120話 オールドヤード東側を散策中
太陽は高く昇り、灰色の高層集合住宅群に柔らかな光を落としている。
街の東側に足を踏み入れるのは、これが初めてだ。
瓦礫と廃材が混在する南のスラム街とは違って、東エリアは街としての体裁を保っていた。それは他のエリアにも言えることだが
東西を貫く舗装された広い通り。一定間隔で建てられた街路灯、その足元には北側の市場ほどではないが屋台や物売りの影がちらほら見られる。
ボディアーマーを装着したキナコが興味深げに鼻をヒクつかせながら先頭を歩いていく。今日の背部兵装はスナッチャーと呼ばれるテーザーガンのみだ。
その後ろを歩く俺の隣を、アカリは長く紅い髪を揺らし、長い脚を伸ばして悠然と歩を進めていた。
彼女は身長も歩幅も俺より大きい。普通なら置いて行かれるところだが、歩幅の小さいこちらを気遣って合わせてくれているので横並びで歩けているわけだ。
(まあ、アカリの身長は百九十以上あるからなぁ。それに比べて俺は百七十五ぐらい……そりゃ歩幅も違うわな)
そんな彼女はとても目立つ。グラマラスな体型の女性が黒いボディスーツ姿なんだ、目立つのは当然だ。
周囲の視線を浴びている当人はまるで気にしていないが。
「中央と同じ様に、こちらのエリアも整っているな」
「駅や駐屯地が近いからだな。歓楽街もあるし、治安維持にも力が入るというものだ」
確かに、巡回中の軍人が通りのあちこちにいる。
一部の軍人などは体の各所がサイボーグ化しているようで、銃火器を肩に下げて商店の影から周囲を見張っていた。
彼らはこちらに干渉する様子はなく、キナコが兵士の前をトコトコと歩いて通っても軽く視線を流すだけだった。
口元には若干の笑みを浮かべていたが、犬好きなのだろうか?
俺たちはそのまま通りを東に歩いていき、やがて駅前に辿り着く。
駅舎は煉瓦とコンクリートを合わせた二階建てで、壁面に生々しい砲撃痕らしきものが残っている。
列車の発着は日に数回のみ。東の砂漠地帯の北端を縫う様に、貨物と旅客の輸送を行っているらしい。
東にあるウェイブシティーとの貴重な輸送ルートであり、警備もそれ相応に厳重だ。
今日は駅を利用するわけではないので見物はこれぐらいにし、他の場所に移動する。
駅の手前には繁華街と歓楽街があり、食堂、酒場、古着屋、修理屋、そしていかがわしい娯楽施設――等の各種店舗が同じ通りに軒を連ねている。
「ほら、あっちの看板を見てみろ。派手な見た目だが一応は宿泊施設だぞ」
「うーん、ネオン看板はまだ点灯していないが……どう見てもそっち系のホテルにしか見えないな、ありゃ」
「……まあ、連れ込み宿的な側面もあるな」
「そうか……あ、あの『エンジェルキッス』っていう店はなんなんだ? ピンクのハートマークがやたらと強調されているようだが」
「……私は行ったことが無いから知らんが、アレ系の店だろ? まだ営業していないようだ、残念だったなマヒロ」
アカリが口元を隠さずにクスリと笑う。
「べっ、別にそれ目当てで来たわけじゃないっての! ほら、次行くぞ!」
まあ興味は有る、文明崩壊世界のエログッズはいかがなものか?——ってな。
その後もなにかにつけてからかってくるアカリをあしらいつつ、大通りから少し離れた集合住宅街を見渡した。
五階建て前後の建物が並び、どれも補修の跡が目立つ。ベランダには洗濯物と一緒に武器のパーツが吊るされていたり、子供用の塗装の剥げた自転車が建物同士の隙間に突っ込まれて放置されていたり――住んでいる者たちの暮らし振りが伺えるようだ。
「……で、これからどうする? 散歩だけじゃ退屈だろう?」
「そうだなぁ……あそこに食料品店があるだろ? 少し覗いてみないか、アカリ?」
「ふむ、いいだろう。行くぞ、キナコ」
「ワフッ」
キナコとアカリを引き連れて訪れた建物の出入り口上には『オールドヤード・第二補給支所』という簡素な看板。
アカリ曰く、守備隊の補給部隊が運営している食料販売所らしい。
店の外観は金属パネルで補修された粗末な箱型の建物。その入り口の自動ドアは壊れており、手動で押して開ける形式になっていた。官営なのにそれでいいのか?
