118話 宿無し澄実香
夕暮れに染まる街路と人混みを抜け、俺たちは根城である地下住居付きのガレージへと帰還した。
オールドヤードに到着した時はまだ明るかったのだが、買取所の査定やら協会での報告などで結構時間が経過してしまっていた。
帰宅後、全員で地下のリビングへ――ということもなく、セラスはキッチンで夕食の準備、アカリと澄実香はガレージで装甲スーツの簡易メンテ、キナコはボディアーマーを脱いでカールと一緒に階段を下りてさっさとリビングへ、食事の時間まで皆思い思いに過ごしていた。
俺も澄実香たちに付き合って――というか、自分の装備の点検をお願いした。
素人の俺がいじるよりメカニックとして俺たちと行動を共にすることになった彼女に銃の整備を任せた方がいいだろう。
整備用多関節アームを器用に操っている澄実香の様子は、ベヘモットの操縦席内や遺跡で好奇心全開で落ち着きのなかった時とは大違いだ。
「ちょっと待っていてくれたまえ、先にアカリ君の装甲スーツのチェックを済ませてしまうからね。なに、それほど時間は掛からないよ」
そう言いつつも作業の手は止めずに、テキパキと装甲スーツの簡易メンテを終えて俺の重突撃銃のメンテもサクッとこなしてしまった。
そんなこんなで時間はあっという間に過ぎていき、全員集合したリビングの中には香ばしい匂いが立ち込めていた。
部屋の中央に据えられた大きなテーブル。その上には、セラスの手による数々の料理が並べられていた。そして、リビングに笑いと食器の触れ合う音が広がる。
つい数時間前、遺跡でモンスターと戦闘をしていたとは思えない穏やかで平和な時間だった。
今は食器の片付けが一段落し、温かな食事の余韻がまだ部屋の中に残っていた。
「いかがでしたでしょうか、今夜の夕食の料理は?」
「いかがもなにも、美味い意外の言葉が出てこないな」
「ご満足頂けたようですね」
周りの面々も俺と同意見なのは聞かなくともわかる、表情と空になっていた皿を見たらな。
和食の一汁三菜ではないが、主食と主菜、副菜とバランスよく栄養摂取できて、尚且つ美味いのだ。アカリとキナコがおかわりをしまくっていたな。
「うん、確かに美味しかったね。私もご相伴させてもらって悪いね」
「いえ、一応私たちの仲間という体なのでお気になさらず」
別に仲間を装っているわけじゃないだろうに、フィールドワークの代わりにメカニックとして一緒に行動を――。
「そうだぞっ! 一緒に遺跡に潜った仲だ、気にする事などない。それに――」
グラスに注がれた酒をグイッと一気に飲み干して、アカリは澄実香に絡みだす。
「――まあ、とにかくだっ! 今日は色々あったが、皆無事に帰って来られて万々歳だ。わはははっ」
「まあ、そうなんだけどな……」
「ん……今日はそれぞれなにかしらの物を発見したじゃないか。なにかあったのかい?」
今日の出来事を語り合っているところに歯切れの悪い返事をする俺を見て、アカリと澄実香は不思議そうな顔をする。
俺も記録媒体を見つけたけど……。
「お菓子だよ、お菓子」
「ふーん?……あぁ、カーブか。アークモールで見つけたヤツだな。いいじゃないか、まだ沢山あるだろ?」
「ん~?……あぁ、昨日出されたお茶請けだね。マヒロ君、君は子供みたいなことを言うね。そんなにお菓子が好きなのかい? お金は持ってるんだし、普通に食料品店で買ってくればいいだろうに」
二人はそう言うが、旧世界のスナック菓子という郷愁を感じさせる物をどうしても追い求めてしまうのだ。
もう二度と食べられないと思って忘れていたところで見つけたわけだからな。
「あれは普通のスナック菓子じゃないんだよ。旧世界の――――」
「それはよろしいじゃありませんか、いずれまた見つけられますよ。それよりも、今日見つけた物に関してですが――——」
俺の旧世界製スナック菓子への未練をバッサリと切り捨てて今後の方針を述べていくセラス。
まあいい、一度見つけられたんだ。
何処かで別の旧世界製のスナック菓子が必ず……。
「――消耗品は売却しましたね。私が見つけたクライオ系の部品は暫くはガレージ倉庫の肥やしですね。冷凍兵装完成までに足りない物がいくつかあるので」
「うーん……そちらも気になるけど後回しで、今は目の前に置かれたコレだね」
