第8話
いつも通りに朝目覚めると
今日は日直なのだ。
誰もいない教室へ着くと、窓を開けて空気を入れ替える。
窓の外には、青空が広がっている。
もうすぐ梅雨の季節だ。
青空とはしばらくお別れかなぁと思いながら、深呼吸をした。
ガラガラ
扉が開く音がして、振り返ると
「おはよ」
「おはよう」
今日は亮悟と日直だ。
「初めてだから色々教えてね」
亮悟がそう言いながら、荷物を下ろした。
日直とはいえ、そんな仕事があるわけではない。
まずは担任に日直簿をもらって、昨日の引継ぎを確認する。
私の高校は、自主性と自立を大事にしているので、学生のことは学生で!という考えが強い。
「課題の回収と保護者会の出欠用紙の未提出者の声かけをやらないといけないんだね」
亮悟のいた前の学校では、黒板を消すくらいしか日直の仕事はなかったらしく、すごく驚いていた。
「うん、でもまぁ忙しいのは朝だけだよ」
「そうなんだ」
「少し朝早く来ないといけないけどね」
「でも早く教室にきて、新鮮な空気を吸うってなんか得した気になるよね」
亮悟も美紀がやっていたように、窓を開けて深呼吸をする。
そんな横顔も美しい。
美紀の鼓動が速くなる。顔が赤くなってきそうだ。
「じゃあやりますか」
亮悟は美紀ににこっと笑うと、黒板へ向かった。
日直は朝だけ忙しい。
黒板を綺麗にし、チョークなどを用意していたら、クラスメイトが続々とやってくる。
大体そろったところで課題を回収し、着席番号順に並べる。
HR後に担任に渡すと、授業が始まる。
割とバタバタするのだが、亮悟は嫌な顔一つせずテキパキ進めていた。
美紀は人前で話すのが苦手なので、回収物の声かけはやりたくないのだが、亮悟が率先して「課題回収するから準備してー」と言ってくれるのでありがたかった。
(今日も高嶺の王子はキラキラ輝いている)
美紀がそんなことを考えているうちに、1限目が始まった。
□■□
「あなたが藤崎くん?」
聞きなれない声がする。
美紀はお弁当を広げながら、耳を澄ませた。
亮悟の席の方を見ると、少し派手でミニスカートの女子が、亮悟の前に立っている。
スラッとしてスタイルは抜群だ。
亮悟はビックリした様子で、玉子焼きを持ち上げたまま、「そうだけど?」答えた。
「かっこいいね」
女の子は恥じらいもなくストレートに褒めた。
「ありがとう」
「あのさ、友達になってくれない?」
「友達?」
「うん。私、藤崎くんと友達になりたいんだよね」
「あぁ、そうなんだ」
少し驚いていたようだったが、友達ならと亮悟は了承したようだった。
ただその他の周りにいる女子たちは、了承していないようで、一斉にその女の子を睨んでいた。
「まずは名前とか教えてもらってもいい?」
「私は、
この距離感で責めれる女子はすごい。
周りにどう思われるかを気にしない人は最強だ。
「ねぇ、亮悟君は今日の放課後とか時間ある?」
もう下の名前で呼んでいる。
女子たちの嫉妬心がピークを迎えた。
「あぁ・・今日はちょっと」
そう言えば、今日はアルバイトの日だ。
亮悟も一緒のシフトに入っていた。
「えぇーそうなんだぁ。残念!じゃあまた今度遊んでよね」
そう言うと香純は嵐のように去っていった。
去っていく香純を見ながら、“何!あの女!!”女子たちの顔にそう書いてある。
(すごい子だなぁ)
美紀は目の端でそんなやり取りを見ながら、モテる男は苦労するねぇと心の中で呟いた。
□■□
学校が終わり、バイト先のファミレスに行くと、店長が鼻歌交じりにパソコンをいじっている。
「店長、いいことあったんですか?」
「あら橋本さん、それ聞いちゃう?」
「・・・じゃあいいです」
「もうそんなこと言わないでよ~。売り上げが2倍まで上がったのよ、本当に藤崎くんのおかげで助かっちゃったわ」
「最近忙しいですもんね」
「そうなのよ。ってことで、新たにアルバイト雇うことにしたから。
