/第三の洞、これぞ異世界不安多死也!\

「い、異世界不安多死ファンタジー!?」

 洞窟の天井から聞こえる”天の声”を聞いて思わずビビる太田 瀧おおた たき


『左様、ここからがこのコースの真骨頂である!』

 そのたくましい胸元で丸太のような腕を組んだまま、巨体を反らせて居丈高にそう語るゴルフの妖精イーカラハ。


「けどよ……わりとフツーのホールじゃね?」

 確かに今までのトンデモホールに比べ、ほんの20Y先にはちゃんとした砲台グリーンがある。

 後ろ半分のグリーン下は相変わらずので、土手から転げ落ちると即ロストになるが、逆に言えば手前から攻めればその危険もないわけで。

 グリーンの傾斜も受け(奥が高い)になっていて、乗せたからと言って向こうまで転がっていくというわけでもない。


 ただ一つ不自然なのが(すでに溶岩は不自然ではない……?)、砲台グリーンの土手の部分の正面に何故かドアが付いていて、あの先に部屋かトンネルでもあるのかと想像させる。そう思うと砲台グリーンと言うより、幼稚園や公園にある子どもの遊び場の小山(トンネル付き)といった趣だ。


『ふ、あのピンを見ても普通と言えるのか?』

「は、ピン? ……ぶっ!?」


 言われてピンを見て噴き出す瀧。無理もない、そこから生えているのは細い棒ではなく、人間の腕だったからだ!


 いや、人間なのかどうかも不明だ。なにせ腕全体が緑色で、指先の爪はなにやらGペンのように凶悪に尖っているし、なによりその細い腕がクネクネとうねってるのがいかにも不気味である。おまけになんか獣の臭いまでする……


「あの下に誰か入ってんじゃねーか!?」

『ま、いいから早ようせい』


 お約束の言葉で思考を遮られ、仕方なくボールを置いてアドレスに入る瀧。

「わーったよ、やりゃ分かるってんだろ」

 ホール自体は簡単だしな、と納得して、PWでコツンと打ち上げる。果たしてボールは美しい曲線を描き、ピン手前に落ちてコロコロとカップに向かい……


「よっしゃ! ベタピンだぜ!!」


 次の瞬間、カップから生えている手が寄ったボールをひょい、と掴み取り、そのままポイッ、と後ろの溶岩に投げ捨てた。


『残念、ロストボールであるな』

「……ちょっとまてやコラあぁぁぁ!!!!」


 どうやらあの腕はこのホールの障害物らしい。手の届く範囲に球が寄ると、そのまま後ろの溶岩に放り込まれるみたいだ。


「くっ、仕方ない。なら遠くに落としてロングパットで沈めるか」

 やむなく打ち直しをピン横3mに付け、慎重にラインを読んで、カツーンとパットする。

「よっしゃ、スジってる、入れ入れ入……」



 ぱしっ、ぽいっ!


 無情にも転がってきたボールをキャッチした手が、無造作にボールをまた後ろに投げ捨てた。

「動いてる最中でもつかむのかよっ! どないせぇっちゅうんじゃあぁ!」

 頭に血管を浮かび上がらせてそう嘆く瀧。イーカラハはと言うと相変わらず仁王立ちのまま、上機嫌で瀧の醜態を楽しんでいる。


 それを目にした瀧がイラッとした表情を見せ、「上等だぜ」とばかりにパターを仕舞い、再度グリーンに乗せた後、なんとドライバーを引き抜く。


「失せろやクソ腕っ!」

 ガシュッ! ビッチイィィィィーン!


 2mの至近距離から打ち出されたドライバーショットが、見事カップから生えているピンを直撃する!


「ギャアァァァァァァァァァァァーー!!」


 グリーン内部から悲鳴が上がり、生えていた腕が勢いよく引っ込むと、ほどなく砲台グリーン正面にあったドアがバタン! と開いて……


「ヒイィィィィィ、ギャアァァァァァァ!」

 そこから緑色の小人ゴブリンが出てきて、腫れ上がった右手を抑えて泣きながら去っていく。


「なんだ、ありゃ?」

『ゴブリンである!』


「……異世界ファンタジーって、そういう意味かい!」

 ツッコミつつ呆れる瀧に、イーカラハは神妙な表情で言葉を続ける。

『だが、眠れる封印を解き放ってしまったな……ここからが本当の地獄である!』

「へ?」


 瀧がそう嘆いたと同時だった。部屋の隅にある大岩がビリビリと振動を始め、それが変化して何かの形を成していく。

「な、なんだぁ、ありゃあ!」

『お出ましである、この洞穴ホールの守護者の!』


 変形していく岩が、やがて一体のモンスターへと変貌を遂げる!


 燃えるような赤紫の体は3メートルにも達するだろう。長い首にトカゲのような胴体、その背中に生えたコウモリのような翼、流れるように背中から続く尻尾。そして頭は体に比して小さめで、まるでワニのような面構えに鋭い二本の牙!


「ド……ドラゴンじゃねーか!」

『左様。異世界不安多死ふあんたじぃといえばコレがおらねばな』

「これ……ゴルフだよな、オイ」


 固まる瀧の横を、鼻息も荒くズシンズシンと歩いて通り過ぎるドラゴン。グリーンのドアにその巨体を突っ込むと(むろんドアはぶっ壊れた)、ケツをこちらに向けたままズリズリと体を奥へ奥へとネジ込んでいく……。


「モグラかよ! ま、まぁ襲われんで助かったけど」

『土竜と書いてモグラと読むからの、言い得て妙ではあるな』


 やがて動きを止めたドラゴン。と、カップから今度は赤紫色の何かが生えてくる。先端に爪が付いたそれは、瀧の方に向けてコイコイと指の動きを見せる。


「……今度はドラゴンのかよっ!」

『うむ、奴がこのホールのラスボスである。いいから早ようせい』

「ゴブリンからドラゴンって、すっ飛ばしすぎじゃね?」


 仕方なく、またドラゴンの指の届かない位置にグリーオンさせる。ドライバーを手にし、さっきと同じ要領で指を狙う……


(これ、怒り狂って反撃とかされねぇだろうなぁ)

 仕方ないのでまた振りかぶって、カチィン! と強打する。


 同時にそのドラゴンの爪先に、小さな炎がぽっ、と灯った――


 ごうぅぅっ!


 その炎にボールが直撃した瞬間、まるで爆発のような火炎の花がグリーンに吹き上がり、そのまま渦を巻いて火炎柱を立ち昇らせる、瞬時にチリとなるボール(なお瀧の命の欠片)。


『ぬぅっ! あれこそはドラゴンの炎、”ダラメ・ハノマイ(逆から読もう)”!!』


 火炎に吹き飛ばされ、グリーンエッジで尻もちをつく瀧の横でイーカラハが驚いた表情でそう嘆く。

 思わず「知っているのかイーカラハ!」と言いたくなるのをぐっと抑える瀧。


「えーっと……ギブアップしてもいいのか、これ」

『さすればお主は命を失うが、良いのか?』

「いいわけあるかあぁぁぁぁっ!!」


 ――残り球数ライフ、あと77個――


 果たしてたきは、このドラゴンを見事攻略することが出来るのであろうか……。



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