俺のスナック菓子への決意を他所に、セラスが淡々と今後の予定を決めていく。冷凍系の部品はまだ足りない物があるようだ。
そちらも気になる澄実香だったが、今の彼女の視線はテーブルに置かれた薄型の記録媒体に固定されていた。
白磁色で薄型のチップ。表面が少し焼け焦げてはいるが中身が無事な可能性は高い。
「旧世界の軍用記録媒体。まだ手は付けていませんが、解析してなにかしら得るものがあるかと」
「解析できれば、の話だろう?」
アカリがソファーにもたれかかりながら言う。
「その通りです」
俺の隣に腰を下ろしているセラスが静かに答える、何故か俺の太腿を――――。
「このタイプは現在一般に流通している端末では読み込めません。明日、専用の中継器と変換ポートを使って解析を試みます」
「そうそう。幸いなことにガレージにはその手の機器も備えてあるみたいだから、それを使って明日にでも解析してみようか」
「明日か……それじゃあ、明日は狩りや遺跡潜りは休みにするか」
俺がそう言うと、アカリがニヤリと笑った。
「なんだ、明日は休みか? 別に近場の荒野でモンスター狩りでもいいだろうに」
「まあいいじゃないか。明日は家でまったりしてようぜ」
どうやら明日も街の外に出ていきたいみたいだな、アカリは。欲求不満かなにかなのか? それとも戦闘狂…………後者の可能性が高そうだな、鬼のミュータント的に。
「これが碌でもない情報だったら笑えないけど……逆に、有用なデータが残っていればいいね。それが無くとも、旧世界の実情が少しでもわかれば御の字かな」
澄実香は記録媒体を手に取り、念のための静電処理をしながら大切に仕舞う。
「とにかく明日から解析開始だな。頼むよ、セラスに澄実香。結果次第で次に訪れる遺跡が決まるかもしれないな」
俺がそう結論を出すと、リビングの空気が落ち着いた。猟兵には定休日なんてものは無い、休むか動くかは結局自分たち次第だ。
「さて――食事も終わって明日は休みに決まったことだし、そろそろ寝————」
「あっ、僕の端末にする予定のテッド・ランチャー君はどうするの? チップの解析もいいんだけど、そっちも忘れないでよね」
「慌てなくても大丈夫ですよ、カール。解析と並行して作業しておきますから」
セラスがいつも通りの無表情でカールへ返答する。
「損傷は軽微で互換性のありそうな予備部品も沢山回収済み、それほど時間は掛からないさ。まあ楽しみに待っていてくれ給え、カール君」
心配そうな様子のカールに、澄実香はソファにもたれながら肩を竦めた。
「ふっ、アレなら一緒に遺跡に入れるからな、逸るのも無理はない」
アカリの言うように、今まで大きさの関係で留守番させてしまっていたからな。これからは一緒に遺跡の中に入れるだろう。
端末を操作しながら本体は自由に動けるのは既にわかっているが、遺跡の地下に潜った時は大丈夫なのか? セラスと通信はしていたみたいだから大丈夫だとは思うが……。
「わかった~、楽しみに待ってるね! いやぁ、早く次の遺跡に行きたいなぁ」
セラスたちの言葉を聞いて安心したのか、カールはソファーの端でさっさとスリープモードになってしまった。
キナコは言わずもがな、リビングの隅で丸くなっている。いつの間に…………。
「それじゃ、そろそろ寝ますか」
俺が言うとセラスが軽く頷き、静かにリビングから離れて……いかないな。それにどうしたのか、澄実香はまだ宿に帰る気配が無い。
澄実香がふと俺の方を見た。
「そうそう、私はどこで寝ればいいのかな?」
「……えっ、泊まっていくのか?」
「なにを言ってるんだい、今日からここで寝泊りするんだよ?」
当然、といった調子で澄実香にそう告げられ、セラスもそれに続く。
「澄実香様の部屋は既に私が整えてお荷物も運んであります。空き部屋で生活必需品、寝具や家具も一通り揃っておりますので」
「そ、そうか……いや、本人がいいのなら歓迎だけどさ」
俺が苦笑すると、ソファーに座っていたアカリが「歓迎するぞ」と一言。どうやら彼女はとっくに澄実香の合流を見越していたようだ。
「食事前にシャワーも浴びたことだし、さっさと寝室に行くか」
アカリが伸びをして立ち上がると、俺たちを置いていつもの寝室に一人で行ってしまった。そう、いつものだ。
