第9話

(あれはなんだったんだろうか)


美紀みきは学校への道を歩きながら、昨日のことを思い出していた。


“僕と付き合ってください”


突然、裕二ゆうじにそう言われて驚いて動けない美紀に変わって、亮悟りょうごが「今日初めて会ったんだよね?橋本さんびっくりしちゃってるよ」と裕二をたしなめてくれた。

裕二は顔を上げると、「びっくりさせてすいません。じゃあまた改めて言います」と言って、ぺこりと頭を下げてさっさと帰って行ってしまった。

あの後、亮悟も顔が引きつったまま帰って行った。


(からかわれてるよな、絶対)


「はぁ・・・」

美紀はため息をついて、教室に入ると、なんだか教室内が殺気立っているような気配を感じる。

どうやら女子たちの視線が1点に集中しているようだ。

「亮悟くんは、動画とかよく見るんだね」

香純かすみが嬉しそうに亮悟と話している。

美紀が席に着くと、「おはよう」といつもように亮悟に声をかけられる。

「おはよう」

美紀が香純に気遣いながら、返事をすると、香純も「おはよ!」と元気よく声をかけてきた。

「あ・・・おはよ」

「私は阿部香純。あなたは?」

「えっと、橋本美紀です」

「美紀ちゃんか!よろしく」

「あ、宜しくお願いします」

美紀が頭を下げると、香純は美紀の顔に近づけてくる。

「え、あの」

戸惑う美紀を無視して、香純は手を伸ばすと前髪をサイドに流した。

いつも恥ずかしさもあって、なるべく前髪は下している。

「こっちの方が可愛いよ。美紀ちゃんは顔小さいし、目がちゃんと見えた方が可愛い」

香純は満足そうに頷いている。

「こっちも似合うね」と亮悟も頷いている。

「・・・ありがとう」

そこから香純はまた亮悟と話すと、チャイムが鳴って自分のクラスへ戻っていった。

悪い人ではないのかもしれない。

(でも気は合わないかも・・・)


そんな美紀の気持ちとは裏腹に、お昼休みになると、香純はお弁当を持ってやってきた。

「亮悟くん、美紀ちゃん、一緒に食べよ~」

香純は周りの視線などお構いなしに、亮悟の前の席にすわると、お弁当を広げ始める。

すごい人だなと思いつつ、美紀もお弁当を広げた。

「美紀ちゃん、それはママの手作り?」

「ううん、自分で作ったよ」

「マジ?すごいんだけど」

香純は驚いた顔をして、「卵焼きとか超おいしそう」と褒めてくれた。

「橋本さんのお弁当はいつもおいしそうだよね」

「そんなことないよ」

亮悟に褒められるとなんだかくすぐったい。

「それに美紀ちゃんは良い声だよね」

「そんなことないよ、普通の声だよ」

「美紀ちゃん。褒められたら否定するんじゃなくて、ありがとうって言った方がいいよ?謙遜するのもいいけど、折角褒めてくれてるんだから」

「そ、そっか。ありがとう」

「そうそう、それでよし」

嬉しそうに香純はお弁当のおかずを頬張った。


香澄は亮悟とだけ仲良くしたいのだと思っていたが、その後も美紀にも声をかけてくるようになった。

何かの作戦か?とも思ったが、屈託ない笑顔で声をかけてくる香純を見ると、そうではない気がする。

「美紀ちゃん、今日の放課後にお茶しにいかない?亮悟くんは予定あるんだって」

今日はバイトもないし、配信もないので、予定的には可能だ。

ただ今まで友達と出かけたことがないので、私なんかでいいんだろうかという気持ちになってくる。

「何か予定ある?」

「ううん、予定はないけど」

「良かったー!じゃあ駅前のケーキ屋さん行こ!あそこのミルクレープ最高なんだから」

美紀が行くも行かないも返事する前に約束の場所と時間を決めて、教室を去って行ってしまった。


駅前にいくと、香純が嬉しそうに手を振ってやってきた。

「待っててくれてありがとう~担任にスカートの長さで説教されちゃった」

そう言ってテヘっと感じで笑う。

香純はまさに女の子って感じで、可愛らしい。

「じゃあケーキ屋さんいこ!こっちだから」

香純の案内でケーキ屋さんに向かう。

店内に入ると、はカントリー調で可愛らしい雰囲気だ。

お客は数人いたが、並ばずに店に入ることができた。

2人ともミルクレープを注文すると、早速香純が話し始めた。

「ねぇ、美紀ちゃんはさ、好きな人いないの?」

飲みかけの水を吐き出しそうになる。

「い、いないよ」

「そうなんだ~」

「今まで好きな人とかいたことないから、わかんないけど」

「まだ恋したことないんだね!そっか~じゃあこれから楽しみじゃん」

「そう、なのかな?」

「私はもう亮悟くんに一目ぼれしちゃった」

恥ずかしそうにしながらも香純は話をつづけた。

「実はね、亮悟くんに助けてもらったことがあったの」

香純が学校に向かう途中で転んでしまい、荷物を落としたのを亮悟が拾ってくれたらしい。

「しかもね、川の中にも財布落としちゃって」

運悪く橋の上で荷物を落としたため、川に財布が落ちてしまった。

それをサッと川に入って亮悟が拾った。

「その姿見たら、この人だってなって」

「そうなんだ」


なんだか胸がざわざわする。

香純は亮悟が本気で好きなのだ。

ただただ亮悟の周りでうるさくしている女子とは違う。


「亮悟くんにその内告白しようかなって思ってるんだよね」

胸にぐさっと刺さるような痛みがある。

「美紀ちゃんも応援してね」

「・・・うん」

美紀がそう返事をすると、香純は嬉しそうにその後も亮悟の話をしていた。


(藤崎くんと阿部さんが付き合ったら、私はどうなるんだろ・・・)


最近は孤独を感じることも少なくなり、心地よい生活になってきた。

亮悟が香純と一緒にデートする姿を想像するとなんだか耐えられない。

顔に出さないようにコーヒーをぐっと飲んだ。

コーヒーが、いつもより苦いような気がした。

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