第5話
「思ったより少ないな・・・」
美紀は銀行口座を見て呟いた。
今日は初めて給料日なのだが、予想より金額が少ない。
月の途中で入ったので当然ではあるのだが、少しがっかりした気持ちになった。
(でも、きっとお母さんやお父さんの少しは役に立つよね)
そう思うと下がった気分も上がってくる。
きっと喜んでくれるだろうと思って意気揚々と両親に渡したが、すぐに突き返された。
「気持ちは嬉しいけど、折角初めての給料でしょう?このお金は美紀自身に使ってほしいわ」
「そうだな。パパものせいで気を使わせて悪いんだけど、初給料って人生で1度切りだから自分のために使いなさい」
両親にそう言われると「わかった」としか言えない。
(どうしよっかな)
美紀は部屋に戻ると、下した給料を手にどうすべきか考えあぐねていた。
ベッドでだらだらしていると、パソコンが目に入った。
“彼女ともっと仲良くなれるように頑張ってみたいと思ってます”
美紀はバッと起き上がると、鏡に自分を写してみる。
そこには、メガネでおさげ髪の女がいた。
「頑張れるかな・・・」
美紀は素早く身支度を整えると、家を出た。
□■□
「さっぱりしましたね。すごくお似合いですよ」
美容師はにっこり笑うと、後ろ姿も鏡に映した。
「どうですか?」
鏡にはボブ姿の自分が映っている。
ロングからそろそろ変えようかなと思っていたので、いっそ大幅にイメチェンしようと勇気を出して美容院へやってきた。
イメチェンは出来たと思うし、悪くないとも思うが、そんなに変わらない気もする。
髪型が変わっても顔が変わるわけではないのだからこんなものかもしれない。
「・・・大丈夫です」
支払いを終えると、まだ給与は残っている。
(ちょっとぶらぶらしよかな)
近くにショッピングモールがある。
美容院をでると、ショッピングモールへ向かった。
今日は日曜ということもあり、家族連れやカップルなどで賑わっている。
買いたいものがあるわけでもない。
良いものがあれば買おうかなという感じでぶらぶらしていると、「
振り返ると、
「あ・・・
私服の亮悟を見るのは初めてだ。
白のパーカーにカジュアルな黒のジャケット、黒のデニムを着ている。
「橋本さんだろうとは思ったんだけど、雰囲気変わったからビックリしちゃったよ」
こちらこそ高嶺王子の私服が良すぎてびっくりだ。
そんなことを思っていると、亮悟がまじまじとこちらを見ている。
「・・・変・・かな?」
「そんなわけないよ!すごく似合ってる」
「良かった」
ほっと胸をなでおろすと、「藤崎君はお買い物?」と聞いてみた。
「うん。給料出たからさ、貯めなきゃなと思いつつ、来ちゃったんだよね」
亮悟は、いたずらっぽく笑った。
「橋本さんもお買い物?」
「うん。給料出たけど親が自分のために使いなさいっていうもんだから・・・」
「そうなんだ。なんか買いたいものあった?」
「今来たところだから、まだ」
「じゃあ、一緒に回らない?」
亮悟がにこっと笑って、「行こう」と歩き始めた。
こちらに断る権利はないらしい、断ることはないのだけど。
「折角髪も切ってイメチェンしたなら、今の雰囲気に合う服を買うのはどうかな?」
亮悟に言われるがままに、色んなショップに入っていく。
「あそこはリーズナブルだけど割と着易い服が多いよ。こっちは、高めだけど清楚に見える大人な服が多いかな」
亮悟が嬉しそうに話しているが、やたら女子の服のブランドに詳しい気がする。
「藤崎くんってお店のこと詳しいね」
「え?あぁ、僕には姉も妹もいてよく荷物持ちやらされるんだよ」
「そうなんだ」
「女の子の服のブランドに詳しいって、めちゃくちゃ怪しい奴って思った?」
「そ、そんな、そんなことないよ」
「ならいいけど」と亮悟はニカっと嬉しそうに笑っている。
亮悟の笑顔を見る度に心が弾む。
ドキドキして止まらなくなる。
この事実を顔に出さないようにするのは、至難の業だ。
「橋本さんは、コンタクトにしないの?」
「コンタクト?」
「眼鏡も可愛いけど、コンタクトにしたらもっと可愛いんじゃないかなって思って」
顔を近づけてきて、サラッと可愛いと言ってくる。
(こんなセリフに女子はオチてるんだろうな)
そんなことなど亮悟は全く思っていないのか、「なんだか顔赤いけど、体調悪い?」と的外れなことを言っている。
「・・・大丈夫」
その後も色々話しながら服をみた。
結局気に入るものはなかったが、亮悟と話すことが出来たので、勇気を出して美容院に行って正解だった。
「もうこんな時間か」
夕暮れになって、辺りは薄暗くなってきた。
「橋本さん、今日はありがとう」
「え?」
「一緒に買い物回ってくれたからさ」
「そんな・・・あの・・・」
亮悟が「?」という顔をしている。
(髪も切ったし、頑張るって決めたんだから、言え!自分!!)
「た、楽しかったし」
「ほんと?」
亮悟の目が嬉しそうに輝きだした。
「良かったー!橋本さんに楽しんでもらえたなら本当に良かった」
「あの・・・じゃあ私帰るね」
「じゃあまた明日学校で」
「うん。また明日」
小さく亮悟に手を振ると歩き始める。
「ねぇ!」
亮悟の大きな声が響く。
振り返ると「気をつけて帰ってね」と笑って手を振っていった。
(この王子、無敵すぎ・・・)
美紀は短くなった髪をくるくる指に絡ませながら、いつもより足取り軽く家に帰った。
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