イートイン脱税と悩ましい男~第三夜~・1-1

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 リアルフィクション・Xにおける忘却記憶類を復元中……――



★☆――おかえりなさい、【てんどう たつひこ】様。――☆★



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 プレイヤーネーム【てんどう たつひこ】様、今日もリアルフィクション・Xの世界を、心ゆくまでお楽しみください!




 ――――【対戦playerを探しています】……

☆――対戦playerが見つかりました――☆


 対戦相手――【ますおかだ すずきすけ】

 playerランク・閲覧不可


 レディー――……?

 リアルフィクション・X、GO!!!!!



 ◇



 気付くと、スニーカーを履いた足が、硬質な床面を踏んでいることに気付いた。


 一見でどこかとは分からない、建物の中にいた。


 広い。ドームかと思われるほどにゆとりのある空間を見上げれば、上階の通路が橋のように渡されていて、その隙間から、高い天井を見ることができる。


 周囲は――品の良い石材の床に、広々とした空間の向こうには高級デザインのエレベーター。エレベーターの脇にはアンティークみたいなベンチ、空間の広さを強調しながらもデザインセンスを崩さない、観葉植物が置かれている。


 総じて、辺りはそのような、品良く静謐な景観であった。区役所でも入っていそうな建物だったが、しかし、スペースがあるばかりで、案内所や部屋などは一つもない。


「――……『エックス』」


 無意識に、呟いていた。前回の失敗からか……夢だというのに……――。


 空間に広がるような音声が聞こえてくる。



『【リトル1/2】――相手の能力を言い当てると、特殊勝利条件を満たす』



 ……また、えらくざっくばらんとした説明書トリセツがきたな……。


 概要的な説明……それをどう解釈するかで能力が決まる、ということだったな。ならば、瞬発的に考えた通り、【能力名】を除く相手の能力内容を言い当てたところで、特殊勝利条件が履行されるということだろうか。


 ――と。


 できるだけ影となる場所を選んで、観察したり触ったり、辺りを調べながら歩いていたところで――エレベーターの階表示が、順次に点滅し始めた。


 五、四、三、二――。三台の全てが、同時に――同期して、上部のライトを点灯させて数字を浮かび上がらせる。


 チン――と、やはり品の良い音を鳴らして。

 等間隔で並んだ、三台全てのドアが開き、そして、その中央の箱から、一人の男が、辺りを見渡しながら、降りてきた。


 少し、小太りな体形の男だった。

 しかし、顔容姿から、彼の利発が見て取れた。これで頭の回る男でなければある意味詐欺であろうという、そういった容姿である。


 いや、利発というよりは――。

 それは、言うなれば――


 頭一つ抜けて? 鶏群の一鶴?


 いや、違う――常識破り、常識外れ……。


 そう、浮世離れというより、浮世外れ……、利発な頭脳に『僅かな理知の異彩』が見て取れるような、そんな、見た目からもそれが窺える、容姿だった。


 周囲状況を確認。

 隣りに、身を隠せる、観葉植物。

 その時間稼ぎを活かせる、通路構造。――とりあえず、ここで様子見して、いいだろう。


 ――――男が、俺に気付いた。


 そして。



「イートイン脱税っ!!」



 ホール状の空間に響き渡る、腹から出したとんでもない大声を、間を置かずに上げてきた。


 なんだ?

 なにか、能力の、条件か……?


「イートイン脱税について、どう思いますか?」


 尚も大声で、俺に問いかけてきた。


 イートイン脱税……。


 警戒心は働いたけれど、しかし……。

 男の顔つきは、どうにも裏に策略を抱えているようなものではなく……ただ、海に向かって声を叫び上げるような、ある種清々しいくらいのじゅんな表情があった。


 そう。夢の中で、――夢の中だから、そのように振る舞えるような。

 現世うつしよに求められる理性のタガを外した、ある種、じゅんな表情。


「――まあ、あまり……守られていませんよね。いない印象です」


 答えなんだか何なんだか、曖昧な返答を応えると、男の顔つきが険しくなった。


「由々しき事態じゃないですか??」

「……そう、でしょうか」

「イートイン……脱税ですよ!!??? あのですね、それは本来、極めて重要なコトのはずでしょう。いいですか……『教育の義務』『勤労の義務』、そして――『納税の義務』ッ! 【国民の三大義務】という、国家が掲げる責務オブリゲーションの、最大の一つであるはずでしょう!」


 相槌を打つ隙間もなく、男はとめどなく語り続けた。


「それは【国家】という最も重要な“概念”を存在、存続させるための、めい。しかるにはんや基準といった尺度を超越した、人が人の上に創り上げし、あるいはメロドラマ風に言えば……概念存続のが集合に課せし、――そう、“義務”です! そのはずでしょう!? そう位置付けた表題御名目ごめいもくのはずですッッ違いますか!?」


 やるせないような情を滲ませて、叫ぶ。


「――適当に扱っていいことじゃねぇだろうがよォッッ! イートイン脱税?? システムの成立構造もないまま、『ハイ税です』、って、そんなこころみが通用するわけがないでしょうが!? そんなふうに、まるでないがしろにしていい事じゃないでしょう!? “義務”の言葉が含む、“重み”も分からないのか、家柄と主張だけが成熟してった老人共は!?」

