久遠の怒り
――それからしばらくして、彩真音は『協会』が派遣した医療班の治療を受けた。
ケガは思っていたよりもひどくなく、後遺症も多分なし。
数日は痛むけど、松葉づえも必要ないと言われた時には、作戦に参加したすべての神祓師がほっと胸をなでおろした。
幸いにも、誰も彩真音の無茶や俺達の独断での丙式討伐を
「――うちの彩真音に、こんなケガを負わせるなんて信じられませんね!」
娘の危機を聞いて駆け付けた二人は、彩真音のケガと、俺と刹那の姿を見た途端、とんでもない顔で指差してすさまじい顔つきになった。
そして誰が止めるのも聞かず、ぽっかりと開いた穴のそばで喚き出したってわけだ。
「絶対に許しませんわよ、晴天院家の小僧!」
「見習いを守らず、周囲の神祓師に報告もせず! どうせ自分一人で逃げ出す算段でも整えていたんでしょう、この卑怯者!」
二人を止めようとする神祓師がいないのは、単にややこしいからだけじゃない。
彩真音の両親は第二等級神祓師であり、氷雨家という権威もあるからだ。
「それに比べてうちの彩真音は、聞けばあの丙式の
「で、ですが、報告によると丙式を倒したのは……」
どうにか歪んだ情報を正そうとする神祓師がいると、二人そろって彼らを睨む。
「はあぁ!? うちの彩真音が倒したと、私がさっきから言っているでしょう!?」
「ひ、ひぃっ!」
そして有無を言わさず
こんなの、筋の通った大人のやりかたじゃない。
彩真音が顔を曇らせるのにも気づいていないのに、自分の娘を褒め称えるなんて――まるで、娘を通して自分自身を称賛してるみたいじゃないか。
そのうち彩真音の父親が、俺の額をぐりぐりと指で押しながら叫んだ。
「とにかく、晴天院家には『協会』を通して苦情を入れさせていただきます!」
「そうですわ! まずは少なくとも半年の謹慎、そこの小僧からは神祓師の資格をはく奪! しっかりと氷雨家に逆らったことを反省するまで、いや、反省しても永遠に資格を戻さなくても良いくらいですわよ!」
母親もその横暴を止めず、口をこれでもかと尖らせて夫の言葉に同調する。
本当なら俺がぶん殴ってやりたかったが、うかつに手を出せばあいつらの逆鱗に触れて、さらにとんでもない要求をしてくるかもしれない。
腹の底で燃え盛る炎を必死に抑えていると、彩真音の父親の指を、刹那が払った。
「そこまでの仕打ちを受けるほど、久遠が何かをしでかしたとは思えませんが」
刹那の冷たい目が彩真音の両親を睨むと、二人はたちまち委縮した。
彼の十代前半とは思えない目つきは、まるで何度も年を経た大人のようだ。
「彼女の足を引っ張ったならまだしも、久遠は一瞬たりとも彼女から離れなかったと言っています。貴方がたの
「ぐ……だ、誰が妄想など……!」
「あ、彩真音、あなたからも何か言ってやりなさい!」
両親の言葉の矛先は、今度は彩真音に向いた。
二人は優しく語り掛けているつもりなんだろうけど、その実は都合の良い言い分だけを抜き出し、彼女に代わりに語らせようとしてるだけだ。
「……あたしは……」
彩真音も薄々気づいてるからこそ、言葉に詰まってる。
「どうしたの、彩真音ちゃん! いつものように言ってやればいいのですわ、晴天院家にどう接すればいいか、日々教えてきてあげたでしょう!?」
なのにまだ、こいつらは彩真音の体をゆすり、声をぶつけるんだ。
こんなものが愛情であっていいはずがないし、家族のつながりであるわけがない。
もう、俺は黙っていられなかった。
たとえどんな結果になったとしても、俺の中にくすぶる炎は、燃え盛る感情は、ついに解き放たれる瞬間がやって来たんだ。
「――いい加減にしろよ」
俺が炎を吐くように言葉を紡ぐと、一瞬だけ、静寂が訪れた。
彩真音の顔から困惑が消え、周りの神祓師はごくりと息を呑み、刹那は俺を見つめた。
「は?」
彩真音の両親の言葉の刃が、俺に向いた。
あいつらは今から、娘を傷つけた俺を、その刃でずたずたに引き裂くつもりだ。
「そこの小僧ですの? 今、我々に向かって汚い言葉を吐いたのは?」
「ああ、俺だよ。アンタ達みたいなどうしようもない連中に、言ったんだ」
「口の利き方に気をつけなさい。我々はともに、第二等級神祓師――」
だけど、一歩だって退いてやらない。
こいつらに教えてやらないといけない。
本当の意味で彩真音を傷つけ、苦しめたのは――お前らだって。
「そんなもん関係あるか! アンタ達、彩真音がどんな気持ちか、一瞬でも考えたことあるのかよ!」
俺が腹の底から声を出すと、彩真音の両親がたじろいだ。
刹那に睨まれた時よりももっと露骨で、例えるなら、抵抗すると思っていなかった動物に噛まれて驚いたかのようだ。
安全なところから散々動物をなじり、小馬鹿にしていた連中が、檻から解き放たれたそいつらに怯えているような顔だ。
つまりこいつらは、俺が自分に逆らうはずがないと思い込んでたんだ。
そんなわけがないだろ。
俺があんたらに何も言ってやらなかったのは、晴天院家の立場とか、彩真音の容体とか、いろんな鎖が俺を縛り付けていたからなんだ。
「いいか、彩真音がさっきから何も言えないのはな、晴天院家への恨みつらみが出てこないからじゃない! 予想と違う返事をすればがっかりする、アンタ達の顔色をずっと窺ってるからだよ!」
でもな、その鎖をぶち壊すほど怒らせたのはお前らだ。
「彩真音はな、本当の気持ちも隠して、ずっと晴天院家を憎む自分を演じ続けてきたんだよ! そうすりゃ両親が喜ぶって、そうしないいけないって知ってるから、ずっと呪いみたいに晴天院家を憎んでるんだ!」
俺自身が驚くほどの怒りをたぎらせたのは、他でもないお前らだ。
「そんなの、苦しいなんてもんじゃないぞ! ウソばっかり重ねて、無茶みたいな勝負まで挑んで、自分を傷つけてたんだよ!」
だから俺は、ありったけの言葉で噛みついてやる。
他でもない、氷雨彩真音を助けるためなら、動物みたいに噛みついてやる。
爪が食い込むほど握りしめた拳で、彩真音が苦しんだ分だけ殴ってやりたい衝動をこらえて、お前らのしでかしたことを教えてやる。
「こいつはお前らの操り人形でも、汚い言葉の代弁者でもない! 晴天院家への憂さ晴らしをするための道具でもないんだ!」
「久遠……」
「だからお前ら、耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ!」
彩真音の口端から漏れる声を、俺は確かに聞いた。
それでも構わず、ここにいる全員の視線が集まるのを確かに感じながら、俺は吼えた。
「氷雨彩真音って人間と向き合いもしないで、親なんて名乗ってんじゃねえッ!」
びりびりと、空間がしびれるのを確かに感じた。
俺はただ、ひたすらに、ぐしゃぐしゃに顔を軋ませる彩真音の両親を睨み続けた。
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