名前を呼ばれた男の子がやってきた。
小柄な可愛らしい顔立ちの男の子だ。
制服のエプロンをつけられずに紐が肩に絡まっている。
「どうしたらそうなるのよ」
店長が呆れた声を出す。
「じっとしてね」
仕方なく美紀が整えてあげると、子犬のような顔で「ありがとうございます」とお礼を言ってきた。
「
「よろしくお願いします!」
裕二が元気よく挨拶をした。
「こちらこそよろしくお願いします」
「で、この子の教育係を橋本さんにお願いしたいの」
「私ですか!?まだ働き始めて一ヶ月ちょいですよ」
「大丈夫!うちは3日働いたらベテランだから。それに橋本さんは仕事が丁寧だし、橋本さんにみたいに働けるようになってくれると助かるの」
そう言われたら断れるはずもない。
「・・・わかりました」
「よろしくお願いします!先輩!」
裕二は元気いっぱいだ。
なんだかお尻に尻尾がついているように見えた。
「こんにちはー」
そんなやり取りをしていると亮悟がやってきた。
「藤崎くん。この子、安田くん。今日から一緒に働くからよろしくね。教育係は橋本さんだけど、一緒に教えてあげてね」
「安田です!宜しくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
そんな挨拶から勤務時間はスタートした。
まぁエプロンがつけられない時点で相当不器用だろうと予想はしていた。
(でもここまでだとは―)
バリーン
皿が割れる音が聞こえる。
もう3枚目だ。
そして運んでいる料理を落とす。
その度にお客に一緒に謝罪し、片付ける。
店長も頭を抱えていたが、やる気はあるので注意しづらいようだ。
「安田くん、今日は私の動きを見てて。次から実践してみよう」
このままだとお皿が無くなりそうだったので、ホールに出すのをやめた。
裕二は「わかりました!」とこれまた素直に返事をして、美紀の後をついて回ってきた。
本当に子犬という例えがぴったりだ。
後ろをひょこひょこついてきている。
何をやるにも興味津々という感じで、メモをしたりしていた。
「ありがとうございましたー!」
最後のお客を見送ると片付けに入る。
今日はいつもの倍以上は疲れた気がする。
「美紀先輩!これはどこに片付けたらいいですか?」
「それは右の箱に・・・違う!違う!」
慌てて美紀が止めに行くと、「間違いちゃいました」とてへっという感じで笑っている。
裕二は世渡り上手なタイプだなと美紀は思った。
何とか片づけを終えて、店をでる。
思わずため息がでる。
「疲れちゃった?」
亮悟が心配そうにこちらを見てくる。
「そんなことないよ、ありがとう」
「じゃあ帰ろうか」
そういった瞬間に、裕二がやってきた。
「二人で帰るんですか?」
「うん、そうだよ」
「駅までですか?」
「僕らはそんなに家が遠くないから歩きで帰るよ」
「そうなんですか?じゃあ僕も」
そう言って美紀と亮悟の間に入って来る。
「いいですよね?」
「あぁ・・まぁ」
困ったように美紀の目を見てくるが、美紀も「別にいいけど」と返事をしてしまった。
歩いている最中は、とにかく裕二がしゃべって仕方なかった。
とにかく質問攻めにしてくる。
「美紀先輩の好きな食べ物は?」
「美紀先輩の好きな色は?」
「美紀先輩の趣味は?」
マシンガンのように次から次と質問をしてくるので、疲れてしまう。
それでもなんとか質問に答えていると、家の近くまで来ていた。
「じゃあ、ここで大丈夫だから」
美紀がそういうと「明日、学校でね」といつもの様に亮悟が言った。
その時、裕二が帰ろうとする美紀を呼び止めた。
「あの!美紀先輩」
美紀が振り返ると、裕二が頭を下げて、手を伸ばしている。
「僕と付き合ってください!」
「・・・え?」
世界が止まった。
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