店内に入ると、ヒンヤリとした空気と一種の混沌が俺たちを出迎えてきた。
陳列棚には大量の缶詰、乾物、真空パック商品が並んでいる。そのどれもが旧世界のラベルを剥がし、簡素な紙ラベルが貼り直されているらしかった。
客の入りはそこそこ。
装甲ベストを着た猟兵風の女性が惣菜コーナーで買い物カゴ片手に商品を物色していた。おかずでも買いに来たのだろうか……。
俺も他の客に倣って商品を見てみるが、その名前はどれも妙ちくりんだ。
メトフィッシュ・ジャーキー、ダークマッシュ・スープパック、乾燥カボチャモドキ、培養肉チップ(燻製風味)、栄養パスタモドキ(青色)——等々、食指が動かない物ばかりだ。
最後の青パスタはないだろう、青パスタは。売る気があるのだろうか?
「……やたらとモドキが多くないか?」
「高級な本物なんて手に入り辛いんだから仕方ないだろうな。大抵は変異生物産か合成品だ。あのパスタモドキとかはまあまあ美味いぞ? 歯応えもあって腹が膨れる」
「そりゃ、それで育ってるアカリはな……」
ヤバ気な気配を放つ棚を離れて、俺は奥にあるスナック菓子コーナーに向かった。
淡い希望を抱いて、だ…………しかし、現実は甘くはなかった。
棚に並んでいるのは、人工イモチップ(ケミカル塩味)、フリーズドライ・虫パフ、偽酵母せんべい(仮)——等々、名前を見ただけで胃がキリキリしてくるような物ばかり。
旧世界のポテトチップスなど影も形も無かった。何処かにはあるんだろうが、やはりそう簡単には見つからないか。
もっと大きな都市の食料品店、或いは地道に遺跡潜りをした方がいいだろうな。
「ふふふっ、掘り出し物はあったか?」
「……この顔を見りゃわかるだろ。絶望的だな」
「くくっ! そいつは残念だったな。まあ、帰ってカーブでも食べて満足することだな」
アカリが悪戯っぽく笑い、手慰みに持っていた買い物カゴをポイと元の場所に戻した。
結局なにも買わずに溜息をつきながら店を出ることになった。
「ワフ……」
「待たせたな、キナコ」
外に出てみるとキナコの鳴き声。
食料品店ということでなにか言われるかと思い、キナコは最初から入り口の外で待機していてもらった。
出入り口から出て来た俺の顔を見上げた後に「クゥーン」と鼻を鳴らして近寄ってきた。
「……なんだ、キナコ。俺を慰めてくれるのか? ありがとうな」
曇天のような気分を背負いながら、俺は再び通りを歩く。日差しは暖かく、どこか間延びした平和な時間が流れている。
次はもう少しマシな物がある店に行くかと思い、店の前から移動する。
「やっぱり旧世界のポテチは無かったかぁ……」
「ん…………おぉ?」
若干肩を落として通りを歩いていると、俺の視界に誰かが躍動感たっぷりにいきなり割り込んできた。
「おおおぉっ⁉ どっかで見た顔だと思ったら、やっぱりマヒロじゃねぇかーっ!」
「……ティアさん?」
まず目に飛び込んできたのは健康的な褐色の肌と、くすんだ銀髪の豪快なポニーテールだった。
彼女は乱雑に束ねられた髪が揺らしながら満面の笑みで近寄ってくる。
豊満な胸を包んでいる薄手の白のタンクトップの裾からは引き締まった腹筋がちらりと見え、その上に着ているグレーのジャケットの前は開いたままだ。
ていうか、閉まらないんだろうな……あの爆乳じゃ。
下はデニムのホットパンツで、生足に膝下までの頑丈そうなブーツを履いている。
そして腰のガンベルトのホスルターからは使い込まれた自動拳銃が顔を覗かせていた。
ティア――以前、宿で知り合った陽気でパワフルなC級猟兵だ。街を襲撃してきたモンスターからの防衛戦で肩を並べて戦った一人でもある。
「へー、奇遇だな。あたしも今日は休みなんだよ! 他の二人は宿に残ってるけどさ、あたしは退屈で街をブラブラしてたんだよ」
ティアは俺に近寄ってきて肩をドンと叩いたかと思うと、勢いよく片腕を引っ張ってきた。バランスを崩した俺の体に、柔らかな彼女の胸が押しつけられる。
「ちょ、ちょっと! 引っぱらないでもらえません⁉」
「いいじゃねぇかよ、せっかく会ったんだし……そうだ! あたしと一緒に飲みに行こうぜ! この辺にぃ~、良い酒場があんだよなぁ。料理も酒も美味い――ほら、アカリもいるし、最高の組み合わせってやつよ!」
「はぁ……昼飯を酒場でねぇ……」
なにが最高なのか謎だが、昼前なので丁度いいか?
