121話 何故か始まる腕相撲勝負


 食事を終えたばかりの胃の中に確かな満足感がじわじわと広がっていた。


(腹八分目……といったところか?)


 炭火焼きのステーキは若干焦げていたが、その香ばしさが妙に癖になる味だった。


 付け合わせのマッシュポテト? はホクホクとしていて、口の中で咀嚼する度に混ぜ込まれた香草の風味が鼻へ抜けた。


 食後に頼んだ飲み物のレモンセードの甘酸っぱさも喉に心地よく、乾いた体に染み渡るようだった。


 俺同様に食事を終えたアカリは落ち着いた様子でグラスを傾けており、ティアさんの方は五杯目の酒を空けて「ぷはーっ」と陽気に息を吐いていた。



「……うん、食った食ったぁ」



 ティアがそう呟いて椅子に背を預けると、くすんだ銀髪のポニーテールが肩の後ろでふわりと揺れた。


 しかし、豪快な食いっぷりだった。


 俺はテーブル上の皿を一瞥して、ナイフとフォークを綺麗に揃えた。


 キナコはテーブルの下で気持ちよさそうに伏せており、時折鼻をひくつかせて食したステーキの残り香を楽しんでいるかのようだった。


 食後の余韻、満ち足りた空気。だが──——。



「……なあ。あんたら、あの時の連中だよな?」



 不意に、隣のテーブルから声がかかった。そちらを向くと、二、三人の軍服姿の男たちがこちらを見ていた。


 テーブルの上には既に数本の酒の空き瓶があり、どうやら酒が回っているらしい。恐らく非番の軍人だろう。


 仕事中に飲んでいたとしたら、この街の治安が心配になってくる。


 その軍人の中の大柄な男が、にやついた顔でテーブルに肘をついて身を乗り出す。


「こないだの戦いの時に見た、あのデカい戦車と空飛ぶ鳥。あれ、お前らのだろ? すげぇ派手だったな」


「あぁ……ベヘモットと、カールのことか?」


 俺が少しだけ警戒を込めつつそう応じると、彼らの間に軽い笑いが起きた。


「ありゃあ見応えがあったよ。特にあの鳥の攻撃、空を飛ぶモンスターの群れをぶち抜いたのは凄かったぜ! まったくよぉ、おかげさんで俺らの出番が無かったじゃねえか。折角活躍できるチャンスだったのに台無しだぜ、へへっ」


「そうそう! でも、命拾いしたからいいじゃねえかよ。正直言うとさ、あんときゃ死ぬかと思ったぜ」


 冗談めかしてそう言いながらも、彼らの目には確かな感謝の気持ちが混じっていた。


 周囲の客たちが俺たちの会話に耳をそばだてているのがわかる。こちらを見る目が変わったようだ。


「――でもよ、お前さん自身はどーなんだ?」


 別のテーブル席に座る一際酔いが回っていそうな一人が、こちらに指を向けてきた。赤ら顔で、すきっ歯の男だった。その男が笑いながら言う。


「それはどういう……?」


「そりゃおめえ、その戦車と機械人形がすげぇって話だよ。お前はまあ、乗ってただけで大したことはねえってやつ? ふへへへっ!」


 口角を上げながら周りにはっきり聞こえるぐらいの声量でそんなことをのたまう酔っ払い客。


 冗談めかした口調だから、俺憎しで言っているわけではないだろう。気分は良くないがな。


「あぁ――」


「それは違うぞ」


 俺が口を開こうとしたその時、横から椅子の軋む音と共に、アカリが立ち上がった。


 低く落ち着いた口調だったが、眼光が鋭くなっている。


「マヒロは、ただの乗り手ではない。機械人形と生身で戦って、近接武器で仕留めるぐらいの力量がある」


「へぇ~、ほんとかよ? 惚れた相手だから盛ってるってだけじゃねえのか?」


 周囲から乾いた笑いが漏れる。その言葉を聞いたアカリから剣呑な雰囲気が漂い出す。このまま放っておくと喧嘩沙汰になりそうだ。



「アカリ、喧嘩はナシだぞ~。お前さんは手加減が下手なんだから、相手を殺しちまうぞ」



 ティアさんがテーブル席から半分身を乗り出して、面白そうに声を上げた。


「そんなにこいつの腕っぷしが信じられないんだったらよ……ここは一発、腕相撲ってのはどうだ? 殴るより平和的だし、見てる側も楽しめるだろ? それで確かめて見りゃいいさ、強いか弱いかをよ!」


