第11話 怪鳥を射る

「こちらイェゴール機。敵艦隊からAMの発進を確認した、数はざっと見積もって四十以上。大部隊だ」

「こっちは二十そこらだが、全機が新型だ。戦力としては五分五分ってとこだな」

「サンダーバード隊より各機へ。こちらの準備はもうじき終わりそうだ」

「雫!お前のお姫様は、俺達がちゃーんと護衛してやるからな、しっかりやってこいよ」

「そういう所ですよ、少尉」

決戦の直前であるというのに、どこか軽い調子の無線だった。

良い雰囲気だ、とイェゴールは思う。どんな戦場でも、余裕のある兵士は生き残る事が多い。

「全砲門開け。AM隊の接敵三十秒前に援護砲撃を行う」

「了解。全艦、砲撃用意」

「撃て!」

カーチスの号令と共に、地球軍艦隊から無数のビームやレーザーが放たれる。精度はまばらだが、直撃した連合軍艦の何隻かは爆発を起こした。

当然、艦隊に接近する地球軍のAM部隊からも、その爆光は鮮明に見えていた。

「露払いにしちゃ派手すぎるぜ」

「敵艦隊が混乱している今がチャンスだ、突っ込むぞ!」

既に敵艦隊の防空圏内に侵入しているというのに、対空砲火の一つも飛んできていないのが混乱している事の証左だ。

だが、そう上手く行かないのは戦場の常である。側面から直掩のエンプーサや新型であるオルトロスといったAMがイェゴール隊を強襲した。

「各機交戦開始!アキレウスを目標まで送り届けるぞ!」

アルテミスが主兵装の狙撃用大型レール・キャノンを撃ちまくり、ペルセウスがその間隙を縫って懐に飛び込んで、超輻射式ブレードで敵機を両断する。連合軍独自で開発された機体に比べて、ゼウスの流れを汲んだ二機は性能面で優位に立っていた。

「このまま押し込む!雫、アセット!お前達は先行し、敵艦に取り付け!」

「っしゃあ!ぶち抜くぜ、アキレウス!」

機体各所の推進系を全てブースターに回して、最大加速形態となったアキレウスとペルセウスが連合軍の戦列を突き破る。艦隊後方に控えている例の艦を視認した雫は、

「近くで見るとやっぱでけぇなぁ...!狙う場所が分かりやすくて助かるぜ」

と感嘆の声を漏らした。

「雫!分かってるとは思うけど、近接防御用のレーザー砲には気を付けて!」

アセットが言うや否や、敵艦の艦体部...、というより鳥の背中のような部分からレーザーがアキレウスを狙って放たれる。

「そんな滅茶苦茶な砲撃で、俺に当てようって!?」

機体を捻ってレーザーを躱し、艦体後部へ向けて飛行する。エンジンノズルらしい構造物を見つけた雫はトネリコを構えて破壊しようと突進するが、側面からの射撃によって阻まれた。

「こいつの搭載機か!」

オルトロスが数機、アキレウスに向けてレーザーライフルやミサイルを撃つ。エンプーサに比べて重武装となっている為、脅威度は大きく上がっている。やむなく雫は軌道を変え、またアセットも合流した為、オルトロスの迎撃を開始した。

アキレウスがミサイル・ポッドを斉射し、ペルセウスが両手に装備したマシンガンを撃ちまくる。弾幕を潜り抜けたオルトロスはハルバードを構えて接近戦を仕掛けてくると、雫は至近距離でショットガンを撃ち込んだ。散弾の直撃を受けたオルトロスは被弾部位の周辺が消滅した。

「行けるぜ、この新装備!」

凄まじい破壊力に驚きつつ、振り下ろされたハルバードをトネリコで受け止める。

「女性を待たせてんだ、邪魔すんなよ!」

目の前のオルトロスを蹴り飛ばし、再びエンジンノズルへ突進する。

「トネリコの出力を最大にして、先端のエネルギー放射部に集中させりゃあ、フィルムの一枚や二枚!」

勇んで破壊しようとするが、コクピット内に突如アラームが鳴り響いた。

「何だこりゃ、艦全体のエネルギーの流れが一箇所に集まって...。まさか!?」

雫の身体を悪寒が駆け抜ける。そして予想通り、敵艦は嘴部分のレーザー砲を撃つためのチャージを終えようとしていたのだ。

当然、敵艦の動きを注視していたクサントスもそれに気付いていた。

「艦長、敵艦から高エネルギー反応を確認!大型レーザー砲の照準、本艦に指向中!」

「第三艦隊を葬ったやつなら、回頭は無駄か...!レーザー・フィルム展開!主砲分だけ残しておけばいい、出力を限界まで上げろ!」

「駄目です、間に合いません!」

アンネが絶望的な声を上げる。

「クッソ!迂闊だったってのかよ!」

雫は急いで砲塔付近を攻撃しようとするが、トネリコで破壊するのは間に合わない。だが、通常攻撃ではフィルムに弾かれてしまう。つまるところ、打つ手が無かった。

雫の思考が最悪の状況を映し出す。あれが放たれれば、クサントス含めた艦隊だけでなく、その直上に位置するヴァルキリアまで吹き飛ばされるだろう。そうすればカーチスは、エレナは、アンネは、クルーの皆は、そしてミナは...。

