イートイン脱税と悩ましい男~第三夜~・1-2

(範囲不明の現空間は、行動に代価を必要とする義務ルールが課せられている。『エックス』能力のシステムである【市場マーケット】に、何らかを支払う形で戦闘が進行している


「……【×××××】」


 と――、遠くで彼が何事かを、声にした。内容まではここまで届かない。


 すると。

 彼の手に、いつの間にか、【輝くたまのようなアイテム】が握られていた。


 彼はそれを、自身の胸に押し当てた。


【輝く珠】は、ひと際輝き――彼の胸の内に、消えていった。


 …………。


「……【右足の駆動を売却しての、エネルギー補充】」



「【右足の駆動を売却しての、エネルギー補充】――入手【エネルギー77】」



 ――はたして、要求は通った。


 いつの間にか、俺の手に、輝く珠が握られていた。


 それを胸に押し当ててみる――腕は正常に動作したし、そもそも、【指の駆動】を要求していないにも関わらず、俺の左手は珠をしっかりと掴んでいた。


 体にかる疲労度が大幅に軽くなった。眩暈や息切れの症状が、途端に消え失せた。


 なるほど、分かりやすくなってきた。


「【テンドウ タツヒコの現在エネルギー保有量確認】」


 …………――音声レスポンドは得られない。


「【市場マーケットが現在公開している商品カタログを見る】」


 と、これもまったくの物は試しだったのだが――こちらも無反応ノーレスポンド


市場マーケット】。

 市場ということは、売り出したものを買い戻したり、または――相手が代価として支払ったものを購入したりも、できるということ。――と、考えたが、そういうことではなかったか。ゲーム性に乏しいな……。


 ……どうして、機能の喪失とエネルギーの要求という、請求額の差が生まれたのかは大体予想がつく。

 重要なのは……請求されたのが、どうして【嗅覚】だったのか。


 …………。彼は――。

 どうして、あのとき、


 今も、ルール理解のアドバンテージを有しながら、無暗に攻めてこない。


 彼は何を要求された?


「――【味覚を売却しての、エネルギー補充】」



「【味覚を売却しての、エネルギー補充】――入手【エネルギー28】」



「【味覚の機能】」


 口内こうないに広がった奇妙な感覚を確かめながら、手に持っていた珠を胸に押し当てると同時に、すぐさま、コールする。



「【味覚の機能】――代価、【エネルギー40】」



 左手に、光の珠が握られている。


「【味覚機能】の要求をキャンセル」



「【味覚機能】の要求をキャンセル」



 ――いつの間にか、握られていた珠が、消失していた。


 そういうことか。


 理解してみれば、確かに、整合性に恵まれ、また、理論整然とは、している。


 整然とした義務。

 それを望んだ心の『エックス』能力。


「――あなたは、ビギナーplayer、ですよね?」


 未だ距離を詰めないままに……というより、棒立ちになって。

 彼は、俺のことを、ただ見つめていた。


「playerランクは1だった。その実力から見て……まだ、リアルフィクション・Xを経験して三度もないでしょう? 信じ難い…………。、未だ分かっていない身分なのではないですか……?」

「リアルフィクション・Xが――なんなのか……?」

「――どういった、どなたなのかは存じませんが、……そんなあなたであるからこそ、足を止めてでも、問いたい。――あなたは、イートイン脱税について、どう考えますか?」


 勝負自体よりも。

 そちらの問い掛けのほうが、よほど、彼にとって、重要に捉えているように見えた。


 せつに問うていた。


 少しの間を置いて、答える。


「その問い掛けに答えるには、『プレイヤーの初期エネルギー保有値がいくつであるのか』を、知る必要があります」

「……100です」

「100。――……んん。では……そうですね。――この『X』能力のルールにおける……、また、さいたる欠陥。例えば……そういった事情が、きっと答えなのでしょう……」


 彼は首を傾げたが、お喋りの時間は、ここまで。


 まあつまり、彼もあのチェーンソー女と同じく、俺がビギナーplayerだということを知っていたから、俺を舐めていたのだろう。


 最初の取引は、やはりマズかったのだ。

【両脚と腕の駆動】の代価はおそらく、とんでもなく重い。


【片足の駆動】……たった片足の駆動代価が、【嗅覚】の喪失。


 それに対して、【彼との物理的距離】をリクエストしての瞬間移動ワープが、――エネルギー70。


 基本的な身体機能の取得要求リクエストよりも、超常現象の要求という滅茶苦茶なリクエストのほうが、はるかに高額である理由ワケ


 Question。

 市場マーケットは、何を商品として取り扱っている?


「――【前方に距離・最小消費から最大消費まで段階的に、各エネルギー消費における最小距離値を、無料代価の最大時間、マーキングで可視化する】」

「…………!?」



「【前方に距離・最小消費から最大消費まで段階的に、各エネルギー消費における最小距離値を、無料代価の最大時間、マーキングで可視化する】――代価、【左耳の聴覚】」



 床に手を付き、力を込めると。

 床面に、輝くマークが距離を開けて、いくつか浮かび上がった。


 ――ほぼゼロ、5m、10m、25m、50m。


 現れたのは5つのマーキング……。


「目測で距離を、正確に測れるのですか? 奇特な才能ですね……。――さて、しかし、能力解読系の『エックス』能力ですか。侮れませんね。だが何故……いっぺんに、時間におけるエネルギー代価値までをも、調べなかったのですか?」


 それにはまだ早いからさ。


 床面のマークは……5秒程度で、一斉に消えた。


 5秒。


「また、【超常現象をもって対戦相手にルールを自白させる】といったリクエストを試みるものかと思っていましたが……慎重ですね」

「それをして、能力解読の『エックス』能力は発動するかな?」

「いいえ、解読をキーとする多くの場合、能力発動を成しません。【反則】という強い自己認識……『エックス』能力は、一筋縄では扱えないというのが通例です」


 だろうね。

 思考と思想を色濃く映し、能力の解釈が形作られる。

 でなければ……整合性と整然を望む相手の『エックス』能力は、こんな内実になっていない。


「悩んでいるんですね」


 投げかけた言葉に、彼はピクリと反応を示した。


「そういった心が反映された『エックス』能力であるとしか思えない」

「…………。……そうですね。僕は、悩ましく、悩んでいます……。――しかし、どうしてあなたは……そんなにも、余裕がありそうなのでしょうか?」

「ああ、それは――」


 思わずチョイと、小さく手を挙げて答えようとしたけれど、その動作はキャンセルされた。



「もう能力を言い当てる目途が、立ったから」



「――――本当ですか?」

「リクエストを発さないので? まだ何の面白みもないままだけれど……」

「……それより、あなたの答えが気になります」

「――では」


 俺はリクエストを、宙へ投げかけた。



「【この世は闇市ブラックマーケットワールドAIの思考演算で、現状からこの世は闇市ブラックマーケットワールドのルールを思考】」



「…………!?」




「【この世は闇市ブラックマーケットワールドAIの思考演算で、現状からこの世は闇市ブラックマーケットワールドのルールを思考】――代価、【40エネルギー】」




 AI進歩の合理構造進化時代に、か。


 確かに、合理構造を考案するにおいては、AIはもしかすれば、素晴らしい成果をもたらすかもしれない。

 けれど、考案させて試案を出力させるという事と、『AIに構造システムを丸投げして任せる』という事とは、意味合いが、まったく違ってくる。


 整合性とは無縁の世の中に、整合性の化身みたいな存在を混ぜたら、そりゃあ、闇鍋より酷いものが生まれるに決まってる。



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