/第二の洞、これぞ粉塵砂地獄也!\

「おーい、何このホール……バンカーしかねーんですけど」


 扉を押し広げ、入ってきた洞窟の広い一室……いやもう2番ホールでいいか。そこは地面全てが砂の絨毯で覆われていた。


『これぞ第二のほうる粉塵砂地獄ふんじんすなじごく也!』

「それさっき天の声タイトルで聞いたから。で、カップどこ?」


 その問いにゴルフの妖精、イーカラハは中央に立つピンをすっ、と指さす。確かにそこにピンはあるけど、根本も砂だけでカップなんて見えてはいない。


『あの下に埋まっておる』

 ……

「コースくらいメンテしろおぉぉぉぉぉ!」


 思わず絶叫する瀧。カップが砂に埋まっている以上、あの上にボールを持って行ってもカップインは認められないだろう。どうやらカップが見えるまで掘り出さなければならないようだ。


「仕方ねーなぁ、カップが見えるまで砂を掘るぜ」

 そう言って腕まくりする瀧に、イーカラハは腕組みしたまま苦々しく答える。

『この砂の中には猛毒の砂サソリが多数おる、下手に掘ろうとすると刺されるぞ』


「ひぇっ……ンなとこでゴルフさせんなあぁぁぁぁ!」

 思わず後退し、洞窟のへりの岩場まで非難する瀧。そりゃそうだ、そんな物騒なものが居るなら、この砂には足を踏み入れたくはない。


『案ずるな、鉄や繊維、ゴムの素材が苦手な砂サソリは、靴やクラブには寄ってはこぬ』


 その言葉に呆れため息をついた瀧は、「仕方ないなぁ」と嘆いてサンドウェッジを手にし、ピンまで歩いてそれを抜き、その真下をざっくざっくと掘り始める。


「ち、やっぱウェッジでも掘りにくいな……スコップとか無えのかよ!」

 掘りながらイーカラハに抗議の目を向けるが、彼は無表情で腕組みしたまま、瀧の穴掘りに合わせて呪文のように言葉を紡ぐ。


『3打罰、4打罰、5打罰、6打罰……』

「ちょ、ちょい待ち! もう始まってんのかよっ!?」

『左様。バンカーに入った砂にアドレス前にクラブで触れるのはペナルティだ……ほれ、どんどん持ち球が減っておるぞ』


 その言葉に驚いて置いてある球のカゴに目をやる。確かになんかちょっと減ってるような……などとこぼしつつ、カゴを見たまま足元をもういちどSWでザン! とえぐる。


 同時にカゴから一個の玉がふわりと浮かび上がり、まるで泡のように弾けて消えた。


「待て待て待て待て……どのくらい埋まってるんだよこのカップは!」

 一体何個のボールを犠牲にすればカップが見えるんだ、との疑問をぶつけるが、イーカラハは仁王立ち+腕組みしたまま、ニヤニヤとほくそ笑むのみである。



 そう、ゴルフを嗜んでいない多くの者が知らない事だが、バンカーに入った場合、ショット前に手やクラブで砂を触るのは一打罰となるのだ。


 当然ショット前の練習素振りで砂に触ってもアウトだし、ショットのアドレス時やバックスイングでも砂に当たるとペナルティとなる。つまり、満足に砂やスイングの感触を掴めないまま、一発勝負のショットに挑まなければならない。


 それこそがバンカーの難しさであり、多くのプロゴルファーが恐れる所以ゆえんなのである。


 そして瀧にとっては、カップを掘り出すそのひと搔きひと搔きが、自分のライフである球を一個ずつ消費してしまう……らしい。


「だーかーらー、どないせぇっちゅうんじゃあぁぁぁぁぁッ!」

 頭を抱えて絶叫する瀧に、イーカラハはすました声でお約束を発する。

『いいから早ようせい』


 ぐぬぬ、といった表情でイーカラハを睨む瀧、今ボール打ったって、カップが見えてないんじゃカップインさせようが無いじゃないか……との怨念を込めて。


(……あ、待てよ?)


 はたとそれに気づいた瀧。アゴに手を当て、うーんと唸りながらアタマの中でこの馬鹿げたラウンドのルールと、ゴルフのルールを照らし合わせていく。


「そういう事かよ……ゴルフじゃなくて肉体労働じゃねぇか!」

 その嘆きに満足そうに頷くイーカラハ。


 1打目でピン横につけ、2打目でパター使ってピンのあった所、さっきちょっとえぐって穴になった所にボールを入れた後、再度サンドウェッジを手にする瀧。


「ちゃんとしたショットなら、穴掘っても文句はねぇんだよな!」

『ウム!』


 そう、普通に掘ったらペナルティになるが、ボールを打つついでに地面を掘るのはノーペナである。なのでそこにボールを持って行ってしまえばカップを掘り出すことも出来る、という訳だ。


「ふんっ!」ザシュッ。コッ……コロコロ。「おりゃ!」ドバン! コツッ、コロコロ……


 かくしてバンカーの上で、豪快に砂を打ち散らしては、パターやウェッジでボールをカップの場所に戻し続ける瀧の姿があった……まさにこれ、ゴルフのルールを借りた肉体労働である。


  ◇        ◇        ◇


「や……やっと、見えた、カップが」

 たまーにサソリまで巻き上げながら悪戦苦闘する事100打以上、ようやくピンの根元にカップが姿を現した。

 その後、ボールをそこに持ってきてはパターで打つフリをしつつカップ内の砂をかき出して、ようやく球をカコンとカップインさせる事が出来た。


「こ、こんだけ……カップインの音に感動したのは初めてだぜ」

 汗だくになった瀧が、ヒザに手を置いて息を切らしながら、ようやく終えた作業に感想を述べる。


『ウム! アマチュアではないがしろにされがちのルールだが、しかとその身に叩き込んでおくがよい……では次はマナーの番ぞ』

 そう言って瀧にバンカーならしのトンボを差し出す。荒らしたバンカーをキレイにならすのはゴルファーとして当然のマナーではあるのだが……。


「これ、直したら後から来る人がかえって迷惑するんじゃねぇか?」

『いいから早ようせい』


 お約束の返答に「どはー」と息を吐きながら、仕方なくトンボでカップに砂をかけて埋めて……


「しまったぁ、ボール拾うの忘れてたあぁぁぁぁぁぁ!」

『ホールアウトした者がバンカーを乱すのはルール違反である!』


 かくして失わずに済んだボールを一個犠牲にして、太田瀧は2番ホールを無事に終える事が出来た。


 ――残りの球数ライフ、あと80個――


「……てか、1ホールで10個使ってんじゃねぇか。このペースなら最後まで回れそうにないんですけど」

『安心せい、このコースはハーフの9Hしか無い。このペースで行けば生還は可能だ!』


 そう言って次のホールへの門をゴゴゴゴゴ……と押し開けるイーカラハ。


 その先に、瀧が見たもの。

 それは、今までのホールが甘く見えるほどの――

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