厭世サイコメトラ、念動力を学ぶ
第11話 サイコメトラと試合
――超能力戦における第一目標とは相手の選択肢を奪うことである。たとえば同系統の能力でお互いに干渉し合い、戦いをにらみ合いの硬直状態にするなどは有効な手段の一つであるといえる――。
学園で行われている講義の一節で、担当教員は立て板に水のごとく、理論と経験、またケーススタディを例として説明していった。
講義を受けている生徒はそのしゃべり方もさることながら、頭に入りやすい話の構成に熱心に耳を傾けていた。
ただひとり、腑に落ちないを表情で表している生徒を除けば、概ねのどかな風景だった。
「そこの仏頂面はなにか不満点でも」
「いえ、べつに」
仁は無愛想な表情を崩さない。
冷静に周りを見渡しても教室で浮いているのは自分だと自覚する。
その教員は身長が他の先生と比べても極端に低く、それを補うため念動力で浮いていた。とくにそれで疲れた素振りを見せることはない。
彼女は能力の高さと精密さを暗に誇示しているともとらえられるだろう。
それも一つの真理だった。
この学園の超能力者は基本的にエリートであるが、癖と我の強い生徒達が多かった。そんな生徒達がその幼女のような姿形をしている先生の言うことをおとなしく聞いているのだ。
その教師の能力が高いことは明らかだった。
「――授業に関して文句はない。じゃあ、そんな顔をするなよ。それとも他に言いたいことがあるなら言いなさいよ」
新しくこの学園の念動力講師となったソフィー・ウェイドはやれやれといった様子で言った。
「なんで普通に講師をしているんですか」
仁はなぜこの人物がここでのうのうとソフィーが教鞭を執っているのか知らされていなかった。
「私達、超能力者に規範人のい法律なんて関係ないよ。意味もないし」
ソフィー・ウェイドは笑いながら言った。
「(いや、それはあんただけだろ)」
と、流石に他の生徒達も声には出さないまでも心の中でツッコミを入れた。
「なんで捕まってないんですか、って話で」
仁はどことなく腑に落ちないことがあった。自分のここ最近の苦悩は何だったのだろうか。
結論だけを言うと、仁の建造物損壊に関する疑いは晴れた。
現場で再検証も行われたし、異例であるが仁が罪に問われることがなくなった。
事件はスプレーのガス漏れによる引火、爆発である事故だと断定されたのだ。
規範人の世界では報道されなくても、この学園では皆がその事実を知らされていた。
そしてこういう結果になったのはソフィー・ウェイドのおかげというか、所為であることもこの学園の人間は認識していた。
そもそもサイコメトラの仁が念動力科に転籍したことからいろいろとおかしいので、すぐにこの話題は広がった。
そしてそんなことより、と言ってしまえるほど、ショッキングなニュースは零世代の超能力者が生きているというほうだった。
とにかく、教室にいる生徒達も仁とこの先生の間に何らかのわだかまりが残っていることは簡単に察せられる。
「うーん。このまま遺恨が残るのは良くないわな」
ソフィー・ウェイドは頭を掻きながら考えるようにした。
「午後の模擬戦闘訓練なんてどうです」
一人の女子生徒が言った。
戦って決着をつければいいのでは、という提案である。
「委員長……」
仁はぼやいた。
発言した生徒はこの念動力クラスの学級委員である。彼女は念動力者で好戦的だった。なにかと勝負事で解決したがる、言ってしまえば能筋タイプだ。
「うん。それはいい考えかもしれない。斎藤君もちょうど念動力のコントロールが必要なことだし。私も他の講義はないし」
ソフィー・ウェイドも予定を確認して乗り気のようだ。
こういうとき、この学園は止めはしない。
能力の開発という建前がある場合は特に自主性が優先される。
X大付属学園高等学校、訓練場。
基本的にどの学校にもある、それこそ規範人の学校がもつ運動場と変わりはない。少しばかり丈夫な地盤の上に作られていること以外は普通だ。
ただ今回に関しては全校生徒がそこに集まっているので、異常な熱気に包まれていた。
第零世代の対超能力の模擬戦が見られるのだ。他の教員も生徒も授業を一時中止して、見物に来ていた。
