きっと私は

 どうした? と、昼休み終わりの、清掃の時間に声をかけられて、ハッとした。気を遠くしていた。


 あのうたに気を取られていたのだ。


 考え事をしていた、国語の時間に聴いたうたのことを考えていたのだ、と明かすと、ああ――と、そのうたのことはすでに朧げであろう返事があった。うたに意識を取られていたのは、俺だけだろうか……。



 私のことを哀れだと言ってくれそうな人は、誰も思い浮かばないままに、きっと私はむなしく死んでいくに、違いないのだなぁ。



 だったか。


 どうも、色恋のことをんでいるうたに、思えなかった。


 そのあとは他の話題ことをなんとなしに話しながら、教室の掃除をそぞろに進めて、誰も露骨に手を抜いていたわけではなかったが、綺麗になったとは実感できない教室を見渡した。


 午後の授業が始まった。


 数式がどうのこうの、とその重要性も語らずに呪文を話す教師をぼぅっと眺めながら、ふと、昨晩の夢が思い返される。


 油断していたなぁ。

 現実であれば、赤面ものの油断だなぁ。


 それとも。


 俺も、世俗惚せぞくぼけというものに、当てられてきたのだろうか。


 なら……、悪いことではないな。


 そんなことを考えながら板書に手を走らせる。俺が握っているペンは、凶器ではなく、筆記用具であった。今は、筆記用具以外の何でもない。なら、いいではないか。


 望んだ今がある。俺は望んだ今を生きている。なら、し。ただ――。


 ただ、なぜ自分が黒板を板書しているのか、その詳細な理由ところは分からないでいた。そう、分かっていないのであった。進学するためであるのか……そんな簡単なところでさえ、確かには分かっていない。


 いったい自分が今、何をしているのか――。


 いや……考え過ぎな、ことだろう。

 ことなんだろう。


 きっと、考えても、仕方のないことでもあるのだろう。


 黒板に目を移す。

 また新しい板書がある。あんまり考え込んでいると、この場所は簡単に人のことを置いていく。なにもかもが、粛々と、愛想もなく、とめどなく流れていく場所なのだ。


 ふと、窓の外を見る。


 こちらの心情も知らず、良く晴れた青空が広がっていた。



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