「そんな事...、やらせるかよぉ!」

目の前で仲間を奪い去ろうとする敵に、雫は湧き上がる激しい怒りを感じた。それがアキレウスに、そしてヴァルキリアにも搭載されているを目覚めさせた。

装甲の各所から青色の粒子が放出され、コクピットが激しく揺れる。雫はその駆動に覚えがあった。

「くっ...、またこれか...!...だが、この状況なら!」

それは成田で、そして静止軌道上で発動した謎のシステム。ヴァルキリアは紅い光だが、アキレウスは蒼い光を放っている。

この状態になった時、雫もミナも必ず意識を失っている。それに、ヴァルキリアのものに比べて出力は遥かに高く、制御はおろかコクピットシートにしがみつくのがやっとの程だ。だが、雫はそれで良いと思っていた。自分の力だけでミナを救えないなら、自分より遥かに強力なシステムにも縋ると。

だが期待に反して、システムに支配されたアキレウスは敵艦から大きく離れて、イェゴール達が交戦している艦隊へと勝手に向かう。

「違う!そこじゃねぇ!お前の...、俺の敵は目の前のあいつなんだよ!」

雫は必死にアキレウスに呼びかけるが、当然応答はない。このままでは全員やられる。雫はコンソールを殴りつけて、

「俺が倒すのはあのクソデカい馬鹿戦艦だ!皆を守れるのは俺達だけなんだよ!俺達であいつを叩き潰すんだ!」

雫は思考を巡り続かせる。ただ一心に、あの敵を打ち滅ぼす事だけを考え続けた。何パターンも何パターンも、あらゆる方法で撃沈させる方法を。

「いいか!俺の何もかもをくれてやる!何もかもだ!だから応えてくれ、アキレウス!」

涙声になりつつも叫んでいると、アキレウスがぴたりと静止する。それに気付いた雫が操縦桿を動かすと、向上した性能はそのままで支配権が雫に戻っていた。

「いい子だ...!」

絞り出すような声で呟き、機体を反転させる。敵を捉えたカメラをズームさせると、間もなくその嘴からレーザーを吐き出そうとしていた。

「させるものかよ、そう簡単に!」

先程より桁違いに速いアキレウスに、敵艦が迎撃のレーザーを撃つ。だが、アキレウスには掠りもしない。そのまま嘴にトネリコを突き刺そうとするが、極めて高出力なフィルムを展開しているのか、全く刃が通らない。

「クッソ!」

「雫!それに構わずにノズルを破壊して!」

「アセット!?なんで!」

「ノズルを破壊されれば、この艦の体勢は大きく崩れる!発射直前にそれが起きれば、射線をずらすことだって!」

アセットの言葉は、確かに正しかった。だが、雫は自分にそれが出来るのかと言う不安に駆られた。

発射のタイミングを見切り、それに合わせて破壊するなど...。

「...理屈じゃねぇ神業だぞ。俺に出来るってのか?」

「出来る!僕はそう信じてるから!」

「...へっ、根拠の無い信頼ありがとうよ!やってみる!」

敵艦のノズルに向けて加速する。既に直掩のオルトロス部隊は壊滅状態にあり、大した抵抗は受けなかった。

センサーカメラの大半を嘴のレーザー砲に回しているため、正面の映像はサブカメラの小さな画面でしか見ることは出来なかったが、何故か雫にはそれで充分だと感じていた。

(感覚が拡がる...、気持ちわりぃ!...だが、今はこれで...!)

自分の身体が、自分の能力の限界から逸脱していく様な気持ち悪さを感じながらも、雫はじっとレーザー砲に目を凝らし続けた。そして、発射のタイミングを直感的に把握し、

「ここだろォ!」

再びトネリコの出力を最大にして、ノズル部分に突き刺す。外壁を貫いたトネリコの刃は、そのままエンジン部分を破壊し、それによって起こった誘爆で、艦が震えた。僅かに、ほんの僅かの傾斜だが、完全に軸を固定していたレーザー砲の射線はクサントスやヴァルキリアを完全に逸れ、闇に吸い込まれていった。

「敵艦ノズルにて爆発を確認!連動発生した衝撃による傾斜で、レーザーは艦隊斜上方に逸れました!」

「フー...。卜持がやってくれたな...。カルラ大尉、聞いての通りだ。そちらの状況を報告しろ」

アンネの報告にカーチスが握り締めていた拳を緩め、同じく安堵に胸を撫で下ろしていたミナに尋ねる。

「第一射、チャージ完了しました。照準良し、二十秒後にフォトンメガランチャーを掃射します」

「聞いたな卜持、二十秒後にランチャーを撃ち込む。そこから退避しろ」

「了解!...殴って悪かったな、ありがとうよ、相棒」

コンソールを撫でながら、ランチャーの射線上から退避する。アセットも同様に撤退を開始した。

「射線クリアー、掃射、開始!」

ミナは一度、ほぅっと強く息を吐くと、発射ボタンを押し込んだ。瞬間、射撃の振動により機体が激しく揺れる。ランチャーから伸びた光粒子の線が、そのまま敵艦に向けて真っ直ぐに飛んでいく。

