出現、丙式

 ――目が覚めたのは、ほんの少しだけ時間が経ってからだ。

 時計がなくとも、瓦礫の中で目覚めた俺の体が、確かにそう告げていた。


「痛て……」


 もぞもぞと腕を動かしながら、『布都御魂ふつみたま』を発現させて被る。

 すると俺の動きを縛っていた瓦礫は、まるで石ころを蹴飛ばすかのようにどかされて、たちまち起き上がれるようになった。


 そうして首の骨を鳴らしながら、俺はすっと空を見上げる。

 ぽっかりと開いた穴から月明かりが差し込む様子は、間違いなく俺達が地面の崩落に巻き込まれて、ここに落ちたんだと実感させてくれる。

 しかもこの空洞は、誰が作ったのか、ずっと奥まで続いてるみたいだ。


「どうなってんだ……いきなり地面が崩れて、それで……」


 そうだ、俺達――もう一人の神祓師はらえしも、一緒に落ちたじゃないか。


「……彩真音!」


 ほとんど反射的に、俺は近くの瓦礫を放り投げた。

 どこに彩真音がいるのか分からずとも、彼女を探すのが最優先だって脳が命令したんだ。

 そして幸い、彼女はそう遠くにはいなかった。


「ぐ、う……」


 うめき声と共に、瓦礫の奥から彩真音が姿を見せた。

 金髪のツインテールや服はずいぶん汚れてるけど、生きているのを見て、俺はほっとする。


「待ってろ、今邪魔なもんをどかすからな!」


 瓦礫をぽんぽんと投げ捨てているうち、やっと彩真音の全身が見えてきた。

 ただ、俺は生きているだけでほっとするのは早すぎると、嫌ほど思い知らされた。


「……足が……」


 瓦礫に挟まれていた彩真音の右足は、痛々しく腫れ上がっていた。

 紫色に変色した足が、どれほどの状態なのかはともかく、立ち上がれるわけがない。

 だって、彩真音は足に風が当たるだけで、刺さるような悲鳴を上げるんだから。


「う、うう……」


「まずいな、こりゃ……他の神祓師に連絡して、早く救助してもらわないと……クソ!」


 ポケットからスマートフォンを取り出した俺は、すっかりひび割れて動きもしないそれを、忌々しく睨んで投げ捨てた。

 崩落音を聞きつけて誰かが来てくれるならありがたいが、もしも他の地域で荒魂械あらかせとの戦闘が始まってるなら、救援は期待できない。


 だからといって、俺一人がここから離れるわけにもいかない。

 荒魂械がいつ出てくるかも分からない場所に、彩真音を置いていけるわけがないだろ。


「彩真音、足は痛むか?」


「痛いに……決まってるでしょ……」


 か細い声を漏らす彩真音。

 彼女の全身へのダメージも放置できないし、もしも足を長時間放置していれば、腐って切断しないといけなくなるかもしれない。

 そうでなくとも、彩真音が苦しそうな顔をしているのに、俺には何もできないのか。

 人生をやり直したのに、こんな時に無力だなんて、歯がゆく思うばかりだ。


「この状況はかなりヤバいな……どうにかしないと……!」


 そんなときに限って、悪い事態は連続してやってくるものだ。

 暗い闇の奥――空洞の暗黒の中から、荒魂械ががしゃがしゃと迫ってきた。


『ガギ、ガギッ』

『ガギュウウウウ!』

「ウソだろ、さっきまで気配がなかったのに……!?」


 瓦礫を乗り越えてくるのは、どれも蟹型の荒魂械、ウンスイ甲式。

 そいつが一匹や二匹じゃない、何十匹もやってきた。

 もっとも、それだけなら俺は冷や汗を流さなかったかもしれない。

 俺の背筋がぞわっと総毛立ったのは、山ほどのウンスイが出てきた奥にいる――空洞の天井にまで届きそうな、本物の怪物の出現が理由だ。


「……デカい……!」


 巨大な蟹。

 そうとしか形容できないバケモノが、のそりと姿を現した。


『ギョゴオオオオオオオオッ!』


 長さだけで大の大人の背丈よりもずっと巨大なはさみ、いかにも硬そうな甲羅、牙をガチガチと鳴らして泡を吹く口元。

 そして何より、見上げるほど巨大な体躯。

 間違いない、こいつは甲式でも、それより凶暴と言われる乙式でもない――。


「……丙式よ。この大きさ、ウンスイ丙式だわ!」


 

 彩真音の言う通り、このサイズは荒魂械の危険度を図る上でもかなりの上位に位置する、人類の脅威に他ならない丙式だ。

 こんな輩が普通に歩いてれば、神祓師は絶対に見逃さない。

 でも、こいつはきっと、こうして地下に道を作って隠れ続けてたんだ。

 そして今、地盤が崩れて、俺達はウンスイのねぐらに落ちてしまったんだな――文字通り、最悪のシチュエーションだよ。


「丙式が出るなんて、任務前に説明されてなかったわよ!?」


「きっと、神祓師協会もこいつの存在を認識してなかったんだろうな」


「どうするのよ、こんなバケモノ……!」


「どうするもこうするも、援軍を呼ぶしかないだろ。でも……」


 俺はちらりと、彩真音を見た。

 四方八方を囲むウンスイの群れを一気に引き離して、彩真音を連れて天井までひと跳びするのは至難の業だ。


 だからといって、俺一人で外に逃げ出すなんてありえない。

 残された彩真音がどうなるかは、火を見るよりも明らかだ。

 どうすればいい、どうすれば二人とも助かって、あのバケモノも倒せる手段があるんだ。


「……あたしなら大丈夫だから、他の神祓師を呼んできて」


 そんな中、彩真音がぽつりとつぶやいた。

 蟹のうごめく音にかき消されそうな、でも確かに発した声だ。


「彩真音……」


「任務に参加した神祓師を集めれば、丙式だって倒せるわ」


「でも、お前が……!」


「心配なんてしなくていいわよ。あたしだって時間稼ぎくらいはできるし、それに、アンタにとってはめんどくさい氷雨家の連中が一人減るし、いいことずくめよ」


 彩真音はジョークのつもりか、力なく笑うけど、俺にとっては笑えない。

 それに彼女の言葉は、俺が何よりも大事にしてきたことを思い出させてくれた。

 口でどれだけ強がっていても、体を恐怖で震わせている彼女を、置いていけるはずがない。


 あの時――初めて『布都御魂』を発現させた時に、病室で約束したんだ。

 理不尽に傷つく人がいるなら、絶対に守って見せるって。


 彩真音は氷雨家で理不尽な痛みを知って、今ここでも苦しんでる。

 だったら、俺のなすべきことは決まってるだろ。


「……どうしたのよ、さっさと助けを……」


 彩真音がすべて言い終える前に、俺の体は動いていた。


「ひゃっ……!?」


 俺は彼女をひょい、と持ち上げて――背負った。

 俺がやるべきはただひとつ。


「――ここであいつを倒すぞ。俺と、彩真音の二人で!」


 逃げられないなら、逃げない。

 背中で息を呑む音を確かに聞きながら、俺は巨大な蟹の怪物を睨みつけた。

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