戦いの終わり

 ぐらりとよろめくウンスイ丙式の真上から、彩真音が落ちてくる。


「よし、キャッチ!」


 俺が見事に彼女を受け止めると、怪物は轟音を立てて、真後ろに倒れ込んだ。

 俺と彩真音、二人でじっと荒魂械あらかせを見つめているけれど、今のところはぴくりとも動かない。


「……や、やったわよね? あたしの必殺技で、倒れないはずが……」


 だから彩真音は、自分の必殺技で敵を倒したと確信した。

 俺だって、実際彼女の技の力強さはすさまじいと思ってる。


「いいや、まだだ」


 でも、残念ながらそうはいかない。


『ギャギャガアアアアアア!』


 再び目を忙しなく動かしながら、ウンスイ丙式が立ち上がった。

 割れた甲羅を背負い、体中から墨のような血を流し続けてもなお暴れるさまは、まるで近づく死に抗っているかのようだ。

 あるいは、俺達を道連れにするべく、今わの際から戻ってきたのかもしれない。

 そんな風に起き上がるとは予想していなかったのか、彩真音は目を見開いた。


「ウソでしょ!?  『天璽崩撃てんじほうげき』をくらって倒れなかった荒魂械あらかせなんて、今までいなかったのに!」


「どうやらあいつ、相当タフみたいだな」


「言ってる場合じゃないでしょ!? こうなったら何発でも勾玉を叩き込んで……」


 彼女は再びハンマーを強く握りしめるけど、俺の方は構えたりしない。


「大丈夫だって。あのバケモノに俺達からしてやることなんてないさ」


 だって、俺の目には見えているからだ。

 ウンスイ丙式にとって、逃れられぬ死と、それを与える死神のさまが。


「それって、どういう――」


 彩真音が問いかけるよりも先に、死神が動いた。

 大きく鋏を振り上げた怪物の周囲を、白い光が迸る。

 きん、きん、と刃が鋼の鎧を切り裂く音と共に――。


二閃にせん・『大量刈おおばかり』」


 ウンスイ丙式は、切り刻まれた。

 まるでサイコロステーキのように、みじん切りにされたんだ。


『ガッ……』


 こうなればもう、いかに丙式の荒魂械といえど立ち上がれるわけがない。

 聞こえるか聞こえないかくらいの断末魔と共に、ウンスイ丙式は炭になって消えた。

 強敵が急に消え去った光景を見て、彩真音は「何が起きたのか」と言いたげに辺りをきょろきょろと見回すばかり。

 でも、俺は誰が何をしたのか、最初から知ってるぜ。

 目を隠すほど長い前髪をかき上げ、和装を纏い、白い剣を携えた神祓師が出てきたからな。


「これはまた、かなりの大物を相手取ったんだな、久遠」


 ――つまり、晴天院刹那だ。

 消滅したウンスイ丙式の向こう側から現れた刹那を見て、俺は鬼の面を外した。


「待ちくたびれたぜ、刹那」


 ひと安心する俺の後ろじゃあ、彩真音がまだ大きな声で騒いでる。


「せ、晴天院刹那!? なんでこいつが、ここにいるのよ!」


「俺が春ちゃんに、頼んでおいたんだ。俺と彩真音が荒魂械討伐任務に行くって、伝えておいてくれって」


 そう――実は屋敷にいるときに、俺は刹那を呼びよせておいたんだ。

 いくら兄弟といっても、兄には任務があるし、それを放っておいてこっちに来いと頼むのはさすがに無理がある。

 だから俺は、刹那に「来い」ではなく「行く」とだけ伝えておいた。

 自分自身が思っているよりもずっと厄介なトラブルが、起きるかもしれないってな。


「そしたら刹那は、心配でこっそりついてくると思ったんだよ。別の任務に行ってたとしても、爆速で荒魂械を倒して、ここに来るって確信してたんだ」


 もっとも、ウンスイ丙式みたいなデカブツが出てくるなんて、完全に想定外だったけど。

 ひとまずことがうまく運んでほっとする俺の前で、刹那が腕を組んで言った。


「僕を利用してくれたというわけだ。まったく、荒魂械『アメノカク』二十頭を速攻で討伐して、亀有まで来るのは難儀だったよ」


「ははは、助かったよ」


「……兄がお人よしな弟を心配するのは、当然だろう?」


 む、言ってくれるな、この兄は。

 どうやらちょっとばかり、悪い意味で言葉を選んだらしい。


「そのくせして、俺と彩真音はぶつけてるじゃねえか」


「久遠が絶対に勝つと思っていたからね。事実、お前は圧勝した」


「けっ、言ってくれるぜ」


 とはいえ、刹那が来てくれたのには本当に助けられた。

 そう思いながら、俺は彩真音をすぐ近くにそっと下ろした。


「よっと……それはともかく、ケガは大丈夫か、彩真音?」


 彼女はしばらくうつむいていた。

 もしかすると、どこかもっと痛むところでもあるのだろうか。


「……う」


 しかしそのうち、彩真音は顔を上げた。


「う?」


 首を傾げる俺と刹那の目に映ったのは、涙を目に潤ませる彩真音の顔だった。

 そして間もなく、彼女の顔はぐしゃぐしゃになった。


「うわあああああん! びええええええん!」


 そして、信じられないほど大声で泣き始めたんだ。

 勝負に負けた時も、自分を置いていけと言った時も泣かなかった彩真音が、まさか鼻水を垂らすほど泣くとは思ってなかったから、俺はびっくりした。


「お、おいおい、大丈夫か!? やっぱりケガが痛むのか!?」


 俺が問いかけると、彩真音は首を横に振る。


「わだじ、おいでがれるっでおもっでだの!」


 彼女がひきつりながら語る理由は、俺をさらに驚かせた。


「え、ええ?」


「だって、だっで! ずっどいじわるじでだもん! あんたをずっど、ずっどばかにじでだがら! おいでがれるっておもっだら、でも、あんだはだずげでぐれで……」


 ああ、そうか。

 そりゃそうだよな、転生した俺と違ってまだ彩真音は八歳だ。

 自分のしたこと、しでかしたことが酷い形で返ってくるのが怖くて仕方ないなんて、そんなの当たり前だ。


「……バカだな、置いてくわけないだろ」


 俺は彩真音と目線を合わせて、肩に手を置く。


「俺はどんなことがあったって、絶対に誰も見捨てない。約束、するからさ」


「うん、うん……」


 彼女の前で、俺は何度も嗚咽に応えた。

 何があっても、氷雨彩真音という人間に失望したり、どこかに置いていったりなんてしないと誓うように、笑顔を見せた。




 しばらくして、神祓師が穴に駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。

 まったく、遅すぎるっての。

 俺と刹那は顔を見合わせて頷き、穴の奥から空を眺めた。

 彩真音の泣き声は、助けが来るまでやむことはなかった。

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