第3話 何故か悪役令息が近づいてきて、

 シュヴァルとワルツを踊った。

 認めたくないが、彼とは今まで踊ったどの相手よりも息がぴったりだった。私は『テンプレ悪役令嬢』、彼も『悪役令息』、お互いに貴族としての素養はばっちりだからだろう。

 

「さすがマッキンゼイル嬢、まるで蝶のように舞うのだな」


 飄々としたシュヴァルの褒め言葉は、大層気障っぽい。 『テンプレ悪役令嬢』ならば、顎をつんとあげ、当たり前ですわっ!私を誰だと思っているのっ!と言うところだろうが、そんな元気はない。


「ヴァレンシュタイン様のリードが素晴らしいからですわ」

「……ふっ」


 通りいっぺんの無個性褒め言葉を口にすると、シュヴァルが小さく吹き出した。怜悧な美貌の持ち主であるシュヴァルだが、笑顔は年相応で若々しい。

 

「なんだろう、褒められている気がしないが」


 優雅な仕草で私をターンさせながら、シュヴァルが呟く。


(褒めてないもの、それはそうでしょうね)


 心の中でだけ返事をして、にっこり微笑むに留めた。でも彼が口火を切ってくれたのは都合がよい。


「それで私にお話とは、なんでしょうか」


 ワルツで距離が近いことを利用して小声で尋ねる。シュヴァルは、蒼い瞳を宝石のように煌めかせ、口角をあげた。


「随分、性急だな。ワルツの後に庭園に誘って、そこで話そうと思っていたのに。君が望むなら東屋に行ってもいいな。今まで誰とも行ったことはないが、君が相手なら、冒険してもいいね」


 含みをもたせるようなセクシーな低い声で囁かれ、私はぎょっとする。

 王宮の庭園にある東屋。

 いわゆる貴族たちの逢引によく登場するアイコンである。◯◯と✕✕が東屋に向かったと書かれていたら、いわゆるR18シーンが繰り広げられている、はずなのだ。健全ライトノベルだから想像するしかないけれど。


(いやいやいやいやいやいや、ありえないから)


 背筋をたらっと冷たい汗が流れる。

 これはきっぱり断るしかない。下手に言葉遊びをしかけ駆け引きをしていると思われても困る。


「今夜は庭園に行く気分ではありません」

「おや、ふられてしまったな」


 どれだけ華麗なステップを踏んでも息ひとつあげないシュヴァルがそこで、くくっと笑う。

 よかった、さすがに冗談だったようだ。


「ではバルコニーは?」


(諦めないな、この人!!)


 バルコニーも、ライトノベルではよく逢引や、ちょっとした内緒話に登場する。けれど、基本的には親密になりたい、もしくは親密な男女が向かう場所。私が口を開く前に、シュヴァルが目を眇めた。


「こちらも断られてしまったか」


 彼が私をターンさせる。


「何も申し上げておりませんが」

「おりませんが?」

「ヴァレンシュタイン様のご慧眼に感嘆の思いでございます」


 彼の瞳がますます煌めく。


「いいね、思ってもいない言葉の羅列。じゃあバルコニーも諦めようか」

「そうしていただけますと嬉しいです」

「ではワルツのあとに乾杯をするのは?」


 それは礼儀に反していない。

 どうやらワルツしながらでは話せる内容ではなさそうなので、譲歩するしかなさそうだ。


「承知しました」

「よし、ようやく合意だな」


 シュヴァルが楽しそうに口元を緩めた。

 ワルツをしたあと、シュヴァルが周囲に見せつけるかのように私の腰に手を添えた。令嬢たちから悲鳴のような黄色い声があがる。


(なんなの、もう……)


 早く解放されたい。

 すみっこ暮らしに戻りたい……。


 シュヴァルが私をエスコートしながら、ウエイターを呼びつける。


「君、白ワインを持ってきてくれるか。シャロン嬢はどうする?」

「私には檸檬水をいただけますか?」


 おや、と彼が私を見る。

 普通の貴族令嬢ならここはワインをいただく場面だろう。『テンプレ悪役令嬢』のシャロンだったら間違いなく。けれど今の私は酒に酔っている場合ではない。頭はすっきりさせておく必要がある。


「では、私にも檸檬水を」


 シュヴァルがそんなことを言い出して、若干慌てた。


「私に合わせる必要はありませんわ」


 連れの男性に飲みものを合わせさせる。まるで『悪役令嬢』のようだ。

 けれど彼は取り合わない。


「君と同じものを飲みたいから、これでいい」


迷ったのは一瞬だった。


「では、私も白ワインで」


(ステルス令嬢ならきっと彼に合わせるはず)