アカリは小さく溜息をついたが、特に嫌がる様子もなかった。この様子だと、あの豪快なノリにはもう慣れっこらしい。
「なに? 嫌なのか、あたしと飯行くの?」
「そうは言ってないですよ。まぁ丁度飯時だし……わかりましたよ」
「よっしゃ! じゃあ善は急げだ、行くぞー!」
俺はティアさんに腕を引っ張られたまま苦笑して言った。彼女はそれを聞くや否や、嬉しそうに破顔して親指を立てる。
「よーし、それでこそ男だ! んじゃ、あそこの『ミスティ・キャット』に行こうぜ。昼メニューは肉がウマいぞー!」
「ワフッ!」
そう言ってティアさんはぐいっと俺の腕を引っ張り、抱えたまま歩き出す。アカリがそれに続き、キナコも尻尾を揺らしながら俺たちの後を追ってくる。
こうして俺たちは、陽気で元気過剰な猟兵のティアさんに引きずられるように、街の東側の酒場へと向かうのだった。
◇
東側大通りに面したその店構えは見慣れた打ちっぱなしコンクリートに錆びた金属が継ぎ接ぎされた様な、いかにもこの世界らしい外観をしていた。
金属製の扉は常に開け放たれており、中からは低くざわめく声と食器の触れ合う音、そして焼いた肉の香ばしい匂いが漏れ出ていた。
『ミスティ・キャット』——ティアさんは酒場と言っていたが、昼間は食堂のような雰囲気だな。
店内は思った以上に広く、天井は高め。木と金属の混成で造られた家具が雑然と並ぶが使い込まれていて良い味が出ている。
テーブルや椅子は手製の修繕痕があちこちに見え、壁には古びたポスターや猟兵の手製と思しき記章が飾られていた。
薄暗い照明の下、酒瓶が並ぶカウンター越しに無表情で無口そうな中年女性バーテンがグラスをゆっくりと磨いている。
昼時ということもあって、酒を片手に食事を楽しんでいる者たちの賑やかな声が店内を満たしていた。
軍服を着た兵士、背中に武器を背負ったままの男性猟兵、肩部分に焼け焦げた跡が残る防具をつけた女性猟兵。
まるで、酒と飯で満ちた戦場のオアシスみたいな空間だった。
「ほら、あそこのテーブルが空いてるぞ?」
入店したティアさんが軽快に足を進め、窓際のテーブル席に座る。俺とアカリもそれに続いた。
キナコについては無事に入店が許可され、テーブルの下でお行儀よく伏せをする。
窓側の席にティアさんが乱暴に腰を下ろして直ぐに手を挙げて店員に声を掛ける。もう注文するのかと思いつつ、俺も急いでメニュー表を見て注文する料理を決める。
「なあ! スモークミートの盛り合わせと、ラスト・ビア! 冷えてんの持ってきてくれ!」
「盛り合わせ……一体なんの肉だ?」
対面に座る俺が思わず聞き返すと、ティアさんはニヤリと笑った。
「なんのって、色々だよ。変異だったり合成だったりの肉とか? スモークされてるから臭みも飛んでて美味いんだよ。見た目が独特の奴もあるけど、慣れればイケるって!」
「いや、俺は遠慮しとくよ……」
俺の隣に座るアカリはといえば、ティアの注文に触発されたのか、素早くメニュー表を見て料理と酒を注文していた。
「じゃあ、私は……これだな。ギャロップ肉の厚切りステーキとポルクビーストの煮込み、それとスチームキノコのマリネ。酒は……このレッド・ワインというのにしてみるか」
「えぇ、アカリまで酒飲むのか……?」
俺は思わず眉をひそめる。おいおい昼間だぞ、昼間。
「いいだろう、ちょっとくらい。歩いて汗をかいたしな。昼からだって飲む時は飲むものだ、ふふっ」