 ざわ……と店内が騒めき、温度が数度上昇した気がする。他の客たちが一斉にこちらを見た。


 「いいねえ!」、「おもしれぇ!」、「やれやれっ!」——などと、周りの客が一斉に囃し立てる。


 酒で緩んだ脳にティアさんの挑発が心地よく響いたらしい。


 「なぁなぁ、誰かやれよ」、「腕自慢、名乗り出ろ!」──と、客のボルテージはどんどん上昇していく。


 おい……話がおかしな方向にいってないか⁉



「ちょっと、ティアさん……」


「ん~? だってよぁ、面白いじゃん。ほら、大した事無いって言われただろ? その程度の男に負けるのが怖いんなら、文句なんざ言うなってことよ! ふへへっ」


 ティアはにやりと笑いながら絡んできた酔っ払いを肘で小突く。その小突かれた男はムキになったようで、勢いよく席から立ち上がった。


「いいぜ、受けて立ってやろうじゃねえか! その力量ってやつを、今ここで見せてもらおうじゃねえか!」


「おーっし、テーブルどけろ!」


「おい、場所空けろ!」



 一斉に店内が騒がしくなる。椅子をずらし、テーブルを押しやる音、笑い声、ブーツの足音。


 俺自身のことなのに、どうして話が勝手に転がっていくんだ……。


 困惑しながらも、どこかで「まあ、ここで引くわけにもいかないよな」と、覚悟を決めかけている自分がいた。



 まったく、なんでこうなるんだ……。




    ◇




 ──どうしてこうなった……。


 俺は椅子をどけてなにも載っていないテーブルに肘をつけながら、心の中で思わず溜息をついた。


 そんな俺の心境とは反対に、店内は異様な盛り上がりをみせている。


 ティアが「祭りだー!」と煽ったもんだから、周囲の猟兵や軍人たちのほぼ全員が観客になっている状態だ。


 店の人に申し訳ないな。いや、ホント。



「勝ったやつにはマヒロが酒を奢るぞー! 好きなだけな!」


「……はぁ⁉ ちょ、待って――――」



 思わず聞き返すと、ティアは悪びれた様子もなく肩を竦めた。


「あぁん? 細かいことは気にすんなって。盛り上げる為には必要なんだよ。それに勝てば問題無しだ、そうだろアカリ?」


「そういうことだ、頑張れよマヒロ。私を嘘吐きにするなよ?」


 アカリは俺に怜悧な視線をくれつつも、ほんの少し口元を緩めている。


 ──まったく……冗談じゃない! こっちは休暇のつもりだったのに。


「……もうどうにでもなれって気分だな、こりゃ」



 やけくそ気味に呟いて、テーブルに肘をついて手を開いた。俺に疑問を投げ掛けて来た客──軍服を着ているのでこの街の守備隊所属なのは間違いない。


 その男はごつい腕をテーブルに置き、こちらを見据えている。太い腕、盛り上がった筋肉、年季の入ったタトゥー。


 いかにもな風貌であった。


「へへっ。悪いが本気でいかせてもらうぜ!」


「……お手柔らかに」



 さて――――。



 俺は相手と右手を組み合わせながら、ゆっくりと呼吸を整えた。


 自分の腕力に対して正直そこまで自信がない。普段から筋トレをしてるわけでもないし、筋肉モリモリマッチョマンというわけでもない。



 しかし――俺には体内を流れる身体強化ナノマシンがある。



 心の中で戦闘時のようにスイッチを切り替えるのを意識する。集中すると筋肉が内側から熱を持つように微かに震え始める――ような気がする。


 筋肉が、骨が、腱が、神経が、目視では見えないナノマシンで強化されていくかのようだ。



「――――両者、力を抜いて――――ファイッ!」



 審判役の合図で、勝負が始まった。相手は最初から全力でこちらを潰しに掛かってきた。


 しかし、こちらの腕はびくともしない。自分でも不思議な感覚だ、さほど力もいれていないというのに。


