119話 二十四日目 解析と修理、そしてお出掛け


 崩壊世界二十四日目の朝が静かに訪れた。



 薄っすらと意識が浮上してくる。


 瞼の裏に差し込む微かな光。地下でありながら、太陽の動きに合わせて調整されている照明の朝モードの光だ。



「……ん……」



 俺はゆっくりと目を開けた。キングサイズのベッドの中央、なにか柔らかなモノに包まれている感覚。


 隣を見ると、そこにはいつものように――いや、いつも以上に豪快に眠る紅髪の女性、アカリの姿があった。


 大の字——もとい、潰れたカエルのような体勢だ。白いシーツに体が隠れているが、よく鍛えられた瑞々しい、むしゃぶりつきたくなるような魅力的な太ももが丸見えになっている。



(……休みだからってヤリ過ぎだよ。誰が、とは言わんが)



 思わず、昨夜の激戦がフラッシュバックする。


 それは、例えるなら野球のナイター。挑発的な視線と、扇情的なユニフォームにこちらの戦意が否応なく掻き立てられた。


 そして試合開始と同時に、挑発を喰らった俺に対してアカリの怒涛のフルスイング。先制点はまさかのアカリの方だった。


 多少面食らったが、こちらも負けじと応戦。連打に次ぐ連打。逆転、再逆転、そして両者もつれあったまま中盤へ突入。


 途中、セラスの乱入で試合は三つ巴状態になってしまった。そのセラス以外、体力の限界を超えた攻防。そして、息も絶え絶えのまま迎えた最終回。


(……スコア? うん、16-8くらいで俺の勝ちかな、結局ダブルスコアだった模様。それと、この後の対セラス戦の結果? それは言うまでもない)


 腕を伸ばして欠伸をしながら、ふと視線をアカリの寝顔に戻す。彼女の唇が少し開いて、うっすらと寝息を漏らしていた。


「ふふ……マヒロ……まけにゃぃ……」


 寝言か……まだ夢の中にいるみたいだな。


「……先に行ってるぞ」


 軽く笑いながら、そっとベッドを抜け出す。何故か足元に落ちていたバスタオルを拾い、腰に巻きつける。


 昨日の遺跡での戦闘、ヌイグルミ集団とカール、重力踵落としとその後のモンスターの命名――それらを思い出しながら風呂場へ向かった。




    ◇

 



 風呂でさっぱりした後リビングに入ると、そこには香ばしい匂いが漂っていた。


 セラスが用意していたのは、ジャンクスパイスで味付けした山盛りの合成タンパクのソーセージ、再生野菜を添えたオムレツ、スープ、自作した生地を使ったコッペパンだ。


「おはようございます、マヒロ様。昨日はおたのしみでしたね」


「リビングでそういうことは言うなって……」


 クラシカルなメイド服姿の無表情なセラスといつ通りのやり取りをする。そんな彼女の手際は相変わらず完璧だった。


 俺がリビングに来る時間を計算しているのだろう、出来立て熱々の俺の分の料理が既にテーブルに並べられている。


 そのテーブルでは既に澄実香がソファーに着席していた。背筋を伸ばして姿勢よく座り、空になった皿を前に湯気の立つカップを手にしている。


 ちなみにキナコは床で、カールはテーブル上で食事中だ。



「……ん……おはよう、マヒロ君。今日もいい朝だ、地下だけどね」



 彼女の探るような視線が、俺を捉える。


 その時、一瞬だが微かに目が細められ、唇の端がきゅっと引き締まるのを確かに見た。


 だが直ぐに何事もなかったかのように表情を戻し、いつもの淡々とした口調が返ってきた。


「ああ、おはよう澄実香」


 俺がソファーに腰を下ろすと澄実香は俺から目を逸らし、カップの中に視線を落とした。


 ……なんだか様子がおかしい。


 ほんの僅かだが、ケモ耳がピクピクと左右に忙しなく動いている。頬もほんのり朱が差していた。



 ――あの音、まさか聞こえていたか?