「直撃だ!フィルムが剥がれていく!」

被弾の衝撃で発生装置に一時的に不具合が生じ、敵艦が丸裸になる。こうなってしまえばいくら重装甲であろうと、攻撃を無効化することは出来ない。

「クサントスのバスターカノンを使用する。右十一度回頭、敵超大型艦に艦首射線軸を固定」

カーチスの命令をエレナが復唱し、クサントスの巨体が僅かに揺らぐ。

「弾頭装填、砲身保護用電磁フィールド展開完了!いつでも砲撃可能だ!」

「各員、衝撃に備えよ!」

「よし、砲撃...、いや待て!砲撃停止!」

砲撃寸前で、カーチスが慌てたように立ち上がり制止する。だが、既に発射シーケンスに入っていた。最悪な事に、カーチスの命令が中途半端に伝わったせいで、砲身保護用の電磁フィールドが解除された状態でバスターカノンの砲口から閃光が迸り、大型の弾頭が放たれた。

「不味い...!全機、今すぐそこを離れろ!」

カーチスの怒号に近い叫び声が無線に伝わるよりも先に雫はその原因に気付いて、アセットと共に退避していた。だが、混戦の真っ只中だったイェゴール達は一寸反応が遅れた。

「あっ...、ヤベーかも...」

「サヴィナ!チィッ!」

直後に敵艦に弾頭が炸裂し、一瞬の間を置いた後、凄まじい爆発が起こった。だが、それは戦艦の爆発のそれとは比べ物にならない程に巨大だった。退避が遅れたAMや艦艇は放射されたエネルギーによって蒸発するか、衝撃波でバラバラになっていた。

「なんだ、こりゃ!?」

初めて見る光に、雫は困惑する。だが、他のパイロットやクルーは何かを理解したのだろう、カーチスですら息を呑んでいるのが分かった。

「...艦長、あれは...!」

「分かっている。あれは...、水爆だ。それも何十発もの」

「す、水爆...ッ!?」

その名前に、雫は困惑した。雫も水爆という兵器があり、それがとてつもない破壊力を持っている事は知っていた。

事実、目の前の状況がその威力を物語っている。敵艦の爆発に巻き込まれた地球軍、連合軍の部隊は双方共に甚大な被害を受けており、無線は敵味方問わずに膨大な量が流れ込んでくる。

「...待てよ、おい、イェゴール!」

混乱極まっている無線の中を、サヴィナの悲痛な声が貫いた。

「...イェゴール大尉だと!?」

サヴィナの眼前には、損傷により分解寸前のアルテミスが浮かんでいた。機体の各所からスパークが飛び散り、バイザータイプのメインカメラは完全に消えている。

死の静寂...。

「...心配するな、俺は無事だ。何とかな...」

だが、辛うじてイェゴールは生きていた。頭からは大量に血が流れているが、幸い致命傷は受けていない。サヴィナは安堵の息を吐いた。

「だが、これは...。」

周りを見れば残骸だらけ。敵艦隊の半数以上は爆発に巻き込まれて爆沈、あるいは戦闘不能となっており、恐慌状態となった兵士がオープン回線を間違えて開いたのか、連合軍の無線まで流れている。カーチスは友軍からの被害報告をアンネに一任し、自身は連合軍の無線にのみ集中した。

「AMの半分以上が消滅した!何なんだよあれは!」

「ステュムパーロスは水爆弾頭を搭載していたんだよ!火星軍め、俺達に伝えてなかったんだ!」

「地球人共の艦隊は無傷かよ!クソが、俺達木星人の命はどうでもいいってのか!」

無線の多くは被害報告だったが、一部カーチスの耳に留まったものがあった。

「ステュムパーロス...、火星軍と木星人...。成程な」

ここに至って、カーチスは連合軍内部に各軍間の確執が深い事を察した。そして同時に、一つの妙案を考え付いた。

「アンネ、連合の旗艦との通信と、オープン回線を開いてくれ」

「え...?り、了解しました」

アンネがコンソールを操作すると、メインモニターに連合軍旗艦の艦橋らしき空間と、困惑する指揮官らしき男が映った。カーチスは軍帽を脱ぎ、

「私は、地球統合軍第十二艦隊、旗艦クサントス艦長、カーチス・マグリブ大佐です」

「...惑星連合軍、木星派遣軍第一地球攻撃艦隊旗艦グローリー艦長、ガルム・ウィルハイム中佐です」

当惑しながらも、ガルムと名乗った男も軍帽を脱いで答える。通信をオープン回線にする事で、この通信は連合軍の全艦艇、全AMに届いていた。その為か、両軍共に戦闘行動が一時的に停止し、この不思議な通信に聞き入っていた。

「現在、貴艦隊は壊滅状態にあります。残存している艦艇も大なり小なり損傷し、アイニスに辿り着く前に我々の追撃の前に全滅するでしょう」

「...だから、我々に降伏しろと言うのですか?」

「いえ。我々は貴艦隊に協力を要請します」

「協力...?」

状況が掴めない、と言った様子のガルムに考える隙を与えまいと、カーチスは畳み掛ける。

「具体的には、先の爆発を起こした艦艇と、連合軍内での...、つまり火星軍と貴官ら木星派遣軍の関係についての情報を提供していただきたい。提供していただければ、我々は軍司令部と交渉し、貴艦隊をアイニスまで護衛しましょう」

カーチスの言葉に連合軍は大きく動揺したのを見て、傍らのエレナは諸刃の剣だと思った。

(彼らを帰したとしても、大した脅威では無い。連合の新型は我が軍の新型に劣るし、それよりもあの大型艦と敵軍の情報の方が価値がある...。問題は、反乱もどきを起こした艦長の作戦を、司令部が認めることは絶対に無い事だが...)