アカリが小さくウィンクしてくる。美人だから凄く絵になる。俺が尚も言い返そうとした時、ティアさんがテーブルを軽く叩いて一喝する。
「こまけえことはいんだよっ! まあ付き合えって言わねぇから安心しなって」
「……飲み過ぎないでくれよ、アカリ」
俺は溜息をつきながらも、ソフトドリンクのグリーンスパークと、無難そうなギャロップ肉の厚切りステーキ、オリオール豆のスープというのを選ぶことにした。
メニューには他にも、バイオチキンの藻塩焼きやタンク・バグのグリル、ミュータントセロリのサラダ等々、目を背けたくなるようなラインナップが並んでいる。
どの店にも似たような料理があるとのこと、文明崩壊後の食文化の一端を伺えるメニューだった。
ちなみ、キナコは俺が頼んだステーキ肉を頼んでおいた。多分足りないかもしれないが、その時はちゃんと教えてくれるだろう。
さて――注文が済んだところで俺はおもむろに携帯端末を取り出し、セラスにメッセージを送った。
(昼食は外で済ませる。戻りは午後になるかも————っと……これでよし)
数秒後、セラスから「了解しました、お気をつけて」という、いつも通りの返事が届く。
携帯端末を仕舞うとアカリがこちらをチラリと見て、くすりと笑った。
「マメだな。心配性のアンドロイドが居るから仕方ないか」
「茶化すなって、そういうのじゃないよ」
ティアさんは対面の席で足を組んで、くつろぎモードに入っていた。腕の筋肉が自然に浮き出て、ポニーテールが椅子の背にもたれてゆらゆらと揺れている。
その姿からは日常の穏やかさと、いつでも戦場に戻れるタフさの両方が感じられた。
「……んで? さっきも聞いたけど、お前たちは今日は暇してんの?」
「ええ。色々とガレージでの仕事をセラスたちに任せている間、俺たちは待機ってことで――」
そして料理が届くまでの間、ティアさんと談笑をしたり店内をぼんやりと眺めていた。
角の席では、猟兵同士がなにかの取引の話をしているようだった。
端末を交えたやり取りの中で「外れ」とか「地下エリア」なんて単語が漏れ聞こえてくる。
店員たちはみな機敏に動き、無愛想ではあるが手際が良い。猟兵崩れ? それともスラム上がりか? どちらにせよ、荒事に慣れていそうな面構えだ。
その中でも一際目を引いたのは壁際に設置された金属製の掲示板だ。昼の内は使われていないが、夜にはここに『依頼』が貼り出されるというのだ。
協会を通さない、個人依頼というやつだ。こういう依頼方法もあるらしい。
「――――お、来た来た! お待ちかねの料理と酒だ」
そう言ったティアさんの視線の先、料理が湯気を立てながら運ばれてくる。
「美味そうだな、いただきまーすっ!」
テーブルに料理が並べられた途端——ティアさんは豪快に肉に齧り付く。アカリも即座にステーキ肉を切り分けて口に運び、ワインで乾杯をする。
「マヒロは食べないのか?」
「ん、そうだな。ガツガツしないで俺は自分のペースで食べるよ」
「ふっ、そうか」
俺は切り分けた厚切り肉を噛み締めながら、目の前の二人をチラリと見る。
戦闘のない平穏な時間、静かな昼下がり。だが、ここが文明崩壊後の世界だということを、この荒々しくも活気のある酒場が感じさせてくれる。
俺はグラスの中の薄緑色のソーダ水を一口飲み、注文した料理を黙々と食していくのだった。
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