 相手は顔を赤くしながら必死に俺の手の甲をテーブルに叩きつけようとしている。その必死な様子を見て少しだけ口の端を上げる。


 そして少しだけ腕に力を込めてみる。スルリ――と、なんともスムーズに相手の手の甲がテーブルへと沈んでいった。


「──なっ⁉」


 トンッ――と、相手の手の甲がテーブルに静かにつけられた音と同時に、店内が騒ついた。



「おおっ⁉」


「嘘だろ、あんな細腕で⁉」


「お前が太過ぎなだけだろが! つーか、どうなってんだっ? 強化スーツでも着込んでんのか?」


「バカ野郎、着てるかどうか見りゃわかんだろ! ぜってー酒の飲み過ぎだろ!」



 俺は相手の手を放しながら、軽く息を吐く。相手の軍人は、なにが起きたかわからないといった顔で俺を呆然と見ていた。


 ──やっぱ、ナノマシンって凄いな。


 正直、俺も驚いてる。鍛えている軍人相手に、こうまであっさりと勝利するとは。


「だっせぇ~! さあ、ちゃっちゃと次いこうか!」


 ティアが笑顔で言い放った。完全に司会者ポジションだ。



「次は俺だ!」

「俺の方が腕っぷしは強ぇぞ!」

「アタシもやらせてもらうよ」



 次々と名乗り出る客たち――最初の軍人同様に立て続けに三人を返り討ちにして周りを驚愕させることになる。



 そして、五人目が名乗りを上げる。


「よっしゃ、次はあたしかな?」


 人垣を掻き分けて現れたのは、一際目を引く体格の女性軍人だった。



 ──デカい。



 それが第一印象だった。身長はたぶん百九十センチ近いだろう。アカリよりは低いが、確実に俺より背が高い。


 全体的にがっしりした骨格に、カーキ色のタンクトップがぴったりと張り付いている。全体的によく鍛えられていて、日焼けした肌には小さな傷跡がちらほら走っていた。


 腰には階級章の付いたベルトとサイドアーム、上着のジャケットを巻きつけており、迷彩柄の軍用パンツをブーツインしている。


 しかし、メスゴリラというわけではない。


 顔立ちは整っていて、目鼻立ちがはっきりしたクール系の美人だった。


 髪は赤紫色でツーブロックにしていて、強気な吊り目が印象的だ。ゴツイ見た目だが、やや濃いメイクのせいかゴツさの中に色気を纏っているように見えた。


 彼女の左右の耳に一つずつ付けられている金属製のピアスが、酒場の照明の光を鈍く反射していた。



「八洲地方軍オールドヤード守備隊──歩兵部隊、フェリシア・クラルス軍曹。あんたの活躍、現場で見ていたよ」



 そう名乗って、俺に向かってニヤリと笑った。


「でもね、現場じゃ腕っぷしの方がモノを言うこともある。あんたの力、確かめさせてもらうよ?」


「あ、はい……まあいいけど」


 ──やれやれ、また強そうなのが出てきたな。


 俺はテーブルに肘をつきながら、ちらりとティアとアカリを見た。二人ともさっきから面白がってニヤニヤしっぱなしだ。おのれ……。


「マヒロ、がんばれよ〜。軍曹は結構強いぞ?」


「負けるんじゃないぞ、マヒロ! もし負けたら私が仇を取ってやる!」


 アカリの言葉に俺は苦笑しつつ、気持ちを切り替えて集中した。


 フェリシア軍曹の手は大きく、がっしりとしていた。皮膚が厚く、掌には訓練でできたであろうタコがあちこちにある。


 彼女の腕から伝わってくる圧力は他の酔っ払いの連中とは違う。一人目の軍人以上の、訓練された兵士の力というものを感じさせた。


「本気でいくよ、坊や」


「……どうぞ」


  ──ガチッと手を組んだ状態で互いの腕がテーブルの中央で固定される。周囲の観客が騒めき、審判役がカウントを取る。


「レディ──——ファイッ!」


「おらぁっ!」


 初動から、フェリシアは一気に押し込んできた。その瞬間、周囲の空気が変わった。



 ──重いな、前の奴らよりは。彼女が本気で勝ちに来ているのがわかる。


(だが……)


