第18話 サイコメトラと迷い
例えば、ホラー映画を見てしまった後に感化されてしまったなんてことは無いだろうか。その日、お風呂で曇った鏡にうっすらと映る影を見たり、背後にゾッとする寒気を感じるなんて話だ。
斎藤仁もそういうことは友達の話やサイコメトリで情報として知っていることではあった。
あくまで概念を知っていて実体験はないというだけで、——ようは仁はいまその実体験をしているということだ。
普段より、感覚が鋭敏でサイコメトリのコントロールが今ひとつ良くなかった。
昼間の商業施設(コレクション・ポート)にも多数の思念は渦巻いている。
——こんなことは幼少期以来だ。と、仁は落ち込んだ。
幼少期はサイコメトリのコントロールが効かずに、現物と残留思念との境目が曖昧で、ある意味それはおねしょのようなものだった。
——十五歳でこれは流石に恥ずかしい。
それに今日の外出に関して能力の使用申請していないので、能力がおおっぴらになると不味いのだ。
能力の特性上、規範人にばれることはないが、横を歩いている河北摩耶には下手をすると気付かれてしまう。幸いなのは念動力のコントロールはなぜか効いているということだ。
「顔色が悪いようだけど、どうかした?」
と、河北摩耶は心配そうに仁の顔をのぞき込む。
「いえ、ちょっと気分が悪い程度で」
仁は言った。本当のことは言わずにちょっとした嘘を混ぜる。
「ホラーは苦手か。意外と可愛いところがあるね」
ニシシ、と河北摩耶は笑う。
「いままで見たことがなかったので。新鮮ではありました。ちょっと馬鹿にしていたところがあったので」
「珍しく素直だ」
河北摩耶は目を丸くして驚いた。
——いけないと思う。普段と違う反応はよくない。
「いや、まあ。——うん、あれ」
と、仁は話を逸らすように指を指した。
「どうしたの? へ、ああ。迷子かな。あの女の子。よく気付いたね。サイコメトリは抑えているのに」
「流石に、完全にオフにするのは無理ですよ」
仁は言った。それは本当である。仁のサイコメトリの能力は出力が高い。本来の能力をどれだけ抑えてもその感覚が完全に遮断されることはない。
ただし今の状態は結構な異常事態で、下手にコントロールがズレればこの商業施設にいる迷子くらいなら全て把握できてしまいかねなかった。
仁は意識を集中させて能力をさらに抑えるようにする。
「声をかけるくらいなら問題ないよね」
と、河北摩耶は言う。
「まあ、問題ないかと」
仁は言う。相手はおそらく規範人だから気を遣う必要があるが、小学生にもなっていない子なら問題は無いだろう。
「迷子かな? お姉さん達、怪しい者じゃないんだけど」と、河北摩耶はその迷子らしい女の子に話しかけていた。
仁が彼女からすこし目を切ったときには、もう横にはいなかった。空間跳躍は使ってない。単純な彼女の身体能力と行動力がそうさせている。
やれやれ、と仁は苦笑した。悪いことは何もない。河北摩耶がお人好しなのだ。周りにいる大人もその迷子には感心がなかったのだから。
「なんで?」
と、迷子の女の子は言った。
彼女なりに不安な表情は隠していたらしい。実際、周りの大人が感づかない程度には表情を取り繕っていた。
返答を間違うと超能力者であることがバレて逆に不安にさせてしまうかもしれない。
「なんとなくかな。べつにお姉さんの勘違いならいいんだけど」
河北摩耶はしゃがんで、少女と目線を合わせて喋る。
「違う、くない。ママがどこに行ったかわからない」
ヒクッと女の子の表情が崩れた。
「大丈夫だよ。泣くことはない。お兄さん達がいるから。逆に泣かれると困っちゃうかな」
と仁は言った。
「ちょっと、そんな言い方は」
「問題ないよ。この子、賢いから」
仁は言う。迷子になっても取り乱さずに、冷静に周りを見ていた子だ。
「ああ、ちょっとずるしたね」
河北摩耶はジトッとした目で言った。
「べつに、使わなくても分かるさ。さっき泣きそうになったのは安心したから。言えば分かる子だよ」
実際に迷子の女の子は泣かなかった。
「どうする?迷子センターに連れて行こっか」
河北摩耶は言った。
「ズルをすれば一瞬だけど」
仁は笑いながら言う。
「仁君って、意外と根に持つよね。可愛くない」
「べつに可愛げをウリにしてはいないですから。得意じゃないんで」
「まあそう言わずに、さすがに一瞬で探す魔法は駄目だけど、迷子センターに連れて行くのは合法かな」
ふふ、と河北摩耶は笑う。
「規範人のルールに従っているので問題はないね」
仁は笑って言った。
規範人のルール、というのは能力者たちの間ではよくある嘲笑である。
河北摩耶は目を丸くさせて仁を見た。
やはり、今日の仁はどこかおかしかった。
普段ならそういうスラングを彼は使わない。
「今日は途中から様子がおかしいよね」
迷子センターに少女を届けたあと、河北摩耶が言った。
「何がですか」
仁は惚けたように聞き返す。
「なんかいつもより、不用意な発言が多いというか、今だって額から汗がすごいよ。調子が悪いの」
「そうですかね。もう夏だからこの施設は全体的に冷房の効きが弱いような」
明らかな嘘である。最近できた商業施設で、そんな欠陥はあり得ない。
それに前回ここにきたとき設備に問題がないことを能力で太鼓判を押したのも仁本人である。
実際、河北摩耶はすこし寒いんじゃないか、と思うくらいに冷房はきいていた。
「正直にいいなさい」
まるで親が子供に叱りつけるような言い方だ。
「すみません。映画が終わった後から、サイコメトリのコントロールが危ういです」
仁は子供のようにシュンとなる。
たかだか二つしか離れていない女の子に母性を感じることはないが、なぜか母親に怒られた気分になった。
——もっとも幼少期から超能力に目覚めた仁にとって親の存在など記憶にないレベルなのだが、その辺はサイコメトリで得た感覚である。
「ふふっ。まさかホラー映画に感化されちゃった。それでサイコメトリが異様に反応するようになっちゃった」
河北摩耶は腹を抱えて笑い出した。
「だから言いたくなかったんだ」
「ふふふ。いやいや。ふふ。ごめんって。でもちょっと待って、笑うの止めるから」
河北摩耶はスー、ハーと深呼吸するように息を整えた。
「もうやだ」
「ごめんて。でもこのまま人で混雑する電車には乗れないよね。タクシー呼ぼうか」
「なんか、その気遣いがもう嫌だ」
「無理しないの。他の人には黙っててあげるから」
「………………」
仁はもう何も言えない。おそらく彼女は本当に言いふらしたりはしないだろう。ただ完全に弱みを握られた気がした。
「別にホラーは自分の部屋で見たら耐性なんてすぐつくから」
仁が珍しく子供のように拗ねた口調で言った。
「………………」
こんどは河北摩耶が黙り込む。
——ああ、これはマジで怒っている。そして真面目に克服しようとしている。変に真面目なところが可愛いんだけどなー。
と、河北摩耶は思ったが、流石にしばらく仁が怒りそうなので言わなかった。
帰りのタクシーで仁が一言も口を聞かなかったのは言うまでもなかった。
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