残ったのは俺とセラスと澄実香、そして既に就寝中のカールとキナコ。
「……じゃあ、私も部屋に行こうかな。おやすみ、マヒロ君。明日以降もよろしく頼むよ」
澄実香のその声が、静かなリビングに響いた。
「ああ、おやすみ澄実香」
ふっと微笑んで、彼女は立ち上がる。そして、割り当てられた部屋へと繋がる殺風景な扉に向かって軽やかに歩いていった。
◇
夜も更け、オールドヤード北側駐車場にあるガレージの地下は静寂に包まれていた。
時間は午後十一時半を回った頃。断熱材が内包されている壁は地上の冷気や熱を遮り、室温は程よく、シーツの重みが身体に心地よく馴染んでいた。
澄実香は与えられた部屋のベッドに身を横たえながら静かに瞼を閉じていた。しかし、彼女は眠れていなかった。
昼間の遺跡探索の疲れから直ぐに眠気が訪れると思っていたが、そうはならなかった。
(その理由ははっきりしているんだけどね)
ここ以外の部屋から、微かにではあるが人の息遣いと柔らかな衝突音のようなものが繰り返し届いてくる。低く、長く、時折抑えた声が漏れ聞こえてくる。
防音処理がされており、通常なら聞こえないのだろう。しかし、ミュータントとしての常人より敏感な聴覚が意図していなくともソレを拾ってしまうのだ。
澄実香は、半ば呆れ顔で寝返りを打った。サラサラとしたネグリジェの質感を肌に感じながら、この悩ましい音を発生させている者たちの顔を頭の中に思い浮かべる。
「あの三人、仲がいいのは結構だけどさ……」
そう独りごちたが、別に文句を言うつもりは無い。そういう関係性にあるのだ、あの三人は。
セラスはアンドロイド――それも、超が付く高級品。明言されたり直接聞いたりしてはいないが、旧世界製のワンオフ機だろうと当たりをつけている。
当然のことながら、アレに関する機能も完備していると思われる。まあ、あれだけの美貌を備えているのだから当然と言えば当然だろう。
そして、アカリ。紅い髪のミュータント――そう、彼女は恐らくミュータントだ。
セラスと同様に明言はされていないし、直接聞いたりもしていない。だが、わかるのだ。
同じミュータントだからだろうか、外見が人間そっくりでもなんとなくわかってしまうものだ。
(セラス君はわかるが、まさかアカリ君も……しかし、ミュータントが相手だよ?)
その事実に、澄実香は理解ができなかった。
普通の人間がミュータントに性的な興味を持つということは基本的に無い筈だ。中にはそういう男性もいるのかもしれないが、自分の知る限りでは皆無だった。
たとえ見た目が人間そっくりで実際に言い寄られ、いざ肉体的接触といった段階で本能的に忌避されるのが常なのだが、彼はそれには当てはまらないようだ。
(……そうか、マヒロ君はミュータント相手に欲情できるのか。実に興味深——)
いつもの口癖を言いかけ、思わず苦笑する。
そして――思考が絡まり、視線が宙をさ迷い、シーツを掴む手に無意識に力が入る。
音はまだ続いている――はっきりとではないが、確かに。耳を塞ぐ程でもないが、眠気を散らすには充分な存在感を持っていた。
「じゃあ、私の様な見た目でも……いや、よそう……」
澄実香はなにかを言いかけ、止めた後、寝返りを打つ。呼吸を整えて、できるだけ意識を鈍くする。
ごろりと仰向けになった彼女は、不意に淡い金属臭と有機物の混じった――どこか男の体臭に似た気配を嗅ぎ分けた。常人以上の感覚を持つ彼女の嗅覚が、僅かな空気の流れに反応する。
「……? このニオイ……なんだろうね、凄く良い匂いのような……」
思わず眉を顰める、という程の臭気ではない。むしろ、どこか安らぎを感じる様な不思議な――――。
(まあいいか。それより、明日だね……テッド・ランチャーの修理。いや、先に記録媒体の解析……)
脳を別のことに切り替えようとする内に、僅かな熱と高鳴る鼓動が落ち着いていく。
──数分後。ようやく、澄実香は眠りの深みに落ちていった。ほんの僅かに頬を染めたまま。
その夜。澄実香の夢には、よくわからない巨大なポテトチップスの幻と、艶めかしい格好のセラスが現れた。
もっとも、目が覚めた時には夢の内容は綺麗さっぱり忘れてしまったようだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます