元カレから逃げられない話

瀬南

元カレから逃げられない話

 人それぞれ、交際相手の条件というものが少なからず存在するだろう。


 性格、容姿、職業……、数多に存在する人間の中から自分の理想の人物を検索するために条件設定は重要だ。


 しかしながら、この条件は身の丈にあったものでなければならない。


 顔面偏差値の高さを望むなら自分にもそれなりの容姿が必要だし、高収入を望むならそれにお返しできるだけの能力がいる。


 つまりは、何事もバランスだ。良い男には良い女を。


 だから、容姿もスタイルも能力も……分布図の中心を捉える私みたいな女に“彼”の相手は務まらないのだ。



 *



「休みの日は何をされるんですか?」


「僕は出不精だから家で動画配信見てるかな」


「私も一緒です。休みの日はゆっくりしたいですよね」



 特別格好良くはないけど、清潔感はある。友達に写真を見せたら「優しそうだね」って言われるあの感じ。


 なにより、女子会やデート向けのトラットリアで周りから注目を浴びることもなく、ゆっくりお互いだけの会話に集中できるのは大きい。


 落ち着いた会話。爆笑はないけれど、沈黙もない。緊張もなく淡々と進んでいく。


 たぶん、こういうのが“お似合い”って言うんだろう。



「……へぇ、わざわざ俺と別れて、次に付き合う男がアレなんだ?」


「……っ、」



 お手洗いの後、男女共用の手洗い場で手を洗っていれば、背後から聞き慣れた声がかかった。



「よ、好葉このはちゃん?」


「なんで……」



 鏡越しにニヤリと口角を上げて目を細める男。その一瞬で周囲に花を散らす相変わらずの能力に目を逸らしたくなる。



「と……八島やつしまさん、何でここにいるんですか」


斗亜とあくん、じゃねぇの?」


「もう呼ぶ資格ないし」


「はは、わざわざ呼び方直すほうが意識しちゃってんねって感じ」


「……」



 見透かすような視線が恐ろしくて、ハンカチで手を拭きながら鏡から目を逸らす。


 振り返って「呼び方とかどうでも良いでしょ?何でここにいるの」と直接尋ねれば、返ってきたのは「偶然」という短い答え。


 本当か嘘か分からない笑みに顔を顰めれば、「元カノのデートを邪魔しにきたとでも?」なんて揶揄うように笑われて。自意識過剰を詰られたようで、瞬時に顔に熱が集まった。



「そ、そんなんじゃない」


「残念ながら、友達と飲みに来たら好葉がいただけ」


「へぇ、そうですか。じゃ、私は戻ります」



 早くこの場から立ち去りたくて早口で吐き捨てるも、斗亜くんは私が座っていた席に視線を送り、「うちの会社じゃないよね。どこで知り合ったの」と聞いてくる。



「んー、俺と別れてそんなに経ってないし、マッチングアプリってとこ?距離感的に会うの初めてかなぁ」


「斗亜くんに関係ない」


「関係あるよ。俺、気になるし」


「っ、」



 席に戻ろうとする私の腕を掴んで真剣な顔をする斗亜くんにドキリと心臓が波を打つ。


 さっきまで凪のように穏やかだった自分が嘘みたいに。彼に見つめられるだけで、触れられるだけで……私の心は大波に攫われて、悔しいくらい簡単に溺れてしまう。


 斗亜くんは格好良くて、仕事ができて、社内中にファンがいるような人だ。街を歩けば誰もが振り返る。自分に自信があって、堂々としていて。


 奇跡的に付き合えたけれど、日を追うごとに身の丈に合わない相手だと思い知らされて苦しかった。


 会社でも街中でも、なぜ私みたいな普通の女が斗亜くんと付き合っているのかと噂され、私自身もどうして付き合ってくれているのか分からないという不安な日々。


 そのうち、このままでは自分がダメになってしまうと思って斗亜くんに別れてほしいとお願いしたんだ。


 斗亜くんは「分かった」と私の申し出をあっさりと受け入れた。だから、やっぱり私のこと好きじゃなかったんだって、そう思ってたのに……——



「なんで気になるの?私たちもう関係ないのに」


「ん?そんなん好きだからに決まってんじゃん」


「っ、」



 サラリと告げられた言葉に脳の機能が停止する。


「なっ、え?」と戸惑う私に一歩近づいて、赤く火照る耳をキュッと摘んだ斗亜くんは綺麗な唇を薄く開いた。



「俺と付き合ってんの、辛かったんでしょ?」


「え?」


「だから一旦別れたけど……そろそろ分かった?」



 私の瞳の奥を覗き込む彼から目が離せない。このままではまずいことは重々分かっているのに、瞬きを忘れて彼の美しい顔に見惚れることしかできなくて。



「観念しなよ。好葉は俺じゃなきゃ無理だって」


「っ、」


「周りからとやかく言われるより、俺と一緒にいられないことの方が辛いくせに」



 その自信はどこから来るのか。しかもそれが案外その通りなのが非常に悔しい。



「……てかさ、俺がちょっと無理かも」


「へ?」


「好葉が他の男と飯食ってんの、見てらんないわ」



 耳元に近づいてそっと囁かれるのは、“悪魔の誘惑”。



「……どうせ俺に帰ってくるんだから、寄り道とかする意味なくね?」


「っ、」



 復縁までのカウントダウン。


 分不相応さを打ち壊すほどの胸の高鳴りに……私はいつまで耐えられる?




 end

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元カレから逃げられない話 瀬南 @senabook

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