第15話

ピピピピ・・・

目覚ましの音が聞こえる。

美紀みきは目覚ましに手を伸ばすと、パチっと目覚ましを止めた。


「ふぁあああ」

欠伸をすると、1階の洗面台へ向かう。

まだ5時で外はまだ薄暗い。


(昨日のアドバイス通りに・・・)


綺夏あやか:まずは見た目を整えること!見た目が整っていると自信を持てるし、気分も上がるしね。化粧ができない環境なら、化粧水などでしっかり肌を整えて・・・』


歯磨きをして、念入りに洗顔をして化粧水などをしっかりとつける。


『綺夏:もちろん、髪も綺麗に梳かして、いい匂いのするヘアスプレーをかけるのがおすすめだよ』


コンタクトを入れて、丁寧に髪を梳かして整える。

母のヘアコロンを少しだけ借りてみる。

やわらかでいい匂いが広がる。


鏡に映った自分はいつもより綺麗な気がする。


(今日、告白するんだ―)


美紀は気合をいれると、2階の自室へ向かった。


『まる:清潔感が大事だ。やはり服はパリッと綺麗な方がいい』


美紀はブラウスやスカートのプリーツに軽くアイロンをかけて、整える。


『まる;あとハンカチもアイロンしといたほうがいい。ポケットからくしゃくしゃのハンカチが出てきたら萎える』


お気に入りのハンカチを取り出すとアイロンをかける。


坂之上さかのうえ:告白のセリフはやはりストレートなのがいいでござる』


深呼吸をすると姿見の前に立つ。


「す・・・好ききです」

真っ赤な顔になっている。


「もう一回」


すぅっと息を吸い込む。


「好きです!付き合ってください」


何度も練習してなんとか言えた。


『坂之上:あとはやはり笑顔が大事でござる』


鏡に向かって笑顔を作ってみる。

「なんかぎこちないな・・・」

ぎこちなく笑っている。

「口角を、こう、こっちが・・・」

必死に笑顔を作っている内に気づいたら、いつもの時間になった。


「美紀―!朝ご飯よ」


母親の声が聞こえて、荷物を持つと鏡に向かってもう一度笑うと、部屋を出た。



高校へ向かう道もいつもと違うように見える。

(はぁぁぁドキドキする・・・)


『綺夏:挨拶は大事だよ』


教室に入ると、亮悟りょうごと目があった。

最近目を合わせていないせいで、気まずくて逃げ出したくなる。

でも―

「お、おはよう!」

少し大きめの声で言ったので、周りもこちらを見ている。

「おはよう!」

前と変わらぬ優しい笑顔で亮悟が言った。


(やった、私・・・えらいぞ・・・私)


席に着くと、深呼吸をする。

ここまではアドバイス通りだ。


今日はアルバイトのシフトが一緒に入っている。

その帰りに告白するつもりだ。

次々と授業が終わり、昼休みになる。

なんだかずっと告白のことが気になって集中できず、なんだか疲れてしまった。


「美紀ちゃん」

久しぶりに香純かすみが声をかけてきた。


「美紀ちゃん、ちょっと話があるんだ。少しだけいい?」

香純に呼ばれて、中庭へ向かった。

中庭は花壇とベンチがあって、公園みたいで昼休みはたくさんの学生が過ごしている。


「どうしたの?」

恐る恐る美紀が質問をすると、香純は「はぁ」とため息をついた。


「私、フラれちゃった」


「・・・え?」

「この前ね、また一緒に出掛けようって誘ったんだけど、断られちゃって・・・。だから、好きだから一緒にいたいって勢いで言っちゃったんだけど、好きな人がいるからって言われちゃった」

香純は笑っているけど、目には涙がたまっている。

「そうなんだ・・・」

「美紀ちゃんに応援してって言ったから、報告はしようかなって思って。それに・・・美紀ちゃんに謝らないといけないなって思って」

香純は美紀の方を身体ごと向けると、頭を下げた。

「ごめん」

「え?なんで?」

「私、美紀ちゃんと亮悟くんが付き合っちゃうじゃないかって不安で・・・美紀ちゃんの気持ちになんとなく気づいていたのに、応援してって言ったの。ずるいことした、本当にごめん」

「いや、私も嘘ついたから・・・藤崎くんのこと好きじゃないって・・」

「ううん、美紀ちゃんが優しいからそういうのはわかってて言ったから、本当に卑怯だった」

香純は膝の上でこぶしをぎゅっと握っている。

「美紀ちゃんが私や亮悟くんを避けるようになって、私のせいだなって思って、ずっと後悔してた。謝らなきゃって・・・でも亮悟くんの好きな気持ちはあって・・・だから勢いもあったけど告白して、どんな結果だとしても美紀ちゃんに謝りたいと思ってた」

「香純ちゃん・・・」

「亮悟くんと仲良くするのも、もちろん嬉しかったんだけど、美紀ちゃんと友達になれたのもすごく嬉しくてずっと仲良くしたいって思ってたから。こんな卑怯なことしておいてなんだけど、私とまた仲良くしてほしい」