 俺は集中し、体内に流れるナノマシンを急速に活性化させていく。筋肉の内部から微かな熱が湧き上がり、骨と腱の芯が締まっていくかのような感覚——。


「へぇ、なかなかやるじゃない……のさっ!」


 フェリシア軍曹が歯を剥き出しにして笑った。だが、彼女の手はじわりじわりと下がっていく。


「ちょっ……⁉ ぬっ……ぐぅ!」


 俺は少しずつ力を込めていく──身体強化ナノマシンが筋出力を更にブーストする。


 フェリシア軍曹の強靭な前腕がそれに必死に抵抗するが、ゆっくりと、音も無くテーブルに手の甲が押し付けられた。


「ッ……く、そっ!」


 ドンッ――と、フェリシア軍曹が悔しそうにテーブルを叩く。勝負は終わった。


「勝者、マヒロォォッ!!」


 勝負がついた瞬間、酒場中が拍手と歓声に包まれた。フェリシア軍曹は深く息を吐き、俺の手をグイと握り直した。



「……参った! あんた、とんでもない坊やだね。見かけに騙されたよ、言い訳にならないけどね」


「いえ、なんとか勝ててよかったです」


 俺が苦笑すると、フェリシアはカラカラと笑った。そして、俺の耳元で囁くように言う。


「いい腕っぷしだ。今度、ウチ隊舎に顔出しなよ。あたしらの小隊は全員女でね、アッチの方で歓迎してあげるよ」


「……ははっ、お気持ちだけ受け取っておきます」


「そいつは残念だね。まあ、いいさ! 溜まったらいつでもヌいてあげるよ」


 そんなことを言いながらフェリシア軍曹はテーブル席から離れ、部下っぽい女性軍人たちの下へと戻っていった。


 ティアが「やるじゃんっ!」と叫び、アカリが「もう一人くらいは相手できるか?」と挑発気味に肩を叩いてきた。




    ◇




 まさか昼飯を食べに来ただけなのに、ここまで注目を集める羽目になるとは思ってなかった。



 先程からオールドヤード東側にある酒場『ミスティ・キャット』の中はちょっとしたお祭り会場と化していた。


 何がどうしてこうなったかといえば、元凶は目の前でビールジョッキを片手に呑気に笑っているティアさんだ。



「勝ったらマヒロが好きなだけ酒を奢るってよ〜〜! さぁさぁ、腕に自信のある奴は挑戦しろぃ!」



 そうやって周りの客を散々焚きつけておいて、後は知らん顔で酒を飲んでいる。隣のアカリも止めてくれればいいものを……。

 

 俺?——俺はといえば、もう半ばやけくそだった。



「……ったく、なんでこんなことに……」



 ナノマシンを使って身体能力全般を底上げしているのだが、別に自らの力を誇示したいわけじゃない。なのに、気づけばもう五人もの対戦相手を倒していた。


 相手は猟兵や屈強な軍人で、誰もが腕に自信がありそうな連中だった。俺が勝つ度に相手の顔が鳩が豆鉄砲を食ったようになるのがなんだか申し訳なくなってくる。


 ナノマシンの力でズルしてるみたいだからな……。


 しかし、そろそろこのバカ騒ぎも終わりにした方がいいだろう。


 店側のことも考えて、次の挑戦者で最後というになった。もう十分迷惑かけちゃったよな、これは。


 そして、そんなことを考えている俺の前に六人目——最後の挑戦者が現れた。



 ―—現れた男は気配が違った。



 静かに、そして自然に人垣を掻き分けて現れたその男は、まるで風が滑り込むみたいに音もなく立っていた。


「……最後のようだが、いいかな?」


 その声には無駄がなかった。落ち着き払っていて、酒場の喧騒の中でもよく声が通った。


綱島つなしまレイジ。フォートンから仕事で来ているC級猟兵だ」


 名前に聞き覚えはなかったけど、周囲からどよめきが漏れた。「おい、アレってよ……」、「ああ、サイボーグじゃねえか」と客の小声が飛び交う。


 相手を見ると、体の各所には補助装置の様な物が埋め込まれていた。右腕は完全に機械製の義肢、関節部には冷却フィンが突き出ており、ほんのりと周囲に冷気が漂っている。


 首筋には小型の排熱ユニットが露出し、左目は義眼――いや、センサーそのものだった。


 だが、不思議と「怖さ」は感じなかった。威圧的なところが一切ない。むしろ、静かで、理性的な雰囲気を漂わせていた。


(かなり強そう……サイボーグだから当然か。うーん、こいつは負けかなぁ……)


「君がマヒロ・アカギか。街の防衛時の噂は聞いている、よろしく頼む」


 そう言って手を差し出してきた。見た目のゴツさとは違い紳士的なようだ。


「……ああ、こちらこそ」


 差し出された機械の手の感触は冷たく硬質だったが、彼の目は確かな熱を持っていた。


 できればケガ無く終わりたいものだ、手加減とかしてくれないかなぁ……?



