第21話 サイコメトラと生意気小僧


 アルバイトで診察(サイコメトリ)するのは十五歳の少年だった。

 場所は少年のが通う中学の保健室である。

 仁達の通う高校からはそうとう遠い。もっとも少年の学校も超能力者を育成する機関であるので話の融通は利いた。

 河北摩耶の空間跳躍能力と少年の学校側の能力者の手引きがあれば空間移動はさほど難しくはない。


 学校側の配慮でいま部屋にいるのはサイコメトラである仁と井上裕理、そしてこの少年だけだった。

 もしものときの念動力者である長谷川浄は部屋の外で待機して貰っている。


 学校が違うので全員が初対面である。

 そうでないとこの診断は意味がなかった。

 能力者同士の場合、見知った相手だとサイコメトリに耐性がついて、奥深くまで読めないことがある。

 だからこうして仁達のような遠方の能力者が別の超能力機関に呼ばれることはままあった。


「まず、名前と年齢を聞いてもいいかな」

 仁は言った。

 基本的には仁が少年にいろいろと質問をして、その反応をサイコメトリで読み取りながら、少年の能力の状態を把握していくという手法をとる。

「渡辺海斗です。十五歳。おにーさんの名前も教えて貰っていいですか」

 二人の年上に少年の顔に曇りはなかった。度胸があるというか、ふてぶてしいところがある。ただ目がくっきりとしていて、顔全体が丸みのあるかわいらしい造形なので、ちょっと生意気な小学生くらいの印象を仁達は持った。


「ああ、そうだね。能力者同士とはいえ、あまりに事務的すぎるのは良くなかった。僕は斉藤仁です。質問を続けても」

「はいっす」

 海斗の顔立ちも相まって、明るい表情は人懐っこい印象がする。


「仁よりもさらに童顔だな。それに変わり者だ」

 裕理が言った。仁が四月に問題を起こす前まで彼は仲の良いクラスメートだったので、言葉に遠慮がなかった。

 というか目の前の少年に対しても遠慮をしていないので、もともとそういう性分なのもある。


 もっとも今回はわざと棘のある言い方をして、少年の心に隙を作る目的もあった。

 その方が能力者相手のサイコメトリは上手くいきやすい。

「ああ、二人いるのはそういう役割なんっすね」

 渡辺海斗は笑いながらいう。

「何回もこういうのをしているのか」

 仁がサイコメトリで読むまでもなく、どこか熟れた渡辺海斗の態度を見れば分かるものだ。

 この学校の能力者で読めないというのは、何回も同じことをしていて、この少年も辟易しているのかもしれない。


「どうも自分、サイコメトリが利きづらい体質らしくって」

「なるほど」

 仁は納得するように言った。

 混合能力の兆候は精神感応系を含んでいるのかもしれない。

「能力に異常を感じてからどれくらい経つんだ」

 仁が少年の額に右手を翳した。

「半年くらいですかね」

 渡辺海斗は薄目になる。されるがままに、診断を拒否する気はないという意思表示なのだろう。


 それを傍から見ていた裕理がギョッとして驚いた。

 彼も仁とは付き合いが長い。仁が能力の補助として予備動作を入れるのを何年かぶりに見たのだ。


 ——別に、使えるものは使うだけ。

 ノーモーションでの能力コントロールは仁のポリシーだが、状況によって予備動作を取り入れる選択肢を捨てているわけではない。

 裕理のエンパス(受信能力)がその仁の考えを読み取る。それほど手強い相手なのだと、裕理は少しの動揺を見せる。


 その一瞬の隙を渡辺海斗は見逃さなかった。

 渡辺海斗の本来の能力である念動力が裕理に牙をむく。

 裕理の身体が動かない。

「へへ、隙あり」

 渡辺海斗は裕理を足払いで転がした。そのまま扉に向かう。


 しかし、そこには長谷川浄が立ち塞がっている。

「なにかあったか」

「助けてください」

 切羽詰まったような表情で渡辺海斗が上目遣いで瞳を潤ませる。

 あまりにも容姿に似合いすぎて、庇護欲のようなものをそそられる。

「うっ」

 と、長谷川浄が動揺する。

「へへ」

 と、渡辺海斗は長谷川浄を躱して保健室から出ようとする。


「そこまでだ」

 仁が言った。

 宮沢芽衣が昔やってみせてくれた。空間制圧を仁は掛ける。

 ただ仁の出力では一瞬の足止めにしかならない。

 しかし、本物の第三世代の念動力者はそれだけあれば十分だ。

 長谷川浄が本物の出力で渡辺海斗を制圧する。

 仁の弱い出力を無理矢理、押し退けて長谷川浄の能力が発動した。


「ふへ」

 と、渡辺海斗は情けない声を上げる。

「ご苦労様」

 と、仁は長谷川浄の能力圏外からサイコメトリを試みる。

 渡辺海斗の隙は十分に出来ていた。

 より深くまで、深層意識にアクセスする。

 少年が抵抗する理由は何なのか。

 それはあまりにもありきたりであることを仁は既に予想がついていた。

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