「そんなのもちろんだよ。あんな態度とって私こそごめん」

香純は心底ほっとした顔をして「ありがとう」と言った。

「美紀ちゃんはどうするの?」

「今日・・・告白する」

「そうなんだ!応援してる!まだ亮悟くんを好きな気持ちはあるけど、美紀ちゃんのことも大好きだし、ちゃんと勝負して負けたから今はスッキリしてるんだ」

「ありがとう」

香純は「応援してるから」というと自分の教室へ戻っていった。


授業が全て終わり、アルバイト先へ向かった。

今日は金曜日。

今晩はかなり込み合いそうだ。


「こんにちはー」

着替えて、バックルームへ向かうと店長がニコニコとこちらを見ている。

「今日もよろしくね。金曜の夜だから忙しくなりそうだけど」

「今日も頑張ります」

「こんにちは」

亮悟もやってきた。

こんな傍で亮悟を見るのが久しぶりすぎて、ドキドキしてしまう。

「藤崎くんも頑張ってね!」

「はい!」

「さぁ、じゃあ時間だし、ホールへ向かってくれるかな?」

店長に促されて二人でホールに向かう。

「あ、橋本さん」

美紀は呼び止められて「はい?」と店長の方へ向かうと、店長が耳元でささやいた。

「頑張るでござる」

「・・ござる?・・・って、え?」

戸惑う美紀を置いて、「早くホール行きなね」と店長は手をひらひらと振った。


店長の名字は坂上さかがみだ。


(恥ず・・・)


「橋本さん、顔真っ赤だけど大丈夫?」

亮悟に指摘されたが「ちょっと気合が入ってるだけ」とよくわからない言い訳で誤魔化した。

予想通り店内はかなり込み合った。

必死にホールで働くうちに、梳かした髪も乱れてくる。

人の波が落ち着いて片付けていると、あっという間に退勤の時間になった。


「お疲れさまでした」

2人で店の外に出た。

美紀が振り返ると、店長がファイトと口パクで言ってウィンクをしてくる。

「どうしたの?」

「あ、ううん、なんでもない」

「今日は、家まで送らせてもらってもいい?」

「よろしくお願いします」


2人で夜道を歩く。

静かで、人通りも少ない。

「今日は忙しかったね」

「うん」

何を話していいかわからない。

この後の告白を考えると、頭がいっぱいになる。

「ねぇ、橋本さん」

「は、はい!」

「ちょっと前にさ、安田くんと遊んでたよね?」

「あ・・うん」

「・・・安田くんとは仲良くしてるの?」

「仲良くっていうか、私の好きなオムライスの美味しい店を知っているって言って誘われて・・・」

「橋本さんは、オムライス好きなんだね。知らなかったな」

少し寂し気に亮悟が顔を伏せた。

「私も藤崎くんの映画の好み知らなかったよ」

「・・・僕達って一緒に過ごした時間が長かった気がするのに、お互いのことあまり知らないね」


2人の足音だけが響く。


亮悟の言葉が胸にのしかかる。


(でもこのまま終わりなんてイヤだ)


美紀は足を止めた。


「橋本さん?」


「た、確かに、私は藤崎くんのことでわからないこと多いし、藤崎くんも私のこと知らないと思う。でも、私は・・・私は・・・」


『綺夏:頑張ってね!応援してる』


『まる:一歩踏み出して勝利を手に入れてこいよ』


店長のファイトといった姿が思い浮かぶ。


「私は、これから藤崎くんのことをもっと知っていきたい」


亮悟がこちらを優しい笑顔で見ている。


「す・・」

好きですと美紀が言いかけたところで、亮悟がぎゅっと美紀を抱きしめた。

「好きだよ」

「え・・?」

抱きしめられたことと告白されたことで頭が混乱して上手く言葉がでない。


「僕ももっと橋本さんのこと知りたいって思ってる」


「ほんとに・・?」


「本当だよ。橋本さんは俺のこと好き?」


「・・・大好き」


亮悟はまた少し強く抱きしめた。


それから二人で手をつないで帰った。

外灯で二人の手をつないだ影が道に浮かんでいる。


「ねぇ、橋本さんって動画配信してるでしょ?」

「えっ!なんで?」

「声ですぐわかったよ。初めて挨拶した時に、MIKIだーって。俺ずっと見てたもん」

「えっ・・・え・・じゃあ昨日の配信も・・・?」

亮悟はいたずらな顔で笑っている。

「嘘でしょ!」

「あのさ、ウィステリアってどういう意味か知ってる?」

「ウィステリア・・?」

「英語で藤って意味だよ。俺の名字は・・?」

「え?え、えぇぇぇえ!」

美紀の驚きの声が夜空に響いた。


「これからも配信楽しみにしてるね」

そう言ってウィンクする亮悟に「もう」と美紀は顔を真っ赤にした。

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高嶺の彼 月丘翠 @mochikawa_22

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