相手が入学してすぐに問題を起こした一年生とあって、話題性は凄まじかった。
訓練場がまるで体育祭のような状況になっている。
「なんで実況席みたいなのが設けられているんですか」
仁が言った。
この短時間でテントやマイクの準備をするのは運営した人間の能力の高さがうかがえる。
「私の指示ですが」
解説と書かれたプレートが置かれた席に座る学園長のアラン・ホイルが言った。
――この人も大概、暇なのだろうかと仁はため息を吐いた。
「審判は私、宮沢芽衣が担当させていただきます」
発起人である仁のクラスの委員長がマイクを通して、説明を始める。
『形式はワンダウン制。相手の攻撃により地面に膝をつく以上の身体的負荷が認められれば負け、のルールです。また直接、身体を攻撃する殺傷性の高い超能力は禁止です』
宮沢芽衣がマイクを通して説明する。訓練場にいるすべての人間に届く。
競技の内容はこの学園の生徒なら馴染みのあるものなので、とくに違和感はない。
「審判、確認いいかなー。それだと他動力(サイコキネシス)での攻撃が禁止のように感じられるのだが」
旧時代の感覚であるソフィー・ウェイドが質問した。
殺し合いが常だった第零世代の彼女にしてみれば殺傷性という言葉に馴染みが無いのだ。こういう競技性を持った試合は初めてなのかもしれない。
『基本的に禁止だと思ってください。また、自動力(テレキネシス)で直接、殴るのも禁止です。ガードするのはオーケーなので、逆に攻撃時はご留意ください』
宮沢芽衣がテンションを上げて説明する。
「なるほど、結構な制約があるね。逆に念動力で可能なことは何かな」
『例えば他動力で破壊した石ころの粉塵で目くらましや攻撃するなどは可能です。超能力と身体の間に物理的な接触を一度またいでいるものが基本的に可能と考えてください。ただし、粉塵自体に自動力をかけたりするのは禁止です。』
「なるほど、了解した。あと、競技範囲はこの百メートル四方ということでいいかな」
『はい。ご認識の通り、空間能力者が設定している結界内ということです。特殊な結界ですので内側に強くなっているので、出るのは難しいと思いますが』
「なるほどね」
と、ソフィーは結界を触りながら理解する。
『斎藤仁もそれで問題ないですか』
「なじみのルールだから特にないよ」
仁も了承した。すこし苦笑する。相手がルールを把握しているのか怪しい。
これは結構、危険なことだった。
『念のため付属病院とは連携がとれているので、ご安心を』
アラン・ホイルがマイクを通して言った。
――逆に不安になる補足だ。
と、仁は顔を引き攣らせた。
コングがなった。
試合開始早々に動いたのはソフィーだ。仁と距離はあったが、地面に対して思い切り拳を振り下ろした。自動力(テレキネシス)で強化された拳は地面に易々と亀裂を入れ、粉塵を巻き上げた。
『流石は零世代のエスパーですね。出力が桁違いです』
実況席にいるのは生徒会長の河北摩耶であった。
『流石に品性のない、もとい容赦のないやり方ですね。念動力の戦闘時の本質は物理的な恐怖を意識させることですからね。こういうこけおどしは零世代の常套手段ですよ』
解説のアラン・ホイルが言った。
『仁君はこれを見て攻め込むのを躊躇しているようです』
河北摩耶が言う。
『能力戦で手の内を見せることが逆に有利になるといういい例ですね。そのままソフィーは波状攻撃を始めましたが、仁君は全力で逃げてますね』
『流石はサイコメトラと言うべきでしょうか。この辺の判断と身のこなしは一級品です』
『まあ、今となっては彼も念動力を持っているのでカッコ悪いとも思えますが』
アランは苦笑する。
「――言いたい放題、言いやがる」
と、仁はぼやいた。確かに念動力は保持しているが、仁の拙く弱い出力では、すぐに体力負けするのは目に見えていた。
しかし、サイコメトリでは対抗手段がないのも事実だった。
ここは定石通り、どうにかして相手の背後ないしは死角に回り込みしかない。
ソフィーの攻撃で辺り一面に砂埃が舞っていた。相手の居場所が分かりづらくなっている。見えないわけじゃないが捉えづらい。