「時間が無いため、即時返答を願います。再び一戦交えて玉砕するか、情報を提供して故郷へと帰るか。連合軍の兵士諸君もよく考えていただきたい」

カーチスの狙いは完全に的中していた。木星派遣軍とやらと火星本軍の間に確執があるならば、彼らの士気は低いだろう。元々木星と火星は惑星連合結成前に戦争をしていた過去がある。その戦争は痛み分けという形ではあったが、損害の多さから木星の敗北は明らかであった。

それ故に、占領地からの徴兵というような形で戦場に送られた彼らにとっては連合軍への忠誠より、生還に対する欲望の方が強いだろう。

「...兵士達の意見を踏まえて返答させていただきます。我々は貴官からの要請を受諾し、情報提供に協力しましょう」

「感謝致します、ガルム艦長」

口と表情では友好的に接するが、心の中ではガッツリと拳を握り締める。

上手く行けばあの大型艦の事をある程度把握出来るだけでなく、火星軍と木星派遣軍の分離工作にも使えると確信したからだ。

そんなカーチスの思惑をよそに、サヴィナ機に抱えられたイェゴール機を始め、友軍AM部隊が次々と帰還する。

「医療班を呼んでくれ!イェゴールが負傷した!」

コクピットから引きずり出したイェゴールを支えながら、サヴィナが叫ぶ。大量出血によりイェゴールは意識を失っており、救急真空パックと呼ばれる袋に入れられて医療室に運ばれていく。

「ったく、反応が遅れたオレを庇ってなんて...。クソッ!何やってんだオレは!」

イェゴールを見送りながら、サヴィナがペルセウスの装甲を殴り付け、痛そうに手を振る。

突如結ばれた停戦協定により、クサントスはその搭載機の全てが帰投している。推進剤を尽かしたアキレウスが、アセットのペルセウスに支えられながら戻ってくるのを見た緑郎がコクピットを外部から操作して開くと、雫がぐったりともたれていた。

「身体いってぇ...。バラバラになっちまいそうだ」

「あれのOS、解析してみたが妙なもんがインストールされてる。ヴァルキリアも同じだ。パーティクル・アクセラレーター...。搭乗者の脳波やストレスを測定して、その具合に応じて機体のメインエネルギーである圧縮重粒子の循環を加速させ、各所の駆動速度を急速に上昇させる」

緑郎がタブレット片手に、コクピットにぐったりもたれかかっている雫とその傍らで心配そうに立っているミナに言う。

「あの赤いのとか青いのとかは?」

「機体の許容限界を超えた粒子が漏れ出ているんだ、あんまり良くない。長時間重粒子に接触していると、装甲が削れちまう」

緑郎の言葉の通り、粒子が噴出していた部位の周辺は装甲もフレームも抉れている。整備員の一部は頭を抱えていた。

「予備パーツも殆ど無ぇってのに!あーもう!」

「各機種共通の装甲板ならあるが...。使う?」

「規格が合えばの話だがな...」

整備員達の呻き声に申し訳なさを感じつつ、

「じゃ、何で勝手に機体が動くんです?」

と雫が尋ねると、緑郎は頭を搔いて、

「それがなぁ...。はっきりと確証を以ては言えんのだが...。このシステムには機体を自律稼働させる装置が組み込まれている。敵性IFF反応が多い場所に向かうようにな」

「つまり?」

「お前がビビったり怒ったりしたら、アキレウスはより多くの敵を殺す為に勝手に動くってことだ」

「でも、こいつは途中から俺の言うことを聞いてくれましたよ」

雫が不思議そうに言うと、緑郎はニヤリと笑って、

「それは、お前の意思の力だ。敵をぶっ潰して、カルラ大尉を守りたいって思いから発せられた脳波が、装置の限界を超えたのさ」

と言って雫の鼻先をつついた。雫は一瞬怪訝な顔をしたが、緑郎の言葉の意味を理解した途端に顔をボッと紅潮させた。

「な、何言ってるんすか!大尉の前でぇ...!」

ミナに聞こえないように、極小の叫び声で抗議するが、緑郎はヘラヘラ笑いながら別の機体の整備に向かっていった。

「全く、イェゴール大尉も負傷して、局面も難しくなってるのに!こう緊張感に欠ける人がいると、すっげぇ困る!」

「まぁそう言うな。お前の強ばってるのを和らげてくれようとしたんだと思うぞ?」

年相応に怒る雫を、苦笑しながらミナが宥める。

一方、クサントスの第三格納庫、小型艇発着場には、連合軍の紋章が描かれた内火艇が収容されていた。連合軍の旗艦グローリー所属のものである。その乗員達は現在、クサントスの大会議室に通されていた。

ローク亡き後、その指揮を任されていたラザ・ジーベル軍曹を含めた陸戦部隊八名の警護の元で、カーチスとガルムは対面していた。

互いに手袋を外して握手を交わした後、交渉は始まった。

「ご出身は?」

「木星ガニメデの第四テラフォーミング・シティです。我が艦の乗員の九割は同郷ですよ」

「...ガニメデですか」

「えぇ。酷い話でしょう?」

カーチスの目が俯いたのを見て、ガルムの目尻が少しだけ下がった。

全員が会談の席に着くと、ガルムは懐から小型の記録装置を取り出して、カーチスに差し出した。

「貴官が要求された大型艦、もとい惑星攻撃用超大型AM、ステュムパーロスのデータのコピーです。原本もインストールしております故、扱いは厳重に」

「惑星攻撃用AM...。あなた方の作戦は、地球への直接攻撃ですか」

「その通りです。我々が聞かされた作戦計画においては、通常艦隊で防衛艦隊を引き付け、その間にステュムパーロスは地球降下。地球軍総司令部を大型レーザー砲で壊滅するというものでした。ですが、あの爆発を見る限り本当の目的は秘密裏に搭載した水爆弾頭による攻撃だったのでしょう」

ガルムが語ったあまりにも無茶な、荒唐無稽とも言える作戦計画に、カーチスは違和感を感じていた。それはガルムも同様らしい。

「...失礼ではありますが、あなた方の戦力で地球圏の防衛ラインを突破出来るとは考えられません。確かにステュムパーロスは脅威でありますが、はっきり言って底は見えている」

「悔しいが、私も同じ意見です。我々木星派遣軍は独自の指揮系統を保有してはいますが、事実上火星本軍の隷下にあり、作戦概要の全てが通達される事はほとんどありません」

「とすれば、第二波、第三波が来ますか」

「おそらくは」

ガルムが言い終わる前に、艦内に警戒アラートが鳴り響く。恐れていた事が起きたことを悟り、他の連合軍幹部達を内火艇に避難させるようにラザに命令し、自身はガルムを連れて艦橋に上がると、そこで見た光景にしばし唖然となった。宙域マップには、敵を示すブリップが無数に映っている。

「...敵艦の数は八十隻以上、艦隊を組んで前進中です。また、艦隊後方に先程の大型艦が三隻展開しています」

エレナが静かな声で言う。他のブリッジクルー達の間にも、驚きと絶望の混じった空気が蔓延していた。

「あのエンブレム、火星本軍のものです」

「本命がお出ましというわけか...」

さしものカーチスも眉をしかめた。

だが、彼らの背後には地球がある。連合軍の目的が司令部への水爆攻撃ならば、司令部の軍人だけでなく民間にまで被害が及ぶ。後退することは出来なかった。

だが、AM部隊指揮官のイェゴールは負傷で戦線を離れ、突破力に秀でた雫とアキレウスは再出撃に数十分かかるという状況だ。それに、クサントスのバスターカノンは砲身保護電磁フィールドが解除された状態で発射されたため、砲身の一部が溶解し、使用は不可能になっていた。 つまり、ステュムパーロスに致命打を与える事は極めて困難になったということだ。

それでも、今ある戦力で殲滅戦をする覚悟を、ここにいる全員が決めていた。

それは、地球の人間だけではなかった。

「カーチス大佐。我々も協働させて頂きたい」

ガルムの突然の申し出に、カーチスは少し戸惑った。

「よろしいので?」

「我々には最早帰る場所などありません。兵士達も」

「カルラ大尉とヴァルキリアを軸に部隊を再編する。残存AMは直ちに艦隊直上に集結、ありったけの対艦装備を持たせろ!」

カーチスの指令を聞き、緑郎達整備班が怒号を上げながら作業を開始する。

「対艦装備の機体には、ありったけの装甲板を貼り付けろ!予備機でも損傷機でも使って共食いしても構わん!」

「あと五分で終わらせます!」

「三分でやれ!敵は目の前だぞ!」

「フォトンメガランチャーはシラヌイの三番機が装備する!そっちを優先して整備しろ!」

大役を任せられたアリサが緊張して強ばるのを、ジョシュアが背中を叩いて和ませようとする。いつもなら報復の関節技が飛んでくる所だが...、ジョシュアもそれを期待していたが、アリサはただ静止しているだけだった。彼女のそんな姿を見たジョシュアは柔らかく肩に手を置くと、

「心配すんな。何が来ようと俺がぜってぇ守る。だから、気負いすぎんなよ」

と言い残し、自機のコクピットへ入っていく。アリサは一瞬ぽかんと目を開けたが、その言葉に少しだけ身体が軽くなるのを感じ、気取られないようにほほ笑みを浮かべた。


は艦隊の左右に展開し、正面の連合軍艦隊に対し砲撃火力を投射せよ。搭載AM部隊は指揮系統を継続し、艦隊の援護を」

「指揮はカルラ大尉の下につかせた方がよろしいのでは?指揮権が別々にあっては、戦闘に支障が出ると思います」

「いや。昨日の敵は今日の友、などという言葉があるが、いきなり仲良く殺し合いなど出来るものか。それよりもなるべく同じ環境を維持した方が、皆存分に戦える」

エレナの提案にそう返し、カーチスは正面の敵艦を睨む。

「バスターカノンの修復状況は?」

「ワークス・ドールを全機投入して作業に当たっていますが、完全に使用可能になるのは最短で三時間はかかるとの事です」

無人四腕型作業ポッドであるワークス・ドールはクサントスに十機搭載されているが、その全てを使用しても三時間を要するのでは、この戦闘ではとてもではないが使用出来ない。