 昨夜の試合、いくら防音されているとはいえその遮音にも限界がある。特に、アカリが何かと声が大きい――というか、五月蠅い。


(……いや、反省すべきは俺か?——もっと離れた部屋を用意しなかったセラスが悪い?……うん、三人共だな)


 そう思いながら、テーブルに置かれた朝食に目を向ける。セラスが用意してくれた食事は文明崩壊後の世界にしては豪華すぎるほど整っていた。


 湯気を立てるポタージュスープをスプーンで掬って口に運ぶ。味、香り、舌触りも、かつての記憶に近い。



「昨日、色々あったわけだしさ…………しっかり食べて、体力を維持しないとね」



 朝食を食べ終わった俺に対して澄実香はそう言い、微笑を浮かべようとして途中でやめた。


(アレを聞かれていたとしたら、そっちの意味に捉えてしまうな……)


 彼女の性格からして、昨夜のことをわざわざ詮索したりはしないだろう。


「……今日は記録媒体の解析。それと、テッド・ランチャーの修理もやらなきゃね。やることが沢山だ!」


「ああ、よろしく頼むよ」


 俺がそう答えると、彼女は頷き、少しだけ深く息を吐いた。


 その仕草は、どこか自分自身を落ち着かせようとしているように見えて――少しだけ、申し訳なくなった。



「澄実香様の先程からの反応を見るに、昨日の試合の音を聞いてしまわれたようですね。随分とお耳がよろしいようで――ちなみに誰の声が一番大きかったのでしょうか?」


 おいバカやめろ⁉ 聞かずにスルーしようと思ってたらこれだよ……。


「えっ……それは決まってるじゃないか。ア――――」


 アカリ――と澄実香が答えようとしたが、その名前が口から出ることは無かった。


「――ん? なんの話をしているんだ? まあいい。セラス、私の分の朝食も用意してくれ」


 俺より遅く起床した風呂上りのアカリがリビングに入ってきたからである。流石に当人の前でそんなことは言えないよな。


 疑問に思いつつも朝食を豪快に食べるアカリを見ながら、俺たちは食後のお茶を嗜むのであった


 そして床ではキナコが眠そうに尻尾をぱたぱたさせながらごろりと寝そべり、カールはいつも通りテーブル上で食べ過ぎてダウン。


 穏やかだが、どこか微妙な空気が流れる朝だった。





    ◇





 朝食を終え、住居の中に緩やかな時間が流れていた。



 セラスは手際よく食器を片付けながら、すでに今日の工程を頭の中で組み立てているようだった。


 そして、澄実香は背伸びを一つして飲みかけのカップを持って立ち上がる。


「さて、と! そろそろ私たちは作業に入るかな。必要な機器は今すぐ使える状態かな?」


「はい、ガレージ内の機器は全て動作確認済みです。テッド・ランチャーの機体と回収した部品は倉庫内です。後で搬出しておきます」


 セラスが食器洗いを終えて頷く。


「大変結構、では記録媒体の解析から始めようか。テッド・ランチャーの修理はその後で、かな?」


「了解しました、澄実香様。記録媒体のデータ抽出とカールの愛玩端末を蘇らせる為、最善を尽くしましょう」


 いや、言い方……。見た目は確かに可愛いけどさ。


「よしっ! 僕は傍で見守っているから、二人共頑張ってね」


 セラスが冗談めかした言葉を紡ぐと、カールは嬉しそうにバサバサと左右の翼を激しくバタつかせる。


 俺はその光景を見ながら、ふと居心地の悪さを覚えた。解析と修理――俺がそこに加わったとしても、正直やることがない。むしろ邪魔になるだろうな。


「……なぁ、アカリ。俺たち、今日は何もしない予定なんだよな?」


「お前がそう言ったんだろう、マヒロ? 休日で自宅でのんびり、とな」