「……しかし、そういったシステムは、イートイン脱税だけではなく、けっこう見られるものです」

「何年いつまで同じ阿呆をやってるんだって話です! AI進歩の合理構造進化時代に、じつに一歩も進歩しない、頭を疑うようなシステムが脈々と作り出されて、一体!! なにをやっているんだ知的生命体はって話です!!」


 それはそう。


「僕は……僕はそういった、然るべき根幹の構造ルールが全然、整然としていないさまを見ると……ああ、たまらなく……悩ましい気持ちになってしまうんです……」

「…………」

「ああ……ああああ……たまらなく、悩ましい…………。――――【この世は闇市ブラックマーケットワールド】発動! せめて、せめて夢の中にだけ、整然とした世よ、あれかし――!」


 能力内容リトル1/2の関係上、後手に回るしか方策が無い。


 出方を見る。――しかし彼自身には何の変化も訪れない。


 代わりに。


 建物の、その敷地限界である隅の辺に沿って――外周を描くように、さんかくもようで縁取る刻印マークが出現した。


 俺たちは無数のさんかくもようで囲われた、大きな土俵の、内にある形だ。


 何かしら意味がある。推測はできない。

 壁には、マークは浮き出なかったが、高度制限はどうなっている……?


 男の出方を見る。


「――【両脚と腕の駆動】」


 声を上げた。


 そののち――男は器用に、肩や腰を動かさない歩き方で、ゆっくりと、こちらに迫ってきた。


 なるほど……?


「【右脚の駆動】」


 試しに、俺も声にしてみると――空間に広がる音響でメッセージが流れた。



「【右脚の駆動】――代価、【嗅覚の喪失】」



 そういうことか。


 こちらも、我ながら器用に右脚の動きだけで、傍にある観葉植物の影に身を隠した。


 脚を動かした瞬間。

 夢だというのに確かに感じていた、辺りの無機質的な匂いが……消失した。


(――しかしこの小さな動きにしても、構造上否応なく、絶対にどこか意図しない筋肉や関節が動いているはずなんだが……ペナルティらしいものは無いな)

(おそらくは、完璧な――完璧とは言わずも整然とした、整合性を求める心ゆえの能力、なんだろうな……? それにしては……)


 理論整然とは言い難い。


 まだ不明が多いな……。


 とりあえず覚えておくべきは。


(脚を動かした実行後、対価の請求が発生したということ)


 一つずつ、謎解きしていこう――。



「【左手の、一瞬の駆動】」

「【左手の、一瞬の駆動】――代価、【エネルギー10】」



 そうする合間にも、こちらに、彼が迫ってくる。


 ――さて、左手首を、ねじって動かしてみる。

 すると、本当にほんの僅か……体に疲労が、まるで脈絡もなく蓄積されたような重みを、感じた気がした。


 なるほど――、と。


 胸中で頷いたその時、奇妙な歩き方で間近に迫った彼が――俺が身を隠す観葉植物の、植木鉢の部分を、やはり妙なフォームで、思い切り蹴りつけた――蹴りつけてきた。


「――……むう」


 彼の、唸り声。


 地震や、最近だと素面シラフで酔っ払ってるみたいなヤバい奴なんかの対策に、しっかりと地面に固定された観葉植物の植木鉢は、ビクとも動かなかった。


 その隙に、声にする。


「【彼との物理的距離】」



「【彼との物理的距離】――代価、【エネルギー70】」



 リクエストは通った。


 移動しようと意識する方向へ、体の重心を傾ける。


 すると俺は――遥か先、植木鉢の影から目測20m以上離れた位置に、意識する間もなく、――瞬間移動ワープをしていた。


「うっ……」


 ズンと、体に疲労感がかかる。


 右足だけでバランスとった中腰の姿勢という、無理な体勢のせいじゃない。そこにあるだけで、眩暈を覚える……、息切れに喘いでいた……。



「――素晴らしい。まさか、提供されるモノは現実的な動作に限定されないということに、考え至られるとは……。それを意識させないために、あえて現実的な取引を初手で行ったというのに。素晴らしい思考の柔軟性です」



 と、彼の声が、遠くから聞こえてきた。


 さて、お褒め頂いて、悪い気分ではないけれど。

 しかし……この戦闘、俺が圧倒的に不利だ。


 今回の戦いにおける要点は明快だ。



 この戦闘は、「市場価値」が何によって決まるのか、そして市場価格をどれだけ見極めることができるのかの、裁量によって勝敗が決する。



 だけれど……、俺は、そのどれもを事前に知らない。


 勝負の公平性に関しては、滅茶苦茶だ、整合性など取れていない。


 けれど……そのルールを全て解き明かしたその時は、――俺の勝ちだ。


(――と、無意識下で自然と考えていた時点で、【リトル1/2】の能力は【一度のみの回答で完全正解を言い当てる】という、ひでえ内実になる可能性が大ということか……)


 ……。なかなか、都合良くはいかないもののようだ。


 ただ――。

 勝機は、十二分にある。


 相手の『エックス』能力は……そもそもの欠陥を抱えているから。


(――『取引』、か)


 試しに、右手の指を動かそうとしてみた。――ピクリとは動いたが、命令意識がどこかで断絶したような感覚を伴い、行動に、キャンセルがかかった。


 ――やはり、【取引こそが全て】である『エックス』能力なのだろう。


 

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