第13話

藤崎ふじさきさん!」


裕二ゆうじは驚いた顔で亮悟りょうごと香純を見ている。

亮悟は会釈だけして、気まずそうに黙っている。

「あの、美紀ちゃん、こちらの方は?」

香純かすみが不思議そうに見ている。

アルバイトは高校で禁止されているので黙っていたいが、どういう関係か説明するにはアルバイトのことを言うしかない。

口止めするためにも、とりあえず、4人でカフェに行くことにした。


「そういうことか」

裕二との関係を説明すると、香純は納得していた。

「うちの高校はアルバイト禁止だからさ」と亮悟がそういうと、「アルバイトのことは黙っておくよ」と香純は約束してくれた。

「それで裕二くんはアルバイトの後輩なんだね?」

「はい!お二人にはお世話になってます」


「で、美紀ちゃんの彼氏でもあるのかな?」

「ち、違うよ!」

美紀が慌てて否定すると香純はからかうように「恥ずかしがっちゃって」と言った。

亮悟は何も言わずコーヒーを飲んでいる。


「香純さんは、藤崎さんの彼女ですか?」

亮悟は思わずコーヒーを吹き出しそうになりながら、「ち、違う」と言った。

「今はね」

香純はいたずらっぽく笑った。


その後も香純と裕二は気が合うのか、話をして盛り上がっていた。

亮悟は何を言うでもなく、2人の会話を聞きながら頷いたり、皆に合わせて笑っていた。

美紀は自分がどんな顔をしてここにいるのだろうと亮悟を見ながら小さくため息をついた。


□■□


「疲れた」

美紀は帰るなりベッドで横になった。

あの後もなんとなく気まずくて、どんな顔をしていいかわからなかった。


(絶対藤崎くんに誤解されたよね)


あの後、誤解されたくなくて、店を出た後声をかけたが、聞こえなかったのか、無視されたのか、亮悟がこちらを見ることはなかった。

(私のこと嫌いになったのかな…)

香純の“今はね”といっていた。

あれだけかわいい子に言い寄られたら、好きになってもおかしくない。

お下げがボブになっても、メガネがコンタクトになっても根本的には地味な女だ。

決して素敵女子ではない。

亮悟はイケメンで高嶺の王子様なのだから、隣にいて似合うのは香純の方だろう。

彼女ができたから、もう美紀には関わらないということだろうか。

(藤崎くん・・・)

なぜか涙が溢れてくる。

胸が張り裂けそうで、悔しくて情けない気がした。


時計を見ると、19時50分を過ぎている。

今日は配信予定日だ。

今まで一度だって配信を休んだことはなかった。

(今日は無理・・・)

美紀は今日の配信を中止する旨を、お知らせでアップすると、布団をかぶって閉じこもった


□■□


翌日腫れあがった目には、コンタクトが入らず、久々にメガネで登校した。

メガネに変わっても誰にも指摘されることはない。

モブはそんなもんだ。

なんだか亮悟と会う前に戻ったみたいだった。

気持ちが上下することもなく、誰にも気づかれないけど、穏やかな生活だ。

「おはよう」

亮悟はいつもと変わらず、挨拶をしてくれた。

「おはよ」

美紀は小さな声で挨拶すると、本を開いた。

読書はぼっちには最強の趣味だ。

ただ本を読んでいるだけで、話かけられることもないし、1人で孤独な人のように見えなかったりする。

亮悟は何かを言いたそうだったが、友人たちに囲まれて何も話しかけてこなかった。

「美紀ちゃーん」

香純はいつものように声をかけてきたが、「こんにちは」と美紀は落ち着いた声で返事をした。

「どうしたの?元気ないの?」

「いえ、大丈夫です」

そういって美紀は本を取り出した。

香純は驚いてこっちを見ていたが、美紀は気にせず本を読み続けた。


アルバイトのシフトも亮悟とは離すようにした。

店長に適当に言い訳をして、亮悟が入っていない日に振り替えた。

店長は怪しんでいるようだったが、「来月はこんな変更はしないように」と言っただけだった。

アルバイトを終えて、外にでると夜なのに少し暖かい。

夏が近づいてきている。

1人で夜道を歩くと、前まで寂しさなんて感じなかったのに、なんだか心細い気がした。


(でも、好きにならなければあんな思いしなくて済む)


今まで恋愛相談に乗っていたのに、こんなに誰かを好きになることがしんどいことなんて知らなかった。

(何が恋愛相談ラジオだ―)

美紀はあの日から無期限の活動中止とした。

自分がそんな配信をすることにふさわしくないと思ったからだ。

美紀は足早に家に向かった。


それから亮悟とは話す機会はなくなった。

席替えが実施され、亮悟とは随分離れた席になった。

香純も亮悟に会いに行くのでこちらにはほとんど来ない。

学校でもアルバイトでも会わない日々が続いた。

「美紀先輩」

裕二に話しかけれらてそちらを見ると、裕二が変な顔をしている。

「何してるの?」

冷たい声で美紀が言い放つと、「ダメか」と悲し気につぶやいた。

「何がダメなの?」

「・・・最近美紀先輩の笑顔見てないから」

裕二が子犬のような瞳で美紀を見てくる。

「そんなことないでしょ」

そういうと、「そんなことありますよ」と寂し気な顔で美紀を見た。

「美紀先輩って藤崎さんのこと好きですよね」

「え・・?」

ストレートに裕二言われて思わず固まってしまう。

「わかりますよ。いつも僕は先輩を見てるんですから」

美紀は何も言えずに、下を向いた。

「僕は先輩が好きです。本気です。絶対先輩を幸せにしたいと思ってます」

「ちょっとこんなところで」

アルバイト中にホールで言われることじゃない。

「でも言わなきゃ伝わらないんですよ。相手に気づいてもらうとか、相手が好きになってくれるまで待つなんて僕にはできません。人生なんてどれだけあるかわからないですから。だからいつも素直に言うようにしてます」

そこまでで一区切りつくと、裕二は少し上を見上げた。

「美紀先輩のことが好きですし、藤崎さんより俺の方が絶対幸せにできる自信はあります。でも何が幸せと感じるかは美紀先輩が決めることだし、美紀先輩のことが好きだからこそ心から幸せになってほしいと思ってます。なので諦めないでください。まだ何もしないですよね?」

裕二の問いかけに美紀は静かに頷いた。

「先輩、頑張ってください!もし先輩が頑張っても上手くいかなかった時は、僕が支えますから」

そういうって裕二は「片づけしてきます」と奥に引っ込んでいった。


(言わなきゃ伝わらないか・・・)

それは当たり前のことだ。

でも、あんな思いをしたくない。胸が痛い。

明日はいつもなら配信している日だ。

(みんなどうしているのかな・・・)

美紀はパソコンを立ち上げ、メッセージを確認した。

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