今回のような試合形式での念動力にとっては不利な局面だ。他動力にしろ、自動力にしろ無駄撃ちすると体力に影響を及ぼしかねない。――膝をついてしまうと負けなのだから。
仁はサイコメトリにより相手の居場所を特定を始める。
しかし、能力の干渉が発生する。
同系統の能力による妨害である。おそらくエンパスだろう。彼女が仁とあったときに初めて見せたのもエンパス(送信能力)だった。
仁は相手の居場所が特定できないでいた。
能力が拙ければ、出力の濃淡で特定は可能だが、ソフィー・ウェイドは歴戦の猛者であり、強力な能力も持っていた。
自分の居場所を特定されるようなことは対策済みだろう。
「うん?」
仁は違和感を感じた。砂埃の巻きあがり方に微妙な変化を感じる。
――後ろだ。
ソフィー・ウェイドが後ろから襲ってくる。
「仕舞った」
彼女は空間跳躍系の能力も使えたのだ。
意表を突かれた。仁の技能では自動力が間に合わない。
しかし、すぐに冷静になる。
彼女の体躯は未就学児か小学校の低学年と変わらないのだ。
仁は身体をひねりながら一か八かの賭けに出た。
ソフィーの腕をつかんで地面にひっぱるようにぶん投げる。突進のエネルギーが回転に変わる。
能力というより、ただの身体能力(ちからまかせ)と体捌きである。
「うなっ」
ソフィー・ウェイドが呆気にとられる。超能力とはほぼ関係のない技である。
受け身はとれたが、地面に転ばされていた。
『試合終了ー』
審判の宮沢芽衣がコールする。
勝者は斎藤仁である。
訓練場の生徒達すべてが驚愕する。
『えーと、今のやりとりに関してどういう風に解説いたしましょう』
生徒会長の河北摩耶が困ったように言った。意外な幕引きだったのだ。
『第零世代の超能力者というのは超能力に対する対応は抜群です。それはこの試合をみても十分に納得だと思われます』
学園長のアラン・ホイルが口を開いた。
『ええ、試合開始から、その終盤まで能力に対する理解も、技能も全てで圧倒しているように思われました。これは誰も仁君が勝てないなと思ったでしょう』
『その通りだと思います。ただ仁君のような第三世代のサイコメトラは本来、まったく念動力系の能力が使えないのです。なので基本的に生身の対応を強いられるのが常ですよね』
『つまりそこに世代間の常識の違いがあったと』
『ソフィーからすれば、まさか超能力戦で体術だけ使ってくるとは思わなかったでしょう。熟練者ほど相手の能力の発動や癖を意識しますから』
『拙い能力よりその場の実利、ですか。サイコメトラの体捌きは無駄がなく、癖がないという特徴もありますしね』
『でも、それって第三世代の戦いをよく知っている人の常識なんですよね。古い零世代の能力者にはありません』
『なるほど。世代が離れているので気づけない、盲点でした』
『補足するなら、ソフィーも長いこと実戦を離れていますし、こういう試合形式には不慣れなところも多かったと思われます』
『実はそれぞれの能力に見合った公平な試合設定だったと』
『でなけば、流石に許可しませんよ』
アラン・ホイルは笑って言った。
『ただ、これが実戦だとしたら……』
『たらればに意味はありませんが、ルール無用になると逆に仁君が瞬殺されていますね』
「――納得いかない」
ソフィー・ウェイドはムスッとした顔でごねていた。
百歳を超しているはずなのに、どうも幼女の見た目に言動が引っ張られるらしい。
「ルールはルールですから。別にソフィー先生の威厳がなくなるとか、そういうのははないですから」
発起人である宮沢芽衣がなだめていた。提案した立場上どこかバツが悪そうだ。
「うーん。でも負けは負けだしな。仁は何を要求するんだ。聞いておらなんだが」
全く負けると思ってないあたりが流石だ、と仁は苦笑した。とはいえ、自分が勝つとも思っていなかった。
「では、念動力の特別講習でもお願いしましょうか」
仁は適当な落とし所として、そう言った。
ソフィー・ウェイドの性格上、何かを要求した方が丸く収まることは解った。
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