悪役令嬢と悪役令息の契約結婚
椎名さえら
第1話 気づいたら悪役令嬢で、
気づいたら、転生していました。
(そんなラノベ、たくさんあるよね……ふぅ)
私、心の中でため息。
(しかも生まれた時じゃなくて、成人後に唐突に気づくパターン。これもあるあるよね)
私はリンドンディル王国、マッキンゼイル侯爵家令嬢シャロン。
現在十八歳で、きっちり成人している。
お約束通りだ。
(まさか私が転生者だったとは)
今朝、鏡を覗き込んで唐突に『二十一世紀の日本で過ごしていた記憶』を取り戻した。
かつての私、天涯孤独の社畜OLだった……気がする。
亡くなったのは、子供を助けようとして車道に飛び出したから……だったと思う。
とにかく前世の記憶が、あやふやで。
転生したきっかけ含め、これもよく見かけるいわゆるテンプレかもしれない。まぁ、しっかり覚えていてチート無双したりするパターンもあるけれど。
いくら二番煎じだ、n番煎じだと言われようが、転生してるのは事実だ。現実を見よう。
(だけどさ、ないわーー。もーー、よりにもよって、『シャロン=マッキンゼイル侯爵令嬢』だとは……!!)
ぐぬぬぬ、と私は両手の拳を握りしめ、目の前の姿見に視線を移す。
金髪碧眼、信じられないくらいの美少女がこちらを見返していた。いわゆるルネッサンス期のヨーロッパの画家が好んで描いたような、整った容貌だ。肌は透き通るばかりで、シミのひとつもない。
(問題は、顔じゃない、髪なわけ……っ!)
そう、腰までの長い髪は――『縦ロール』の『ツインテール』なのだ。
(た、たてろーるのついんてーる……!! すごい破壊力!!!!)
今朝、鏡を覗き込んだ私は、腰を抜かすばかりに驚いた。転生前に読んだ、WEB投稿から書籍化され大人気を博していた某ライトノベルの登場人物だったからである。
とりわけこの縦ロールのツインテール令嬢ことシャロンは、読者に『テンプレ悪役令嬢』として愛されていた。『おーほっほっ』と高笑いをするわ、ヒロインに見苦しく嫉妬しては墓穴を掘り、お嬢ゆえ詰めが甘く、最後は孤立無援になり、社交界に顔を出せなくなって儚く散っていくのである。
あまりの見事な散りっぷりに、某サイトでは『清々しいほどの悪役令嬢ぶりで逆に推せる』と評されていた。
たらっと冷や汗が背筋を伝う。
(やっば……!)
物語なら、それでいい。
だが、それが
確かシャロンが犯した罪でマッキンゼイル家も没落するのではなかったか。
(だった、はず……? 縦ロールのツインテールなのがシャロンで、悪役令嬢なのは間違いないんだけど……、記憶がなんかごっちゃになってて、思い出せないんだけどどうしたらいい!! てか、そもそもヒロイン誰やねん!!)
私は、ぐぬぬぬと頭を抱えた。
何しろ『転生前の自分』の名前も顔も曖昧で、記憶はぼやけてしまっている。そんな状態だから、この
シャロンを覚えているのは、キャラが濃かったからだ。ヒロインはとても前向きで元気な良い子だったのだが、印象は薄い。
(あと一人だけ、覚えてるのは)
抱えていた頭から、手を離す。
(シュヴァル=ヴァレンシュタイン公爵令息)
すらっとした高身長の、涼しげな美貌。黒色の髪に、蒼い瞳の持ち主。クールな言動がかっこよく、とても人気があった。ちなみにもれなく私も推していた。だから、記憶の底にこびりついているのだろう。
ただ彼を思い出したのは、不幸中の幸いかもしれない。
(だってあの人なら、大丈夫なのよね。絶対『ヒーロー』じゃないから)
何故ならシュヴァル=ヴァレンシュタインは――。
『悪役令息』なのである。
そして幸運なことに、シュヴァルと私は知り合いなのである。せいぜい顔を合わせれば挨拶をするくらいの浅い仲だが、知り合いは知り合いだ。転生したと気づくまでの私にとって、シュヴァルはただの顔なじみ、それだけの相手だったけれど彼が『悪役令息』となれば話は別だ。
(これからシュヴァルの近くにいれば、なんとかなる……?)