「望みはひとつか...。作業はそのまま続けさせろ。AM第四小隊はその護衛に回れ」

「敵艦隊よりAM部隊が発進した模様。こちらを包囲するように展開中。数は六十から七十!」

「カルラ隊、エンゲージ!」

アンネの報告の直後、目の前の虚空に無数の爆発が繰り返された。レーザーやビーム、ミサイルが飛び交い、爆発の光が一つ咲く毎に、命が散っていく。

「三小隊、右から周り込め。五小隊と共に敵を挟撃しろ。サヴィナ中尉!ぼけている場合じゃないぞ!」

「わぁーってる...!わぁーってるよ...!」

サヴィナは現在、ペーダソス級"ヘルシンキ"所属のペルセウス隊を率いているが、動きに精彩を欠いている。イェゴールの離脱を気にしているのだ。それは敵も察知しているらしい、サヴィナの隊を集中的に狙っていた。

「イェゴールが居なくなるだけでこれかよ、どんだけ守ってもらってたんだ、オレは!」

敵に狙われている時、常にイェゴールの援護射撃が飛んできていた。サヴィナは今になって、ようやく彼の存在の重要性に気が付いた。日常だけでなく、戦場においても。

「オレが居ない間に死んだら、オレは二度とあいつに会えねぇのか...。クソ、ちくしょう!」

「サヴィナ中尉!」

その様子は、ステュムパーロス隊からも明朗に見えていた。

「機長、敵AM部隊の動きがシュミレーションより悪いぞ。今なら強行突破が出来る」

操縦桿に張り付いた男の声に、機長と呼ばれた男がニヤリと笑みを浮かべる。

「まだだ。敵艦隊をもう少し削らねば、あのおっかないカノン砲を撃たれるかもしれん。それに、地球人と手を組んだ木星人などという連中には、裏切り者の末路というものを教えてやらねばならん」

機長、ゲムヒルト・マイハーン特務少佐はその特徴的な仮面の位置を微調整しながら言う。仮面と言っても目元や口元はくっきりと空いており、ざっくり言えば化粧パックのような物ではあるが、その角張った造形から、見る物にえも言われぬ威圧感を与えていた。仮面の理由は過去の戦争で負った怪我を隠すためとも、相手に自身の素性を悟られないため...、即ち交渉術の一環だとも言われているが、真実は定かではなかった。

ゲムヒルトは平手を前に突き出し、

「各艦各機、微速前進。愚か者共の艦隊を食い破ってやれ」

と命令する。それを受けたステュムパーロス隊も前進を開始し、直掩のAM部隊も前線に向かって飛んでいく。

「ビッグカノン砲口照準、敵一番艦から五番艦」

「チャージ完了まで三十秒。AM部隊はそれまで持たせろ」

第三哨戒艦隊を葬り、つい先程、危うく第十二艦隊を薙ぎ払いかけた大型レーザー砲、通称ビッグカノンの砲口に青い電流が走り始める。

「敵大型砲、本艦に指向中!」

「くっ...!誰か、抑えに行けんか!」

「無理です!敵の数が多く、突破は困難!」

「カーチス大佐!こちらの戦力も削られてる、すまないが抑えられない!」

「木星艦隊、半数が撃墜又は大破した模様、艦隊戦力、三割低下!」

絵に書いたような絶体絶命に、カーチスは歯噛みする。常に沈着な彼であれ、この状況ではそうもなれないようだった。

だが、目の前で彼らを嘲笑うように青く瞬くステュムパーロスの横腹に爆発が起こった時、カーチスはようやく自身の望みが到来した事を悟った。

宙域マップの月の方向に、無数の青いブリップが出現したのだ。

「地球統合軍第一航宙艦隊、旗艦ロドネイより第十二艦隊旗艦クサントスへ。これより貴艦隊の援護を開始する」

「援護に感謝します。...待ちくたびれましたよ、アルバード提督」

「すまんな、カーチス大佐。量産型クサントス級の最高速はロンドン級のそれより遅い。それと足を合わせていれば、こうまで遅くなってしまった」

苦笑混じりのアルバード・デイビス中将の声に、カーチスはようやく冷静さを取り戻した。

「第一艦隊、総数四十五隻が戦列に加わった模様!内、バスターカノン搭載艦は八隻!艦長、行けますよ!」

「あぁ。これより本艦隊は、第一艦隊と協働し、敵を挟撃する。全艦、一斉砲撃用意!」

第一艦隊の参戦とカーチスの言葉を皮切りに、地球・木星軍連合艦隊は遂に反撃を開始した。

ロドネイを始めとする第一艦隊の砲艦が、艦隊に搭載されているエインヘリャルやアルテミスのビームランチャーが、そしてクサントスとその量産型、通称バリオス級の荷電粒子砲が次々と放たれ、敵艦隊に無数の爆花を咲かせる。

「ゲムヒルト機長!敵の大艦隊の増援です!」

「友軍戦力、三割消失!」

「狼狽えるな。狙いはあくまで地球軍総司令部だ。残存艦隊はこれより、犠牲を厭わずに全速で前進、地球降下を開始せよ。到達した者はあらゆる手を使って破壊活動を行え。その後の判断は委ねる。我らが熱血が、崇高なる火星マーズの礎とならんことを」

無表情で言い切り、無線機を置く。先程、量産型クサントス級、バリオス級二番艦"ヴォルガ"から受けた直撃弾により、ゲムヒルトのステュムパーロスはフィルムの展開が出来なくなっていた。それ故に、帰らざる覚悟を決めて前進を命じたのだ。