「よぉし、これが最終戦!――どっちが勝っても恨みっこなし──——ファイッ!」



 そして始まる勝負。


 その瞬間——俺とサイボーグ猟兵の綱島レイジ、双方の力が激しくぶつかり合い、彼の方に傾く……筈だった。


 だが、動かない――全く。


 ギシ……ミシ……と、頑丈そうなテーブルの軋む音だけが店内に響く。その光景に周りの客が徐々に騒つき始める。


「おいおい、生身相手だから手加減してんのか?」


「いや、あれは……ガチか? 冗談だろ、相手はサイボーグだぞ⁉」


「やっぱり強化スーツだよ!」


「だから、それは無いって言ってんだろ!」


(瞬殺されるかと思っていたけど、意外にイケるもんだな……)


 始まる前はビビっていた。なんせ相手はサイボーグ、いくら身体強化ナノマシンを駆使してもスペック的に劣っているだろうと思っていた。


 いたのだが、こうして力を込めて相対してみると――——。



(……そうでもないな。まさか手加減されて?——いや、それは無いか。相手は真剣そのものだ)



 彼の力は確かに強い、人が生身で出せる力を超えているのだろう。でも、思っていたほど圧倒的な感じは受けなかった。俺の主観だが……。


(いや、これは……)


 最初の拮抗は俺がビビっていたせい。そして、相手が油断ではなく様子見していただけのこと。


 だが、その状況が変わった。


「……っ、ぬぅ……!」


「…………」


 鋼島さんの義眼の奥が僅かに赤く瞬き、機械の右腕に力が入る。様子見は終わり、機械腕の出力を上げて仕留めに掛かるつもりなのだろう。



 だが、それでも――――。



 俺は全身に駆け巡るナノマシンを今まで以上に活性化させ、手に、腕に全神経を集中して力を込めた。



 そして――――。



 勝負はあっけなく終わる。ガシャッという硬質な音を立てて、対戦相手の義手が勢いよくテーブルに沈んだのだ。


 その瞬間、酒場が静まり返った。やがて、ティアさんの爆笑がその静寂をぶち破る。



「くっ……ははははっ! 勝った! マヒロがサイボーグに勝ちやがったぁぁ!」


「うっそ……だろぉ⁉」


「ホントに生身かよ、強化スーツ……いや、サイボーグじゃないのか⁉」


「女の言ってたことは本当か……」



 店内を歓声とどよめきの嵐が包んだ。


 周りは大盛り上がりだが、俺は正直気まずい。だってこれ、完全に騒動になっているからな。


 居心地の悪そうな俺を他所に対戦相手の鋼島さんはテーブルから離れて、無言で自分の右の機械腕を点検していた。


 そして肩を竦めて微笑む。


「……参ったな。勝つつもりでいたんだが、まさか負けるとは……いや、見事だった。良い土産話ができたよ」


「……どうも」


 額の汗を拭きながら、俺も苦笑いで返す。


 俺も「勝てるとは思っていなかったです」――とは言えなかった。あっさり勝っておいてそんなこと言われたら絶対嫌味と取られるよな。



「うん、ちょっと騒ぎすぎだよな……」


 騒つく酒場の中で、俺はボソリと呟いた。


 周りの客は騒ぎながら酒を注文し、店の奥では店員がやや困ったような顔で給仕をしている。


(こりゃ迷惑料でも払わんとまずいか。まあ、金は有るしな)



「あーっと…………ここに居る全員に酒を奢るよ。店への迷惑料ってことでな」



 携帯端末を取り出し、会計で千クレジット分を店の端末に転送した。俺たちの食事代込みだな。


「よっしゃあああ! オゴリだぁぁぁ!!」


 俺の言葉を皮切りに、酒場は一気に宴会モードに突入した。そこにティアが「やったー!」とグラスを掲げて参加しようとするのを見て、俺は彼女のジャケットを掴んで止める。



「ティアさんはダメ。周りを焚きつけた罰だよ」


「えぇぇぇ⁉ なんでだよっ!」


「くっ、残念だったなティア。タダ酒はお預けだ、さっさと店を出るぞ!」


 ボヨンボヨンと爆乳を揺らしながらむくれるティアさんの背を軽く叩きながら、アカリは俺と顔を見合わせる。


 その顔は実に愉快そうだった。



「しかし、なんでこうなるかねぇ……」


「ワゥ……?」


 予想外の出来事だったが、まあ楽しかった。けど、ちょっと騒ぎすぎだよな。不思議そうに首を傾げるキナコの頭を軽く一撫でしてやる。


「……さて、と! 腹も膨れたし、そろそろガレージに帰るとするか」


 俺たちは入店した時より大賑わいのミスティ・キャットを後にし、駅前通りを西に歩いてガレージへ戻っていった。


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