第17話 サイコメトラと休日

 ――X大付属学園高等学校、室内闘技場。

 仁は他動力(サイコキネシス)により、宮沢芽衣の右足首を握り絞め、さらに外側に引っ張ろうとした。

 宮沢芽衣は自動力(テレキネシス)のコントロールに若干の難があった。微妙に体勢が崩れる。

 そこに仁は自動力により強化した左足で蹴りつける。

 危険を察知した宮沢芽衣は第三世代の出力で自動力による制圧を行った。

 空間能力者の空間固定に近いが、それよりも幾分か手荒く雑な方法だ。

 力任せである。

 仁は身体を固定されたように固まってしまう。

 このままではいけない。大きな隙を相手に与えてしまう。仁は自分の自動力で相手の能力を中和して抜け出さなくてはいけなかった。

 今度は宮沢芽衣が隙のできた仁に右拳をたたきつける。

 その攻防、一瞬の切り替えに宮沢芽衣のコントロールの拙さが出る。

 仁はその瞬間をサイコメトリで予測していた。そうなることを予想して現在の状況を能力で正確に読み取る。

 そのレベルの芸当はもうすでにサイコメトリというよりは未来予知(プレコグ)に近い。

 仁は自分の自動力をその一瞬で最大限に出力し、宮沢芽衣の制圧から逃れる。


「ここまでにしよっか」

 宮沢芽衣が言った。

「そうだね。あまり実戦向きとは言えない」

 仁も了承した。

 この一ヶ月と少しで相手の癖を知りすぎてしまった。

「そろそろこの勉強会というか、補習もここまでって感じだね」

 宮沢芽衣は少し寂しそうに言う。

 あまりにも一個人に特化した戦闘は逆に実戦で命取りになることをお互いに知っている。

「そうかもしれない。いままで付き合ってくれてありがとう」

「どういたしまして」

 念動力者とサイコメトラがこういう師弟関係のようになるのは珍しい事例かもしれない。そのうえお互いに免許持ちであることが余計に奇妙な感じになる。

 お互いに照れくさいではないが、どこか気恥ずかしさを感じた。


「――それにしてもよくやるよ」

 スポーツドリンクを仁に渡しながら河北摩耶は言った。

 以前のようにソフィー・ウェイドが付きっ切りで指導することはなくなったが、それと入れ替わるように生徒会長の河北摩耶がよく見学に来るようになっていた。

「まだ念動力をうまく使えてない気がして」

 仁は言った。先週の事件、宮沢芽衣の捕縛に使う能力を見せられて自分の能力の低さをよく実感した。


「出力がない分をコントロールや使い方で補おうとしているのは見ていてよく分かるよ」

 宮沢芽衣は言った。

 彼女の課題はどちらかというと能力の運用にあった。能力は出力が上がれば上がるほどピーキーな特性になり、扱いが難しくなる。仁の訓練に積極的に付き合っているのは、サイコメトラならではの視点が念動力に生かされているからだ。