「敵艦隊及び超大型AM、突撃を開始しました!」

「こちらシラヌイ三番機。ランチャーのチャージ完了しました。これより敵二番機に向けて掃射します」

「おう!早いとこ頼むぜ、俺がこいつら抑えられるのも、そろそろ限界なんでな」

アリサの直掩についているジョシュアは、AM第五小隊と共に敵のAM七個小隊を相手取っていた。凡そ六倍程度の数相手にジョシュアは奮戦し十数機を撃墜していたが、弾薬も推進剤も最早尽きようとしていたのだ。ジョシュア自身もコクピットの間近を貫いた弾丸により負傷しているが、アリサに悟られぬようにわざと声を張り上げて誤魔化していた。

「でも、私が撃てるのは一機だけ...。もう一機は...」

「なら、俺の出番だな」

無線に、絶対に流れないであろう男の声が流れた。それを聞いたサヴィナは、俯いていた顔を上げ、その男の名を呟いた。

「イェゴール...!?」

「情けないぞ、サヴィナ。俺が惚れたお前は、そんな簡単に折れるような女だったか?」

「なっ...!って、そんな事言ってる場合か!お前の機体も身体もボロボロなんだぞ!もしそいつを撃てば、機体が持たねぇ!」

戦場に現れたイェゴールの声音は未だ弱々しく、彼のアルテミスは最低限の修理を受けただけの継ぎ接ぎだ。もし大出力のランチャーを掃射すれば、機体はその負荷に耐えられない事は明白だった。

「俺がやるしかないから、俺がやるんだよ。雫が行きたいと駄々を捏ねてたが、射撃の腕は俺の方が遥かにいいからな」

「馬鹿野郎が!死んじまったら何にもなんねぇだろ!」

「俺がケツ巻いて生き延びて、それで地球の人間が焼かれるなら...。お前にはすまないと思うが、ガキの頃から戦争やって人を殺してたクソ野郎にしては、最高のアガリだろう?お前と、この地球の人々を守れるなら、こんな命惜しくはないさ」

「イェゴール...」

「俺は惜しいんですよ!だから死なせやしない!」

次に無線に割り込んだのは、雫だった。クサントスから緊急発進をした彼のアキレウスもまた、最低限動くように修理を受けただけだ。

雫はアキレウスのエネルギー・ケーブルを展開すると、外からアルテミスのケーブルを引き出して接続する。

「雫!?何をしてくれるんだ?」

「アキレウスのエネルギー、全部そっちに送ります。二機でも耐えられるかは分からんらしいですけど...」

「だが、それではお前まで...」

「サヴィナ中尉に言うべき事があるんでしょ。じゃあ死なせる訳には行かんですよ」

「...子供が言うことか!さっさと離れろ、死んでしまうぞ!」

「あいにく、そういうのが出来ない性質たちなんで!供給終了、撃っちゃって下さい、イェゴール大尉!」

制止しようとするイェゴールに対し、強引に話を打ち切って射撃を促す。実際、ステュムパーロスは最大速度で艦隊へ突撃を開始しており、五分足らずで敵は艦隊を突破し、地球への降下を開始するだろうという所まで至っていた。

