サイコメトラと新しい日常

第19話 サイコメトラと新しい依頼

 新しく斉藤仁に依頼が来たのは、梅雨が明けた頃だった。

「仁君にお願いがあるのですよ」

 学園長室に呼び出されることにもう疑問を抱くことはなかった。

 そこにソフィーと河北摩耶がいることも、今日は弁護士の高橋紗菜はいないが、本質的に彼女は部外者なので居ないのが正常な機能だ。


 疑問を抱くことはなくても口に出すことは重要だった。

「最近、私を問題児扱いするのは何でしょうか」

 アラン・ホイルが話を続ける前に割って入るように仁が言った。


「先月の外出ではサイコメトリに不調があったとか」

 学園長のアラン・ホイルは間髪入れずに言った。サイコメトラ同士の会話は思考の先の読みあいだ。


 サイコメトラ同士の場合は能力を直接的に掛け合うことができない。

 ハウリングを起こすから。


 できなくても方法はあるのだ。

 相手の表情や発する声の感じから今まで培ってきた経験や知識で相手を予測する。

 言葉を発する前に考えるから、自然とテンポが速くなる。


 アラン・ホイルの顔が険しい。

 仁も心当たりがあるので、言葉に詰まる。それと同時に、河北摩耶を睨め付けてしまう。

 完全に自分の責任であるし、彼女にも報告義務があるので言えることはない。

 けれど、サイコメトラといってもすべての情報に感情が追いつくとは限らない。


 スッと河北摩耶が仁から視線を逸らす。いつもとは正反対の反応だ。

 ——学園長もサイコメトリが使えるんだ、完全に隠しきるのは無理だよ。

 仁のサイコメトリ器官は健常に働いていた。河北摩耶の思考を正確に読み取る。


「話を本題に戻しても」

 アラン・ホイルが言った。

「構いません」

 仁もこれ以上は深入りしない。自分に分が悪いからだ。


「簡単なことです。カウンセリングの依頼です」

「サイコメトリの依頼ですか」

「大部分は」

「相手が能力者ということですか」

「サイコキノ(他動力能力者)が主です。テレキネシス(自動力)は弱いということです」

「うん? 主、ですか。第三世代の能力者でしょうか」

「いえ、二世代です」

「複数の能力が発現しようとしている、というわけですね。年齢はどのくらいでしょうか」

 現在、主流の能力者は第三世代で、第二世代は仁たちの世代でもかなり少なくなっている。

 先進国では主流の第四世代も増えてはいるが、全体的な割合は第三世代の時代である。


「十五歳の男の子です。それに最近の能力者には珍しく混合能力に目覚めそうな兆候が見られるようです」


「確かに珍しい」

 仁は河北摩耶の方を見る。彼女は第二世代の混成能力者だった。個々の能力を合わせて空間跳躍を発現している。彼女は出力が異常なだけで、第二世代ではポピュラーな能力者である。


