まあ……そのあたりも含めて直接お話しできればな、と』
男の声が冷たくなった。
ようは姪を人質にして僕が暴れないように監禁でもして、裏を探るつもりか。
……今ホントに現代社会?
ダンジョンが沸くようになって世界が様変わりして、表と裏の境界線があいまいになってしまい、真っ黒な連中が湧きだすようになったのだろうか。
とにかく、僕の正体がわかるまではつづきちゃんは無事か。
『ご理解いただけましたか?』
「理解したくはないね」
『ああ……そうそう、もちろん他言無用ですよ。身内にいろいろ迷惑をかけるのは、貴方もイヤでしょう?』
絶対的優位性を楽しんでいるようだ。
余裕綽々で舐めきっている。しかも僕を警戒はしているが実力でぶっ殺せるぜと、声色からは自信が伝わってきた。
異世界から帰還しても、この手合いとは
はああああああ、と心でため息を吐いてから落ち着いた声で言ってやる。
「僕のことより気にすべきことがあるよ」
『は?』
「君たちの組織、今日でつぶれるから。再就職先を探したほうがいい」
『………………あはははははははははは!』
馬鹿にした笑い声がスマホの奥からひびいてきた。
よっぽどウケたようで笑い声がしばらく聞こえてきたが。
『やってみろや! おっさん!』
プツンと通話が切れる。
僕はすーはーと大きく深呼吸した。
心の奥の奥にしまっていた異世界にいた頃の自分を探るために、深く瞼を閉じる。妹の泣き顔、姪っ子の笑顔が浮かんでは消える。大事なモノのために、もうひっぱりだすことのなかった感覚が輪郭をおびてきた。
剣と魔法のファンタジー世界を思い出して……ゆっくりと瞼をあけた。
何者か、ね。
異世界帰りのおっさん、しかも元厨二病だってことわからせてやるか。
さ、つぶしにいこ。
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