「もう知らんぞ!」

「もし死んだら、あの世で飯でも奢ってください!」

「縁起でもない!撃つ!」

アリサのシラヌイとイェゴールのアルテミスから、激烈な青い光が放たれる。真っ直ぐに伸びたそれはステュムパーロスのフィルムを突き破り、その発生装置を完全に破壊した。

「今だ。バイオス級各艦、砲撃開始!」

カーチスの号令に合わせて、八隻のバイオス級のバスターカノンからほぼ同時に弾頭が放たれる。それらは鎧を失ったステュムパーロスを貫き、虚空に三つの爆発を浮かべた。

「敵機、完全に撃破!敵艦隊は後退していく模様!」

「何とかなったか...」

「イェゴール!雫!生きてんのか!?」

「何とかな...。機体も身体ももう限界、だが...」

消え入りそうな声の後、イェゴールからの通信は途絶えた。怪我のなかった雫が引き継いで、

「雫です。機体はもうダメでしょうが、大尉は何とか無事です。サヴィナ中尉、迎えに来てくださいよ」

「雫!生きていたか...、良かった...!」

「ミナ大尉。出来れば俺を連れてってください。もうアキレウスも動きません」

各々が思い思いの言葉を口にして、勝利の余韻を分かち合う。

だが、ゲムヒルトという男の執念は、その予想を遥かに上回るものだった。

「艦長、艦隊を通過したステュムパーロスの残骸が不自然な軌道に進入しました。これは...、地球への落下コースです!」

カーチスが慌てて傍らの緊急用コンソールを操作すると、ステュムパーロスの信号が在った所から、一機のAMの信号が発現した。

「艦長!AMが...、水爆弾頭と思われる物体を装備した連合軍のAMが残骸に取り付いています!」

「馬鹿な...!動ける機体は直ちに追撃を!」

「む、無理です!敵は既に落下に向けて最終加速を開始、現状の位置では追いつきません!」

「クソ!」

握り拳を悔しさのまま叩き付ける。侮っていたのだ、敵を...。それは軍人、特に指揮官という人間においては最悪の行動であり、正にそのツケが払われようとしていた。

「落着地点は!?」

「司令部からは大きく外れ...、旧エジプト・カイロ郊外かと...」

「アフリカ方面軍に直ちに迎撃指令を送れ!最低限の情報だけでいい!」

「現在アフリカ方面軍は、例のゼウス搭載部隊と交戦中!迎撃出来るかどうか...!」

クサントスの混乱は、雫達にも伝わっていた。

「嘘だろ...」

「クッ...、私が追うっ!」

「無理ですよ!万全の状態ならともかく、損傷したヴァルキリアじゃ追える訳ないでしょ!」

勝利の安堵はどこへやら、彼らの感情は暗い闇の底に沈んでいた。

一方で、ステュムパーロスの残骸に身を隠すオルトロスのコクピットで、ゲムヒルトは高らかに笑っていた。

「地球軍の総司令部には行けんか...!だが、だが!敵の方面軍の司令部を叩ければ!私の死に最後の意味を飾る事が出来る!」

戦場で生きてきた彼にとって、何も出来ないままに死ぬというのは何よりも恐れるものだった。最早彼にとって民間人への被害など頭にない。あるのは一人でも多く己の死路へ引きずり込む事だけだった。

カーマン・ラインを突破した途端、無数の対空ミサイルがゲムヒルトを襲う。何とか集まった対空車両やランチャーが迎撃を開始したのだ。だが、残骸とはいえ元々が重装甲であるステュムパーロスには通じない。

「雑多な雑魚共が!止められるものか、止まるものか!貴様らもどうせ地獄へ行くのだ、仲良くしようじゃないか!」

死と引き換えの勝ちを確信したゲムヒルトが狂気的な笑みを浮かべながら叫ぶ。だが、

オルトロスの死にかけのモニターに、友軍機を示すブリップが二つ現れた。だが、どちらも連合軍の型式番号ではなく、地球軍のものだった。

「友軍機へ告ぐ。貴機が落着する地点には我が木星派遣艦隊が作戦行動中である。速やかに減速し、こちらの指示に従ってくれ。尚、従わない場合は撃墜する許可を得ている」

高度八十kmの空を裂いて現れたのは、ダイマのヘラクレスとZ-12のゼウスだった。その姿を見たゲムヒルトは激昂し、

「黙れ木星人共!貴様らみんな裏切り者の犬畜生だ!むしろ純血の私と共に地獄を歩めるのだから、光栄に思うがいい!」

ゲムヒルトの哀れにも思える虚勢に、ダイマは眉をしかめながらゼウスに向けて通信アンカーを射出する。

「話にならんな。やってくれ」

「ケラウノス・ユニット、一番から六番まで射出。独立ボルト・ジェネレーター起動、目標の完全破壊まで最大出力を維持」

指示を受けたZ-12がパネルを操作すると、ゼウスのバックパックから六機のユニットが切り離され、自立飛行を始めた。先端の槍を連想させる突起部分から凄まじい出力の高圧電流が流れる。それらはステュムパーロスの各所に位置すると、同時に電撃をその残骸に喰らわせた。瞬間的に高出力の電撃を受けたステュムパーロスの装甲は導体としての許容量を瞬時に越え、過負荷となった箇所は爆発して崩れ落ちていく。

咄嗟のタイミングで残骸から離れていたゲムヒルトは、その光景を見て唖然とした。その一瞬の隙が彼の命を奪った。

ヘラクレスのカッター・クラブが一閃し、オルトロスのコクピットを貫く。モニターを突き破った刃が自身の眼前に迫ってくる恐ろしい光景が、ゲムヒルト・マイハーンの最期の光景だった。

ダイマは騎手を失って力無く墜ちていくオルトロスを抱きかかえ、水爆弾頭を回収すると、Z-12が通信でこんな事を言った。

「それ、真下の敵にぶつけちゃえばどうですか?今からなら退避も間に合いますよ」

確かに彼らが受けた命令が、アフリカ方面軍司令部の攻撃であるなら、それが最も効率的な方法だろう。だが、彼の脳内にはチベットで見た美しい景色が逡巡していた。

「地球は美しい...。水爆などで汚す訳にはいかないさ。それに、どっちにしろこの戦いは我々の勝ちだ」

ダイマやZ-12以外にも、アレースやアルゴスといった高性能機で揃えられた彼らに対して、未だ少数しか新型が配備されておらず、エインヘリャルを主力として運用しているアフリカ方面軍は後手後手に回っていた。司令部は撤退を開始し、前線の地球軍将兵達は捕虜となるか、スエズ運河を渡って中東への脱出を試みていた。

アフリカの陥落の知らせは、水爆着弾阻止の報告と共に、クサントスやロドネイにもたらされた。

「アフリカが堕ちたか...。だが、水爆が炸裂していればカイロは全滅、向こう百年は人の住めない土地になっていたろう。喜ぶべきか、悔しがるべきか...」

「水爆搭載機を撃墜したのは、例のゼウス搭載部隊の機体だそうです」

「彼らも巻き込みで死ぬのは御免なのだろうな。アフリカは失ったが、攻撃の主力を失った以上、連中はしばらく地球圏へは来られまい。地球軌道を抑えてしまえば、後は地球の連合軍が干上がるのを待つだけだ」

戦略的な観点から見ると、この勝利は非常に大きなものであった。実際、この戦いを契機に戦争は次の段階へと進んでいくことになる。

防衛戦から、進撃戦へ。磐石な兵站を引きながら地球軍は全世界で反撃を開始したのだ。一方、補給を失った連合軍は日に日に戦力を失っていき、後にアイニス戦役と呼ばれるこの戦争は、地球軍の優勢へと転勢していったのだった。

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武装戦機神アキレウス @banzai123

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