第2話 イメチェン頑張ったんだけど、

数日後の夕方、私は王宮行きの馬車に揺られていた。


 今から第一王子と婚約者主催の、年頃の貴族令息令嬢たちを招いての夜会が開かれる。マッキンゼイル家も有力な貴族の一つだから招待されていたのだ。

 

(なんとかイメチェン間に合った……っ!)


 胸をなでおろしつつ、淡いエメラルドグリーンの繊細な仕立てのドレスを見下ろす。原色は避け、淡色系をチョイス。形はザ・オーソドックスの、浅めのUネックラインだ。とにかく胸元は見えない・見せない・アピールしない。そしてネックレスは、これみよがしにジャラジャラするタイプではなく、シンプルな一粒ダイヤモンドを選んだ。白いレースの手袋に、白い扇。

 どこからどう見ても、清楚系だ。


 そして、なんといっても特出すべきは髪だ。


 縦ロールツインテールのダブルコンボから、いわゆる夜会巻きへと。髪を巻いたことで露わになった耳を飾るイヤリングは、アンバーの勧めにより重厚感があるデザインをつけた。

 鏡で確認したら、他が抑えているだけにイヤリングの宝石が美しく輝き、洒落ていた。

 さすがアンバー。

 そのアンバーは、今夜ももちろん付き添ってくれている。アンバーに視線を送ると、はっとしたかのように口を開いた。


「お嬢様、ご気分でも?」


 いつだって私の味方のアンバーに、感謝しながら微笑む。

 

「ううん、気分は悪くないわ」

「でもここしばらくずっとお忙しかったから、お疲れでは……?」

「まぁね。でも間に合ったからすべてよしよ」


 確かにここ数日『ステルス令嬢計画』のために奮闘していた。

 王宮で着ても恥ずかしくないドレスを急に手に入れようとしても、なかなか難しい。アンバーはもちろん頑張ってくれたけれど、私もできる限りの伝手を辿り、王都中の仕立て屋をあたった。必要があれば直接出向き、お願いすることも厭わなかった。


 以前注文を受けたもののドタキャンされたドレスはどうですかととあるドレスメーカーに提案された。デザインはまさに求めているもの、またサイズも少し胸周りを緩くし、またウエストをつまめば着られそうだったのでお願いすることにした。


 ようやくドレスが決まると、それに合わせた装飾品を揃える必要もあった。普通ならば宝石商を呼びつければそれでいいが、『シャロン様のお好みでしょう』と派手なアクセサリーを用意されても困る。だから私はお忍びと称し、王都で名高い宝石店に自ら足を運んだのだ。

 そんなわけで王都中を駆けずり回り、ようやくこの夜を迎えたのである。


 まぁ、普段より疲れているのは確かだ。


「何かありましたら、このアンバーにすぐにお申し付けくださいね」

「ありがとう」


 王宮が近づくにつれ、私は心を強く持つ。


(いーい、今日の目標。ステルス令嬢になる。とにかく目立たなく、すみっこ暮らしを心がける!)


 できる、やろうと思えば、なにごともぉ!


 ステルス令嬢になるためのセミナーがあれば、私は最前列で拝聴するだろう。


(だいじょうぶ、セミナーを受けなくたって、私はできるっ!)


 そして広間に足を踏み入れた途端。


 ざわざわっと周囲がざわつき、こちらに視線が集中する。

 私はこの世界における『テンプレ悪役令嬢』だから注目を浴びてしまうのは仕方ない。今までのシャロンだったらこの状況を存分に楽しみ、きちんと『テンプレ悪役令嬢』として行動していただろうが、今からフラグは全部折っていく。


(すみっこ暮らしを心がけるため、定位置を今夜からは壁際とする!)