 能力主義のこの学園でメリットが無ければ、こういった訓練にいくらお人好しの彼女でも付き合わない。


「じゃあ、とりあえずこれから放課後はしばらく開く感じかな」

 河北摩耶がうれしそうに言った。

「ええ、仁君をお返ししますよ」

 宮沢芽衣がケラケラ笑いながら言った。

「それもおかしな話なんですけどね。宮沢さんの時間をもらっていたのは僕の方なので」

 仁は苦笑する。

「そういう安易な発言はやめて欲しい……」

 宮沢芽衣がボソッと言った。

「しばらくアルバイトの予定もないわよね」

 河北摩耶が言う。笑顔だが目が笑ってなかった。

 仁はサイコメトラの割りに、墓穴を掘ることが多かった。というか、河北摩耶のときに多いだけだ。


「なにか用事でもありますか」

「用事が無ければ誘っちゃいけない」

「いえ、そういうわけではないですが」

 仁は自分の言葉でどんどん立場を悪くしているような気がした。いや、気がしたというか能力を使う必要がないくらい事実だった。

「映画でも見に行こうよ」

 河北摩耶が言った。

 唐突な話だ。

 ――能力で読んでも良いが、きっとそれは彼女もお気に召さないだろう。と、仁は経験上の勘が働いた。

「いつですか」

「日曜とかどう」

「わかりました」

 曜日も決まっているので、何かあることは確かそうだと仁は察した。

 ――そういう話は私のいない所でして欲しい。と、宮沢芽衣はげんなりとした。



 日曜日、待ち合わせ場所には私服で来るように言われたので、仁は河北摩耶の言うとおりにした。

 商業施設(コレクション・ポート)の喫茶店である。

 前に彼女と一緒に来たことがあった。

 ソフィー・ウェイドの捜索をしていたときのことだ。今日はあのときと違い、制服でもなければ通信デバイスも携帯していなかった。


 仁が入店して、五分もしないうちに河北摩耶もやってきた。

「ごめん。待ったかな」

「いえ、注文もまだです。一緒に頼みますか」

「仁君は何にするの」

「ブレンドで」

「私もそれにしようかな」

「無理に合わせる必要はないかと。カフェモカにしときましょうよ」

 仁は笑いながら言う。彼女はブラックが飲めないのを知っている。

「でも」

 と、珍しく河北摩耶が食い下がる。

「なら、今日は僕もカフェモカにします」

 河北摩耶に合わせる方が合理的だ。

「そう、ならカフェモカで」

 ちょうど、河北摩耶の分のお冷やを店員が持ってきてくれたので、そのときに二つ注文する。


「今日は大丈夫ですかね。能力の使用申請をしていませんが」

 仁は言った。

「そうそう事件に巻き込まれていちゃたまらないよ。別に仁君も事件に巻き込まれたことなんて無いだろう。アルバイト以外で」

「そうですね。最近は色々あって感覚がズレていたのかもしれません」

「そんな気がしてたよ」

「そんな気ですか」

「どこか焦っているような。気が立っているような」

「念動力を得てから」

「うん……」


「どこか不安で、何かしないと思っていたのかもしれません。とくに何をしろと言われたわけでも、したいわけでもないのに」

 サイコメトラは自分の心情を読み取ることが出来ない。

 それをやるとハウリングという暴走状態に入ってしまう危険があるからだ。

 だから自分のことに気づくのは他人の反応や指摘からだ。


「意外だね。そこまで君が自分を見失うのも」

 河北摩耶が言った。

「意外ですか」

「だって君は最高峰のサイコメトラなのに」

 サイコメトラは他人の反応で自分を知るのだ。

 だから能力が高いほど自分を認識することができる。


「能力が落ちているんですかね」

 今の仁の不安はそこにある。

 念動力を使う分、サイコメトリの能力が落ちているのではないかという不安だ。

「ふふ、そういう意味じゃないよ」

 河北摩耶は笑いながら言う。

「どういうことですか」

「君はおそらく選択肢が増えて迷っているんだ」

「第三世代ならではですかね」

 もともと単一能力しか持たない第三世代は迷わない。できることが決まっているからだ。その一つのことに集中することがある意味では強かった。


「むしろ第二世代以前の能力者は選択肢があるからどこを伸ばせば良いのか迷うんだけどね。私たち(第二世代)からすればそっちの方が普通だ」

「そういうもんですか」

 仁はいまいちピンときてなかった。


 ――カフェモカが運ばれてきた。

「甘い」仁は一口飲んで感想を漏らす。

「落ち着くね」河北摩耶は言った。


「変わった意見ですね」

「今日は何時に起きたの」

 河北摩耶の話は唐突に切り替わる。

「え、今日ですか。いつもより遅かったかも。八時くらいですかね」

 仁は戸惑いながら応えた。

「いつもより遅く起きて、昼前には甘い飲み物を飲む。時間はゆったりと流れる」

「ああ、そういうことですか」

 ようやく彼女が何をしたかったのか、仁は理解した。


「まあ、単純に仁君と同じ物を飲むか食べるかしたかっただけの話だ」

 河北摩耶は特に何でも無いように言った。

 流石の仁も照れくさくなって目を伏せて視線を逸らした。

 他人の目を直視するのが恥ずかしいと思ったのは始めてかもしれない。

 サイコメトラにあるまじきことだ。


「映画は何をみるんですか」

 仁は話題を変えるように言った。

「ホラーは好きかな」

 と、河北摩耶がいたずらそうな態度で聞く。

「サイコメトラですよ。残留思念なんて毎日がホラーみたいなもんです」

 だから仁はホラー映画なんてものは見たことがなかった。

 面白くなさそうだからだ。

「なら決まりだね」

「それでいいですけど」

「君は怖がらせることと、怖がることの楽しさをまだ知らない」

 河北摩耶は楽しそうに言った。


 なんだかんだで、彼女の趣味なのだろうなと仁は思った。

 ――映画を見終わった後の感想は、まあ人それぞれだ。

 仁はホラーは苦手だった。

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