第11話
「今度の休みに数学のことで聞きたいことがあるんだけど、教えてくれない?」
洗面所の鏡に向かって言ってみる。
怪しげで不気味な笑顔をした女が映っている。
「違うな・・・」
「今度の休みに一緒に映画とかどうかな?・・・って観たい映画ないしなぁ」
考えてみると、
好きな食べ物、好きなテレビや映画、家族構成やペットがいるのかいないのか―
(何も知らないな)
「そんなんで誘えるわけないか」
「美紀―!!早くしないと学校遅れるわよ」
母の声の怒った声がする。
時計を見ると、そろそろ出ないと間に合わない時間だ。
美紀は急いで髪を整えると、荷物を取りに自室へ向かった。
学校へ行くと、すでに亮悟は来ていて友達と話している。
はじける笑顔に今日も胸がキュッとなる。
「おはよ」
「おはよう」
挨拶を交わして席に座る。
(私も自然に藤崎君と話せたらいいのに)
そんなことをぼんやり考えていると「おはよー!」と元気な声で
「おはよ、亮悟くん、美紀ちゃん」
「おはよ」
「おはよう」
今日の香純はいつも以上にテンションが高い。
「何かあった?」
美紀がそう聞くと待ってましたとばかりに、
「じゃーん」と亮悟にチケットを見せた。
「これは・・・もしかして、ゴーストハンターの試写会のチケット!?」
亮悟が目が驚きで丸くなり、興奮したように話している。
「藤崎くん、好きだったよね?」
「うん、めちゃくちゃ好きでシリーズの全部見てるよ」
「そう言ってたなと思って、雑誌の懸賞で試写会を応募してみたら当たったの」
「すごい!」
「一緒に行こうよ」
「いいの?」
亮悟は目を輝かせながら、チケットを見つめている。
「ペアチケットだから私と一緒に行こうね」
「やべー、ありがとう」
「今回は美紀ちゃんの分はないんだけど、今度別の映画を観に行こうね」
そう言って香純はにこりと笑った。
香純は本当に良い子だ。
このチケットだって悪気はないはずだ。
(香純ちゃんは藤崎くんの好きな映画知ってるんだ)
香純より長く一緒にいるはずなのに自分は藤崎のことを何も知らないことが悲しかった。
2人でデートに行くんだ・・・
胸がざわざわして、不安で、少しイライラしたような感じたことない気持ちだ。
亮悟と香純は、当日の約束をして話している。
美紀は疎外感を感じながら、作り笑顔で笑いながら話を聞くしかなかった。
□■□
「橋本さん、なんかすごい顔よ?」
店長に呆れながら言われた。
学校が終わり、今日もファミレスでバイトをしている。
「そんな暗い顔してたら、客も幸せも逃げちゃうよ?もっと笑いなさい」
「はい・・・」
香純と亮悟がデートすることになってから、なんだか気持ちが落ち着かないのだ。
ガシャーン!!
皿を落として割ってしまった。
こんなこと一度もなかったのに、やってしまた。
「美紀先輩、大丈夫ですか?」
裕二が心配そうに駆け寄ってきた。
「大丈夫だよ。片付けるね」
「いいっス。俺がやります」
そう言って箒やちりとりでテキパキと掃除をしていく。
裕二は、普段からお皿をよく割っているので、片づけはお手の物だ。
「先輩、なんかありました?」
お客の波が落ち着いたところで、裕二が声をかけてきた。
「別に何もないよ」
「それならいいんすけど…そうだ!今日は藤崎さんもいないし、俺が家まで送ります」
「いいよ、1人で帰れるし」
「藤崎さんならオッケーで、俺ならダメっていう理由あるんですか」
子犬のようにうるうるした瞳でこちらを見ている。
「いや別にそういうことじゃなくて…」
「じゃあ送ってもいいですか?」
「えっと…」
裕二のお願いという視線が刺さる。
「…じゃあお願いしようかな」
「はい!」
そんな話をしていると、ピンポーンとお客から呼ばれた。
「俺行きます」と裕二は嬉しそうにスキップして、お客の元へ向かっていく。
「あんなにはしゃいで…」
美紀には、尻尾をブンブン振っているように見えた。
「お疲れ様です」
2人で一緒に店を出ると、外は雨上がりなのか少し地面が湿っている。
「雨じゃなくてよかったですね」
裕二は空を見上げながら、歩き出した。
「そうだね」
美紀も空を見てみる。
うっすらと雲がいくつか見えるが、月や星が見えている。
(私の気持ちも晴れればいいのになぁ…)
「あの、美紀先輩、この前はすいませんでした」
ぺこりと裕二が頭を下げた。
「ビックリはしたけど、別に大丈夫だよ」
美紀がそう言うと心底安心したような顔で「良かった」と裕二はつぶやいた。
「嫌われたんじゃないかとすごく心配だったんです」
「嫌わないよ」
本気なのか、思いつきで言ったのかわからないけど、好きだと言われて嫌になることはない。
ましてやこんな可愛らしい顔立ちの男の子に言われたら大半の女子は喜ぶはずだ。
裕二は安心したようで前と同じようにたくさん質問をしてきて、それに答えながら歩いた。
「あの美紀先輩の好きな食べ物はなんですか?」
「え?えっと、オムライスかな」
「オムライス!えっと、じゃあこのお店知ってますか?」
裕二のスマホを覗き込むと、世界一美味しいオムライスと書かれたお店のホームページが表示されている。
「このお店は知らないかも」
「良かった!あの今週末に一緒に行きませんか?」
嬉しそうに笑ってスマホの画面を裕二が触ると、オムライスの店、ハンバーグの店、パスタの店、寿司屋など色々サイトが書かれたページが見えた。
「たくさんお店知ってるんだね」
思わず美紀がそういうと、裕二は耳まで真っ赤にして「違います」と呟いた。
「美紀先輩が何が好きかわからないので、たくさん調べといたんです」
なんていじらしいのだろう。
美紀は恥ずかしそうにしてる裕二を見て、気づいたら言っていた。
「いいよ」
「本当ですか?」
「うん、オムライス好きだし」
美紀がそういうと、嬉しそうに「やった」とガッツポーズをして、「絶対ですからね」と念をおしてきた。
(私とご飯行くだけでこんなに喜んでくれるんだ)
美紀は胸が少し暖かくなった気がした。
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