 それに対して混合能力はもともと複数の能力が混じり合った状態で能力が発源する。

 基本的に混成能力のほうが潰しが利きやすく、応用力が期待できる。対して後者の混合能力はオンリーワンの能力になりがちで、その効果が限定的でピーキーなところがある。

 能力源がそもそも異質なため、個々のサイコキネシスだったり、サイコメトリだったりの能力には分解できないのが特徴だった。


「なるほど、ある程度の念動力が使える私が適任者だと」

「それと、これは出来ればになるのですが、免許を持っていない学生を一人か二人を連れて行って欲しいのですよ。一人はサイコメトラがいいですね」


「行き先、場所はX大附属病院でよろしいですか」

「いえ、別の学区の中学です。X大附属病院の患者ではあるのですが、遠方の生徒ですので」


「承知しました。あと、連れて行くのはある程度決まっていますか」

「お察しの通りです。河北さん名簿の準備は出来ていますか」

「はい、既にいくつか人材はピックアップしているので、あとは仁君に選んで貰えばいいかな、と」


 ——そういう根回しか。

 と、仁は納得した。

 といっても、仁はいまのところ念動力科になっているが、精神感応科にも在籍していたため、そっちの方はそれなりに心あたりはあるのだ。


 その心あたり達が名簿にいるかはまだ分からないが、おそらくいるだろう。

 アルバイトに連れて行く候補になるにはそれなりの使い手でなくては駄目なのだから、自然と学園内では周りから覚えがつくのだ。



「——今度は何をやらかしたの?」

 仁が教室に戻って、声を掛けてきたのは宮沢芽衣だった。

 彼女は学級委員で転科して馴染みのない仁をよく気にしてくれていた。

「いや、まあ普通にアルバイトの話だよ」

「ふーん」

 と、宮沢芽衣はジトッとした半眼で疑うように仁を見る。

 どうも四月からの件で仁はこの委員長にも問題児のように扱われている。

 ——言いたいことはあるけど、まあそれは一旦いいや。

 と、仁も諦める。客観的に見れば自分の立場はそんなものだとも、分かる。能力で察するというより、周りの空気感で察する。


「それでアルバイトの手伝いをしてもらえる念動能力者を一人探しているんだ」

 と、仁は言った。念動力者に関しては、仁も誰を選べばいいかまだよく分かってはいなかった。

「それは私じゃ駄目なの」

 仁の口ぶりから自分が選ばれないことを宮沢芽衣は少し不機嫌そうに言う。


 現在のところクラスで免許を持っているのは仁を除けば彼女だけなのだ。選ばれないことに不服そうにするのは当然である。

「ああ、別に芽衣を選ばないのは、単純に免許持ち以外から選出だって話だからだよ。免許持ちでいいなら話はもっと簡単なんだ。芽衣を選べばいいだけだから」

「ああ、そう、そうよね」

 と、宮沢芽衣は照れくさそうに微笑んだ。

 ——この子は、なんというか、ちょっとチョロい感じなのは逆に大丈夫だろうか。

 と、仁は苦笑を浮かべる。


「それで、だれがよさそうかな」

「せっかく仁が相談してくれているんだもの。もう少し詳しく聞かせてよ」

 宮沢芽衣は言った。

 この真面目で面倒見のいいところが、彼女が委員長に選ばれた理由だろう。

「じゃあ掻い摘まんで説明するね——」

 仁はざっくりとことの経緯を話した。


「なるほどね。能力者が相手だから念のためのボディーガード的な人がいいのね」

 と、宮沢芽衣は言った。

「まあ。そんな大層な話ではないんだけど。一応、僕も念動力は使える訳だし」

「貧弱だけどね」

 宮沢芽衣は悪びれずに言う。それが彼女の良さだ。

 能力者が能力を評価するときに友達だからといって、変に気を遣う方が危ないことをしっかりと認識できている証左だ。


「まあでも、ボディーガードっていうのは、概ね間違ってないかもね。だからどっちかというと自動力が優位な方がいいとは思っているんだ」

 仁も宮沢芽衣の意見に概ね同意だ。

 自動力による物体の強化は自分の身を守るのも他人を守るのにも有効だ。


「仁ってさ、けっこう一人でなんでもやろうとするよね」

「うん? そうかな」

「いや、なんかさっきの言葉もとりあえず自分の身を守ってくれればそれでいいみたいな発言にも取れるし」

「そりゃそうだろ。僕は免許持ちだけど、選ぶ相手は免許持ちでもないんだから」

「うーん。まあそれはそうなんだけどね。なんだかね。やっぱりどこか距離があるよね。やっぱり精神感応科に戻りたいとかあるの?」

「いや、そんなことは特に考えてないけど。逆にあっちで学ぶことってそうそう多くはないし。こっちの方が有意義ではあるんだよ。知らないことが多いから」

「うーん。伝わってない感じがするんだよね。サイコメトラなのに」


「サイコメトラだからね。自分自身のことはあまり感情的にならないんだ」

「ああ、そういうことか。だからどこまでも実利とか論理を優先するんだ」

「冷たく思うかな」

「うううん。すごく合理的でいいかと思う。私たちは能力者なんだから。冷たくかんじるけどね」

 宮沢芽衣はとくにそれを否定しない。


「それで、心当たりはあるんだろう?」

「名簿は見ても?」

「流石に名簿を見せるのはまずいと思うから、誰がいいか言ってみなよ。おそらくリストにあるから」

「だよね」

 宮沢芽衣はケラケラと笑った。

 他人に冷徹だといいながら、彼女も十分に合理主義者だ。能力者を冷静に判別している。

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