 

 私がそう言うと、シュヴァルが意外そうに片眉をあげる。


「君がいいならそれで。では白ワインでよろしく頼むよ」

「かしこまりました」


 ウエイターが去っていくと、シュヴァルが興味深そうに私を見下ろす。


「君、今までと感じが違うね。なんでこんなに惹きつけられるんだろう」


 そこで彼がはっとしたように瞳を小さく見開く。


「おや、ドレスも――髪型も、今までと違う?」

「えっ!?」


 あまりの驚きについ嗜みを忘れ、私はあんぐりと口を開けた。

 シュヴァルくらい目端のきく貴族令息が令嬢のドレスに気づかない――のは、まぁシャロンに興味がないだろうから仕方ないとしても――だけでなく髪型に気付かない、だと?


「縦ロールツインテールからの夜会巻きシフトチェンジに気づかなかったんです!?」


 まじっすか、と言わんばかりに問いかけてから、はっとして口をつぐむ。だがシュヴァルが自分の顎に手をやり、思案げに問い返してきた。

 

「たてろーる、ついんてーる……? しふとちぇんじ……? どういう意味だ?」

「どういう意味もなにも、そのままですが……、あの髪型は目立っていたと自分では思っていたので、まさかヴァレンシュタイン様がご存じないとは思いませんでした」


 素直に応じてしまった私はそこで、はっと目を見開く。


「というか、もしかしてそこまで目立っていませんでしたか!?」


 それは私にとって、吉報である。

 もしかしたらまだこの世界では、私のことをそこまで皆が『テンプレ悪役令嬢』と思っていないのかも――何しろあの縦ロールツインテールは『テンプレ悪役令嬢』そのものの象徴のようなものだったから。


「いや、目立ってはいたが」


 けれど期待はあっさり打ち砕かれ、私はがっくりとうなだれた。


「そうですか」

「大体マッキンゼイル嬢のことを知らない令息はまずいないだろう。君は輝いているから」


(悪役令嬢の星としてね……)


 もう、いい。


「私の話題は終わりにしましょう。それでヴァレンシュタイン様のお話とは?」


 そこでウェイターが戻ってきて、白ワインのグラスを渡された。シュヴァルが優雅な仕草で、グラスをちんと合わせた。


「今夜の美しすぎる君に乾杯」 


 さすがシュヴァル。口元がむずむずするが、なんとか耐えた。誤魔化すためにワインを一口飲む。さすが王宮で供されるワイン、とても芳醇な香りで上品な口当たりだ。


 シュヴァルは一息でグラス半分のワインを飲むと、口を開く。


「君は勘違いしている。今夜、君の髪型やドレスが目に入っていないのは、今まで君のことを知らなかったからでも興味がなかったからでもない。私が気づかなかったのは――今夜の君はあまりにも美しく、いつにも増して輝いているからだ。君の瞳だけを見つめていたからだよ」


(――は?)


 周囲がしいんと静寂に満ちた。


 背景にきらきら輝く薔薇を背負っているかのようなシュヴァルが続ける。


「話とは他でもない。君に婚約を申し込みたい」


(なんですって―――!?)


 一瞬の静寂後わああっと周囲が爆発したかのように、てんやわんやとなる。


「今夜の君に一目惚れだ。どうか私の婚約者になってもらいたい」


 その瞬間、シュヴァルの眼差しが鋭く私を貫いた。


(……っ、な、なにっ……!!)


 心臓がばくばくと鳴り、私はごくりと唾をのみこむ。


「おたわ……むれを……」


 断ろうとそう言えば、シュヴァルが眦を細め、私の鼓動がますます激しく強くなっていく。


「皆の前でこんなことを言ってしまって申し訳ない。だが、本気だ」


 強い眼差しに射竦められ、まるで彼に魔法にかけられたかのように言葉が出なくなる。困った私はおたおたし、無意識に持っていた白ワインを一気に煽った。

 ぐいっと飲み干し、決意も新たに顔をあげる。


(とにかく、ここから立ち去らなきゃ!)


「マッキンゼイル嬢、どうか前向きに考えてくれ」


 懇願しながらシュヴァルが一歩近づくと同時に、視界がどうしてか灰色に染まっていく。

 全身の血が逆流するかのように、かっと熱くなる。


(あ、これ……、やば、いかも……)


 地面が崩れ落ちるような感覚とともに、ふっと世界が暗転する。


「マッキンゼイル嬢……!」


 私が最後に思ったのは――。


(ステルス令嬢デビュー、完全に失敗してしまった)


 だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る