第20話 サイコメトラと二人のコミュ障
「………………」
寡黙な男子生徒だった。
上背は仁とさほど変わらない。顔が整っているから表情が堅いと、妙に迫力がある。スポーツマンといった感じで健康的な日焼けをしていた。
じろじろとした目の動きが、彼の印象をすこし悪くさせている。
仁の場合、そういった外見上の印象はそれほど問題ではなかった。
内面上で相手が何を考えているのかは、相手が能力者でもそれなりに読めてしまう。
「なんか、僕って嫌われてたりする?」
仁は言った。サイコメトラにとってそれは戯れ言のようなもので、コミュニケーションを取るための言葉だ。
「警戒されているだけだよ。問題児だから」
と、宮沢芽衣はケラケラと笑った。
「それはそうなんだけどさ。喋れないのは困るよ」
「仁君は問題児の自覚があるんだ。彼も友達には気さくな方だよ。口数は少ないけれども」
その能力者を紹介した宮沢芽衣もすこし困ったように、でも彼女の性格的なものもあってフォローする。
仁達のその会話にもその能力者は入ってこない。
けれど、ようやく口を開いた。
「俺に何の用でしょうか。仁さん」
——仁さん。近いようで遠い距離を感じる呼び方だ。
クラスメートなのでもう少しフランクでもいい気がしたが、それは苦心して彼が出した呼称なのだ。
彼も社交性が全くないわけじゃない。仁は少し安心した。
「うん。改めてよろしく。斉藤仁です。クラスメイトなんだから仁でいい」
仁は右手を出した。
握手をしよう。一般的ではないが友交を結ぶ表面的な儀式だ。
「あなたほどの能力者なら、それもありなのかな……。長谷川浄です。浄(じょう)とお呼びください」
マメになっているごつごつした掌だった。緊張状態で無意識に自動力が掛かるのはよくあることだが、それを差し引いても手の感触から重たく力強さを感じる。
右手から流れてくる情報はすべてを物語った。
「念動力者にはめずらしく、筋トレが趣味なのか」
仁は言った。手の感触とサイコメトリの情報で彼が何の競技をしているのか分かる。着痩せするタイプだが、身体はとてつもなく筋肉質である。
「サイコメトラとは鍛える場所が変わってきますが、能力に耐える身体は必要です」
長谷川浄の表情が緩んだ。
だれでも趣味の話をすればすこしは打ち解けられる。
「アルバイトの件は宮沢さんから聞いてるかな」
「はい。こちらも願ってもない申し出です」
免許を持っていない能力者にとってめったにないチャンスだ。
寮暮らしで生活に困ることはないとは言え、自由に使える金銭を手に入れられるのは嬉しいものだ。
「そう。ならお願いするよ」
仁は言った。
「能力のこととか聞かなくても」
長谷川浄は驚く。
「大丈夫だよ。そこまで危険なものじゃないと思うし、宮沢さんの推薦だから心配してないよ」
彼とは上手くやっていけそうだ、と仁は確信する。
次はサイコメトラから一人を選ばないといけない。
精神感応科は仁の古巣で、サイコメトリは仁の領分だから人は実は決まっているのだ。あとは口説くだけである。
精神感応科に所属する能力者は超認識と精神感応のどちらか及び両方の持ち主である。
基本的には仁と同系統の能力者である。
サイコメトラ(超認識)とテレパス(思念送信)及びエンパス(思念受信)能力者が在籍するクラスだ。
学術上の定義ではプレコグニション(予知能力)も精神感応に含まれるのだが、そちらは希少性と専門性が高いため、特別に別の科が設立されている。
仁も四月にお世話になったプレコグ科だ。
——プレコグ科の話は一旦いい。精神感応科の扉を開けるのはどこか緊張する。
引き戸を引くと念動力科とは全く別の種類の雰囲気が広がっている。
懐かしいと感じるのも不思議だ。高校に入ってから一ヶ月せずに転科しているのでむしろ念動力の教室の方が長いのだ。
「相変わらず、緊張状態だと思考がとっちらかっているな。斉藤」
仁を認識してすぐに声を掛けてくるやつがいた。
白々しい言い方だ。
彼も能力者なので仁が教室に入る前には(仁の)存在を知覚していたはずだ。
「君も相変わらずだ。鉄仮面の癖に内心ではドギマギしているのがバレてるぞ」
「男相手にドギマギするか、ボケ」
仁に近づいてくるそいつは身長が一八〇センチでガタイも良い。顔つきは仁が称するように表情筋が硬く、何を考えているのか読みづらい。
厳つい顔つきをしている。
「そうやってすぐに熱くなって、能力を乱す」
仁は皮肉交じりに笑った。相変わらず、表情筋と心の釣り合いが取れてないと思った。その悪口も彼には伝わるだろう。
「口が減らない。久しぶりだ仁、歓迎するよ」
「君にお願いしたいことがあるんだ、裕理(ゆうり)」
「さっそくすぎないか」
「無駄なラリーはしたくない」
「仕方ないやつだ」
裕理は仁の額付近に手をかざすように右手を出した。
サイコメトラにサイコメトリは使えないので、エンパスで相手の情報を読み取る。
井上裕理。彼の能力はサイコメトリ、テレパスとエンパスだ。出力が高いがまだそこまで能力のコントロールが上手くない。正確に読むのに予備動作が必要だった。
本来サイコメトラやテレパス系の仕事にはそれなりの時間が与えられる事が多い。少々の予備動作によるロスは念動力者ほど要求されない。少々時間が掛かっても正確に読むことの方を重要視される。予備動作なしで早く読む必要があるのは戦闘時くらいのものだ。精神感応系の能力者は戦闘をしないのが一般的である。
だから最近の仁の行動が常軌を逸しているのだ。
「なるほど、要件はよくわかったよ」
ようやくすべてを読み切った裕理は口を開いた。
「そういうこと、注意点としては自分の身はなるべく守って欲しい。ボディガード的に念動力者からも一人応援を出すけど、常に周りの状況は読まないといけない」
思念の交換が出来ても重要なことは口にして繰り返す。
精神感応系能力者のマナーみたいなものだ。
「いや、まだ受けるとは言ってないが」
裕理が言った。
重要なことは口に出して繰り返すべきだ。
「では、改めて聞こうか。このアルバイトに参加するよな」
「参加するよ」
裕理は苦虫を噛み潰したように言った。
彼もアルバイト料が欲しくないわけがなかった。
放課後、生徒会長の河北摩耶が窓口になっているので、アルバイトに割く人員の報告に仁は行った。
「また、おかしな編成をしてくる……」
と、河北摩耶は苦笑しながら言った。
「そうですかね」
と、仁は不思議そうに言った。
サイコメトラといえども自分の認知の歪みにはなかなか気づかないものだ。
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