 アカリが、何を言っているんだと呆れながら答えた。街の外でモンスター狩りをしないということで面白くなさそうな顔をしている――様な気がする。


「じゃあ、俺と一緒にちょっと街を散策しないか? キナコも連れてさ」


 カールはここに残ってテッド・ランチャーの修理を見物する腹積もりのようだ。なので、俺とアカリとキナコの三者での街ブラということになるな。


「ウォフッ」


 キナコは乗り気のようだ。さっきまでグデーンとお腹を見せていたが、シュタッと立ち上がって尻尾を振っていた。


「ちなみにどこをブラつくんだ? 協会は……行ってもつまらんだろうな。だからといってモーリス爺さんか源蔵の所に行くというのもな……」


 アカリが今日の行先を聞いてくる。赤いロングヘアーを揺らし、手を腰に当てて、挑発的な表情で胸を張っている。私服ではなくいつもの黒いボディスーツ姿で、腰には短機関銃と高周波ブレードとぶら下げている。


 狩りじゃないんだから私服でもいいのでは? とは思う。


 でも、そんな俺も迷彩服姿で拳銃と高周波ブレードをぶら下げているんだけどな。ちなみに、強化筋繊維スーツは着用していない。


「そうだな……街の東側には駅やら守備隊の駐屯地があるって聞いたけど、まだ見てないんだよな。そっちをブラブラしてみないか?」


「あぁ、あそこのエリア――歓楽街もある辺りか。面白そうだ、行ってみるか!」


「別にそれ目当てじゃないぞ? 色々と見て回ろうか」


「ふふっ、そうか……」



 アカリは小悪魔のように微笑み、俺の肩を軽く叩いた。それを見ていた澄実香が何とも言えない視線を寄越してきたが、俺はそれに気づかないふりをした。


「マヒロ様、いかがわしい場所には近づかないで下さいませ。本来なら私がお供をするべきなのですが……キナコに任せるとしましょう。頼みましたよ、キナコ」


「ワンッ!」


 キナコは、俺の足元で嬉しそうに尻尾をぶんぶん振っている。「俺に任せろ」とでも思っているのだろうか?


「安心しろセラス、なにかあったとしても私も居る。それに、だ! 守備隊のお膝元でバカをやらかす奴は直ぐにしょっ引かれるさ」


「なるほど、それを聞いて安心致しました。お二人共、お気を付けていってらっしゃませ」


「ああ、悪いけど出掛けてくるよ。セラスに澄実香、後を頼む」


「うん、こちらは任せて行っておいで。イリス君に会うようなことがあれば、よろしく言っておいてくれないかな?」


「ああ、会ったらな」


 カールは既にテッド・ランチャーの修理で頭が一杯の様子でこちらに見向きもしない。よほど気になると見える。


 新しい端末、それもちゃんと戦える機械人形だ。今まで遺跡に潜れなかったから無理もないか。



「何かあったら端末に連絡を入れるからな」


「了解しました」


「はいはい、お気をつけて」


「……むっ、いってらっしゃーい。おみやげよろしくね、マスター。できれば旧世界のポテトチップスがいいなぁ〜」


 セラスが小さくで手を振って見送り、澄実香も軽い調子でサッと手を振る。カールはなにやら無茶なお土産を要求してきたが、屋台料理でも買ってきてやるか。



 俺は苦笑しながらアカリとキナコを引き連れて、地下からエレベーターで地上へと上がっていった。


 ベヘモットが駐車し、様々な整備機器が設置されたガレージ内を抜けて通用口を開いてみれば、外は陽光に包まれていた。

 

 近くの駐車場では車両のエンジン音、買取所近くでは大勢の商人の活気ある声、街は今日も旧世界の残り火で生きていた。



 俺たちはその中を、少しだけ早足で歩いていく。街の、まだ見ぬ一角へと。


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