第12話 サイコメトラと訓練
――X大付属学園高等学校、室内闘技場。第三世代の念動力にある程度は耐えるよう、学園に常駐している念動力者と空間能力者によって設備を補強された室内だ。
室内使用は予約制で申請すれば学園の生徒ならだれでも使える。
学園の生徒はあるていど能力をセーブしているにせよ、室内外を問わずそれなりの強度が必要だった。
熟練の念動力者の特徴は近接戦では自動力を使い、距離が遠のくと他動力を使う。
自動力は性質上、物体の強度を上げることが可能だ。
そして仁のクラスメート、学級委員長の宮沢芽衣はどちらかというと自動力の方が優位な念動力者であった。
彼女が左肩を引くのを仁は確認できた。
――右の拳が飛んでくる。
念動力が弱い仁はその一瞬に右手に自動力を集中させて、彼女の右拳をいなす。ぎりぎりであるが仁の能力でも直接向き合わなければ、拳の進行方向を変えるくらいの力は発揮できる。
致命傷を避けた仁はそのまま右足に自動力を込めて彼女を転ばすよう試みる。
宮沢芽衣の左足首に蹴りを入れようとする。
しかし、出力に差があったし、念動力に関しては宮沢芽衣に一日の長がある。足場にも抜かりがない。
足払いを躱される。
仁は右足の勢いを殺しきれず、体勢をわずかばかり崩してしまう。
宮沢芽衣はそのまま強引に左拳を仁の顔にたたき込む。
「――うっ」
仁は防御が間に合わないことを自覚する。このままだと致命傷だ。
宮沢芽衣は拳が当たる直前で寸止めする。
仁はその場に腰が抜けたようにへたり込む。
完敗である。
「お復習いをしようか」
宮沢芽衣がふっと笑って言った。
「仁の動きは悪くはなかったよ」
監督役のソフィー・ウェイドが言った。
二週間前の例の模擬戦以降、彼女は仁に対して放課後の補習を行っている。
「無駄な動きがなさ過ぎる、それがまずい」
と宮沢芽衣は言った。
「というと」
仁はそれの何が拙いのかわからなかった。
「念動力者も身体がある以上は関節とかの身体構造上の制約はあるんだけど、本来の筋肉以上の動きが可能なの。ようは少々の無茶がまかりとおるのよ」
宮沢芽衣は実切れ人差し指をピンと立てて説明する。
「うん、だから仁のように骨格の動きをみることは重要なんだが、それだけじゃだめだね。本来の筋力以上の動きで微妙に身体の動きをずらされると意味がなくなるから」
ソフィ・ウェイドが補足した。
「あと、これは感覚的に念動力の速度にまだついて行けてないんだと思う。例えば私が殴り始めの初動をどこで確認した?」
「左肩の動きかな」
「本来はそこじゃないよね」
「まあ、できることなら下半身の動きや腰付近の稼働を見たいんだけど、念動力者と接近した場合はどうしても殴る場所付近に注意がいってしまうね」
仁は自分の動きを分析する。サイコメトリの補助があるとはいえ、単純な反応速度の問題がある。
「うーん、こればっかりは念動力者と近接戦を避けるサイコメトラの欠点かもね」
宮沢芽衣が言った。
本来、サイコメトラは近接戦はしない。近接戦の訓練や身体の鍛錬は一通行うが基本的にそれは逃げるためのものだ。
四月頃、仁が未登録の念動力者を制圧したのは稀なケースだ。
サイコメトラは戦闘向きではない。
「念動力戦では不適正だけど、まあ免許は純粋な能力の強さを見ているわけではないから。そこは問題ないか」
宮沢芽衣らしい口ぶりだ。彼女は物事をはっきりと言うタイプだ。
「――六月の試験には間に合いそうですか。三人とも」
学園長のアラン・ホイルが部屋に入ってくる。
「お疲れ様です。珍しいですね」
宮沢芽衣が言う。学園長は本来、こういう現場のような場所に顔を出すことはない。
――それにしては宮沢芽衣の口ぶりはフランクすぎる。
仁には真似できない芸当だ。素直に感心していた。
「あれ、三人?」宮沢芽衣が首をかしげる。
「あー、当たり前だけど第零世代の法律が無かった時代の超能力者が免許なんて持ってると思いますか」
仁はちくりとした言い回しをする。
「なるほど、なるほど」
宮沢芽衣は乾いた笑いを浮かべる。仁の言い方にトゲがあるのが彼女としては恐ろしいのだ。相手は零世代の超能力者である。
「これを機に免許を取ろうと思ってな。この学園で教師をするにしてもいつまでも超法規的な措置をとり続けるのもなんじゃし」
ソフィー・ウェイドが言った。
「座学とか大丈夫なんですか。法規とか」
仁は追撃する。
「勉強中だし」
ソフィー・ウェイドは拗ねたように言う。自覚があるのだろう。本来は百歳を軽く超えているはずなのに、仕草の一部が見た目(身体)の年齢に引っ張られている節がある。
そもそも彼女の身体がなぜ幼女の姿をしているのか、仁達は知らされていないのだ。
というか、そこをつつくといろいろ別の問題を内包していそうなので、聞かないようにしているし、仁もサイコメトリで探ることはしていない。
「それで、免許に必要なものは覚えていらっしゃいますか、皆様」
アラン・ホイルが言う。
「試験対策か?」
ソフィー・ウェイドが言った。
「実技対策でしょ」
仁が言う。
「面接(人格審査)対策」
宮沢芽衣が目を逸らす。
「違います。もっと根本的にあります。指定施設での三十二時間の教育訓練です」
「あー去年からそんなの追加されてましたね」
宮沢芽衣が思い出したように言った。
彼女がもっとも試験については意識しているはずだが、本当は三年次に受けるつもりでそこまで準備はしてなかった。
仁の補習に付き合っている間、ソフィー・ウェイドが学園長にどうせならと推薦したのだ。
要は現在、ソフィー・ウェイドが免許を持たずに教職についているので、それに代わる成果の一つとしての提案でもある。
「それって、学園内ではできないんでしょうか」仁が言った。
「超能力者育成校は指定施設になれませんので、実施ができないのですよ」
アラン・ホイルが説明した。
「それで、何をするんじゃ」
「超能力者保護施設(PCS)での超能力指導です」
「うん? 教育訓練とは。逆に指導しておらんか」
ソフィー・ウェイドは可愛らしく首をかしげる。
「この国は慢性的に超能力者の人手不足なんですよ」
「あー、まー。そのわりに……」
流石のソフィー・ウェイドもそれ以上は口にしなかった。
「要は試験を受けさせる代わりに奉仕活動をしろという話ですね」
宮沢芽衣が乾いた笑みを浮かべる。
「知っての通り、施設によっては能力者まかせにほったらかして、その結果、無茶をして自爆してしまうケースも多いですから。くれぐれも気をつけてください」
アラン・ホイルが念を押すように言った。
――笑えない話だ。自爆というのは能力者が能力を暴走させて、身体に過剰な負荷をかけてしまい死んでしまうことを言う。
「もちろん、皆様は念動力者としての登録なので、念動力を専門にしているPCSです」
「一番、荒れているとこじゃん」
宮沢芽衣が言った。彼女は念動力者なので内情はおおよそ理解しているのだろう。
「それで時期は」
仁が言った。
「週明けからです」
アラン・ホイルが言った。
「すぐじゃん」
宮沢芽衣が驚いた。
「連絡漏れですね」
仁はなんとなく察している。ソフィー・ウェイドに目を遣った。
「そうだったかな……」
ソフィー・ウェイドは笑って誤魔化す。
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