ホントの気持ちを
「……は?」
ぴくり、と彩真音の眉が動いた。
怒りからじゃない、戸惑いと少しばかりの恐れがあるのが、何となく俺には分かった。
「俺を、つーか晴天院家を嫌ってるのは、お前自身の気持ちなのか?」
「何よ、それ。どういう意味よ」
「お前が晴天院家に何かされたわけでも、俺にひどい目に遭わされたわけでもないだろ。なのにどうして、そこまで俺を嫌えるんだ?」
「そ、そんなの、パパとママがずっと言ってたからよ!」
彩真音は拳を握り締めて反論するが、声が上ずってる。
きっと、俺が何を言いたいのか、何を意味するのか、内心で理解したんだろうな。
「晴天院家はずっと、氷雨家の活躍の場を奪ってきたのよ! いつでも日本の
「でも、お前が何かをされたわけじゃないんだろ」
「……っ!」
俺がそう言うと、彩真音はぐっと押し黙ってしまった。
「親とか、色んな人が晴天院家を悪く言うのは、まあ、分かりたくないけど分かる」
あんまり人の家族にどうこう言いたくないんだが、彩真音の両親ははっきり言って、めちゃくちゃおかしい部類に入ると思う。
自分達も晴天院家に嫌な思いをさせられてきた――あるいは、勝手に嫌なことをされたと思い込んできたんだろうし、今更説得なんて無理に決まってる。
だけど、彩真音は違う。
彼女だけは、自分の意志で自分の言葉を話していないって、俺は確信できた。
「でもさ、氷雨――彩真音の本心を、俺はまだ聞けてないって、そんな気がしたんだ」
だから、名前を呼ぶのは、今しかないと思った。
俺に名前を呼ばれるなんて不愉快、と怒鳴られる覚悟も決めてたんだが、意外にも返って来た言葉は弱弱しくて、いつもの彩真音らしくなかった。
「……馴れ馴れしく、名前なんて呼ばないでよ」
よかった――よくはないけど、ひとまず状況が悪化するよかましだ。
「今まで、呼んだことなかったろ。氷雨がいいなら、そう呼ぶけど」
「……彩真音でいいわよ。氷雨家の皆がいると、ややこしいでしょ」
目を逸らす彩真音の前で、俺はベンチに腰かけて、隣の席をぽんと叩いた。
「今は
俺が言うと、彩真音はすとん、と隣に座ってくれた。
少しだけ間を空けると、彩真音は静かに口を開いた。
「……晴天院を悪く言ったり、あたしの強いところを見せたりしたら、皆が褒めてくれるの」
彼女の口から最初に出てきたのは、俺の知る限り、一番ひどい教育方針だった。
やっぱり、彩真音が晴天院家に過剰に敵対心を抱いてたのは、両親の影響だったんだ。
「パパとママは自慢の娘だって撫でてくれるし、好きなものを買ってくれる。氷雨家に仕えてる使用人はいつもあたしを天才って呼んでくれて、他の神祓師だって尊敬してくれる」
うつむいた彩真音の顔は見えない。
なのに、どんな顔をしているか、俺は驚くほど容易に想像がついた。
「でも、そうしないと、皆を失望させるのよ……晴天院家にほだされたって、自分達がやられたことを勉強しなきゃいけないって、言ってくるの」
きっと彼女にとって、両親を喜ばせることは何より優先される事柄だったんだろうな。
彩真音を見ていると、彼女をゆがめた両親への怒りが、腹の底から湧いてくる。
「その人達にとっても、自分がやられたことじゃないんだろうな」
「知らないわよ、そんなの。晴天院家の悪口を聞くのが当たり前だったもの」
「じゃあ、屋敷で勝負を挑んだのも、自分の意志じゃないのか?」
「言ったでしょ。ああやって戦えば、皆が喜ぶの」
彩真音がばっと顔を上げた。
彼女の強気さはもうどこにもなく、複雑さだけが表情を埋め尽くしていた。
「あたしにとって、晴天院家は敵だった! アンタだって敵だし、あの晴天院刹那だって大悪党よ! 氷雨家を踏み台にしてのし上がってきた、悪者連中よ!」
力強い言葉も、次第に弱く、冷たくなってゆく。
氷雨彩真音という人間のアイデンティティが、崩れ落ちる。
「……ずっと、そう聞かされてきたのよ」
「…………」
「なのに、アンタみたいなのがいたら、どうすればいいの。あたしの話を聞くなんて、あたしの気持ちを知りたいだなんて……初めてで、どうすればいいのか分からないわよ」
ただ、彩真音はまだ、晴天院家への形ない怒りが染まっちゃいない。
確かに信じられたからこそ、俺はもう一度うつむいた彩真音に言った。
「……自分の心に、正直になってみりゃいいんじゃないかな」
両親の理想になった自分を、捨ててみるべきだと。
氷雨彩真音って人間がどんな少女なのか、はっきり告げてみるべきだと。
「え……?」
再び顔を上げた彩真音を不安にさせないよう、俺は小さく笑いかけた。
「人がどう思ってるとか、誰に言われたからとかじゃない。氷雨彩真音って人間が、晴天院家をどう思ってるか、口に出してみればいいんだ」
きっと、このままじゃ彩真音は両親の都合のいい拡声器のままだ。
二人との関係を切り離せとまでは言わないけれども、ずっと父親と母親の代弁をしているだけじゃ、永遠に氷雨家の呪縛に囚われたままだ。
そんなの、彩真音にとって幸せな人生なわけがない。
本人が納得しているならまだしも、彼女はずっと迷ったままなんだから。
「できないわよ、そんなの……パパとママが、どれだけがっかりするか……」
首を振る彩真音に、俺が続けて話しかける。
「俺の前で練習してみたらどうだ? 今なら、何でも言い放題だぜ」
いきなり両親に「晴天院家が間違ってるか分からない」なんて言えば、あいつらのことだ、泡を吹いて倒れるに違いない。
だったら、何を言っても怒らない俺を練習台にすればいいんだ。
「……や、やってみる」
彩真音も俺の意図を理解してくれたのか、すっと向かい合う。
俺もまじめな顔をして、彩真音を見つめる。
「あたしは、晴天院家と久遠、アンタのことを――」
そして彼女が勇気を振り絞り、思い切って何かを言おうとした、その時だった。
ぐら、ぐらり。
不意に、自分の体が揺れた。
いいや、違う――揺れてるのは俺の体じゃない、地面そのものだ。
「何だ……!?」
何が起こっているんだと言うよりも先に、足元がばきり、と割れた。
思い切り地面が砕けて、足元に見えるのは茶色じゃなく、ぽっかりと開いた奈落への穴。
滑り台も、ベンチも、何もかも落ちていく恐ろしい穴だ。
「きゃあああああっ!」
俺も彩真音も、重力に従い、その中へと落ちていった。
瓦礫がどしゃりと落ち、埋もれ、何もかもが崩れてゆく音が聞こえた。
ほんの一瞬だけ、視界が完全に遮られたのを確かに感じた――。
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