 私は真っ直ぐに壁際に向かう。


『え、シャロン様……、どうしたんだろう、イメチェン? 嬉しくないイメチェンだな』

『えぇー、僕、前の髪型好きだったのになぁ』

『俺も! ザ・シャロン様って感じでよかったのに』

『あの髪型のシャロン様にピンヒールで踏まれたかった』

『わかる。あのドレスも好みじゃないなぁ。谷間、見えないし』


 という、令息たちの(少々下品な)落胆の声や。


『うわ、最低。あんなことを仰っているわ、私達のシャロン様に!』

『ほっておきましょ。新生シャロン様もめちゃくちゃいいわね!』

『前の格好もセクシーでかっこよくてよかったけれど、今の清楚な感じもとっても女性らしさがあっていいわね。さすがシャロン様』

『わかる〜! またシャロン様のお召しになっているドレスが流行るわよ』

『とりあえず次の流行は、淡い色ね!』


 そんな令嬢たちの声が、そこここで響き渡っていた――次の瞬間。


 広間がぴりっとひりついた。


(……? どうした?)


 興味を惹かれて、ちらっと視線をあげる。


 広間の入口に『悪役令息』こと、シュヴァル=ヴァレンシュタインが立っていた。広間にいる令嬢たち全員の口からほおっと感嘆のため息がもれる――私以外。


(なんだ、シュヴァルか)


 登場したのが彼だと分かったので、興味をなくした私は視線を逸らす――その直前。


「……っ」


 私のことは端にも留めていないはずのシュヴァルの視線が、真っ直ぐに向けられている。


(ん? なに……? ど、した……?)


 あまりの視線の強さに、逸らすことができない。その間にも彼がどんどん近づいてくる。まるでトップモデルのウォーキングのようなシュヴァルの歩みを止めるものは誰もおらず、人の波がさあっと二手に別れていく。


(え、なに、よ、寄ってきてない、は? なんで、いや、私じゃないよね? え、まって、だんざい、だんざいとか……いやいや、断罪するのはヒロインとかヒーローであって、『悪役令息』じゃないよね!?)


 本能的に後ろに下がったが、無情にも壁にぶつかるだけである。

 すみっこ暮らしには重大な欠点があった。

 逃げ場がない。


「やあ、マッキンゼイル嬢」


 あっという間にシュヴァルが目の前に立ちふさがる。


(え、なんで、わざわざやってきて挨拶を……!?)


 呆然と、作り物のように美しいシュヴァルを見上げた。

 だが周囲の人々の視線が突き刺さると同時に我に返り、さっと身をかがめる。ヴァレンシュタイン家は我が家より位が高いから私から挨拶をするべきだからだ。


「ごきげんよう、ヴァレンシュタイン様」


(私は、私は……、ステルス令嬢、ステルス令嬢……よっ!)


 テンパりそうな心を必死で落ち着かせ、姿勢を戻す。『悪役令嬢』ならば顎をつんとあげるところだが、ごく普通の、丁寧な対応を心がける。闇夜を思わせる真っ黒な髪をオールバックにしているシュヴァルが、その形の良い唇を開く。額にかかっている黒髪の一筋すら美しい。


「今夜はどうしてこんな壁際に? 体調でも優れないのか?」


 深みのある声は、低く響いて、耳に心地よい。

 よく令嬢たちが『声だけで妊娠する』と言って騒いでいる意味が分からなくもない。

 

(っていうかそんなことはさておき……っ!)


とりあえず断罪ではなかった。であればなんとかこの場をのりきるのみ。


「お気遣いいただいてありがとうございます。体調は問題ありません」


 言外にこれで話は終わりの意味をこめて、にっこり微笑む。するとシュヴァルは、白い手袋をはめた左手をこちらに差し出した。


「ならば君にワルツを申し込みたい」


(えっ……!?)


 ちなみに今まで一度も彼とはワルツを踊ったことはない。


『きゃあっ、なんてこと! ヴァレンシュタイン様が、シャロン様にワルツを申し込まれたわっ……!!』

『美しい×美しいで、美しいの二乗ね、見逃せないっ!』

『なんだと、シャロン様にワルツを? だがヴァレンシュタイン様なら、僕達には太刀打ちできないな……』


(えーー、えーーーーと、とりあえず)


 思わず無表情になった私は頭をめぐらす。


 シュヴァルの真意はわからない。

 

 が。

 

(断りたいけど……断ったら余計に悪目立ちしちゃう……はぁ……)


 私は皆にわからないように肩を落としつつ、シュヴァルの誘いに応じることにした。


「喜んでお受けいたしますわ、ヴァレンシュタイン様」


 途端に周囲の令嬢たちの黄色い声が響き渡り、私はひきつり笑いを浮かべた。

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