何しろ、シュヴァルは凄まじくモテる。
『この世界』では性交渉に寛容だ。婚約者の段階で一緒に住むのはもちろんのこと、婚前交渉だって目くじらをたてられることもない。
うろ覚えだが原作者はもともとTL小説を書いていたこともあり、そのあたりの設定はゆるゆるだった。それがまた小説に艶をもたらせてくれていた。
そんなわけでシュヴァルの一夜の相手になりたいといつだって令嬢たちが鈴なりだ。だから私がさりげなく側にいても、人目につかないだろう。
問題は。
(彼がもしヒロインのことを狙っていたら……? 『悪役令嬢』の私が、結局ヒロインの側にいるってなったら面倒なことになっちゃわないかな)
ヒロインが誰か分からない以上、避けようがない。となると、いくら彼が『悪役令息』であったとしても側にいないほうがいい?
でも他の貴族令息がもし『ヒーロー』だったら……?
私はもう一度鏡の中にいる自分を見つめ、それから紐をひっぱって呼び鈴を鳴らした。
「はい、どうされました、お嬢様?」
間髪おかずに側仕えのアンバーが部屋に入ってくる。
彼女は幼い頃から側にいてくれる、腹心の使用人である。ライトノベル上でも名前がついていた気がする。それくらいの気心知れた仲だ。
「この髪型、やめることにする」
アンバーの顎ががくんと落ちた。
「えっ、ええ!? 正気ですか、お嬢様!! 三度の飯よりこの髪型を大事にしていたのにっ!? 寝坊しても髪だけは綺麗に整えていらしたのに!?」
話しながらアンバーの目が、うるうると湿り気を帯びてくる。
(えっ、そこまで……でも、これが最適解のはず……!)
「アンバー、いいから今、王都でいっちばんの洒落た髪型にしてくれる? もう、縦ロールもツインテールもナシよっ!!」
涙を拭きながら、アンバーが鼻をすすっている。
「うっうっ、お嬢様、大人の階段を登られるんですねっ……! 承知致しました、このアンバー、腕によりをかけて王都随一に仕上げてみせますっ!!」
ぐずぐず鼻を鳴らすアンバーに大胆なヘアチェンジをしてもらいながら、私はぐっと拳を握りしめる。
(とりあえず、おとなしーく、めだたなーく暮らす! なんだっけ、ステルス令嬢っていうんだっけ? とにかく悪役令嬢からステルス令嬢にジョブチェンジよ!!)
そう。
とりあえず自分の婚約者や結婚相手については考えない。
まずは『シャロン=マッキンゼイル』が『テンプレ悪役令嬢』の座から降りればいい。ライトノベルならシャロンのキャラ設定が渋滞しているとレビューで指摘されるかもしれない。
だが知ったことか!
私は平穏無事な人生を目指す!
(シュヴァルはとりあえず最終手段ってことで……! 今しばらくはジョブチェンジを目指すことにしよう!)
そこで自分の着ているドレスを見下ろし、息をのむ。
(真っ赤じゃん……胸が、でーんって半分はみだし、てるし)
胸が大きくスタイルがいいのを見せつけるかのような、これみよがしのデザイン。しかも真紅。合わせているアクセサリーはジャラジャラしていて、成金ぶりを見せつけており、品がない。
(これがシャロンの好みなのね。さすが、さすが『悪役令嬢』……!!)
忘れてはいけない。
シャロン=マッキンゼイルは『テンプレ悪役令嬢』。
ステルス令嬢への道は遠い。
しかしジョブチェンジを諦めること、それはすなわち『社会的な死』に直結する。
絶対に諦めるものか。
(まずは出来ることをこつこつと、最初の一歩からぁ!!!)
どこぞのセミナーでのスローガンのような言葉を胸の内で唱える。
「アンバーっ!」
きりっとした表情で側仕えの名を呼ぶ。
「は、はいっ、ぐすっ、なんですかあ、おじょうさまぁ」
「髪型を変えたら、それに合わせてドレスもアクセサリーも総とっかえするわっ!」
「お、おじょうさま!?」
アンバーが絶句する。
「これからは派手なドレスは禁止よ、清楚系を目指すからっ!!」
「お嬢様が清楚系……!?」
「いい、アンバー? 数日後の王宮での夜会に間に合うよう、今から探すわよ」
「い、いまから……? 王宮の夜会で着られるようなドレスを……?」
「うん。死ぬ気で探すわ」
「……っ」
返事はない。ただの屍のようだ。
アンバーの息を止めてしまったかもしれないが、私の瞳は未来だけを見ていた。
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