117話 その名はテッド・ランチャー


 オールドヤードの街に西から陽が差し込む頃、俺たち一行は遺跡探索を終えて帰還した。


 シリウス集荷センターで得た数多の物資は、買取対象の物だけを北側駐車場の買取所に提出して現金化、残りの必要な物は自宅のガレージにて保管することになった。


 アカリと澄実香が見つけた小型コンテナ内の物資は軒並み売却だ。


 車両用のスモークディスチャージャーはベヘモットに必要無いし、他は消耗品ばかり。合計で二千二百クレジットだった。



 セラスが見つけた物で売ることにしたのは、整備用光学ライン測定器とその他の細かな機械部品だ。


 ライン測定器は購入したガレージに似たような設備が有り、整備用多関節アームという代物を手に入れているので必要無し。


 使い道不明のIDカード、試作型リキッドエッジの残骸、フロスト・エミッターの三種は確保ということになった。


 IDカードは何処で使い道が有るかわからないが、後者二つは冷凍兵装の為に使えそうだ。


 買取の金額は合計で四千百クレジット。アカリたちの分と合わせると六千三百クレジットになる。


 一度の遺跡探索での稼ぎとしては中々のものだろう、一度目の旧産業区遺跡探索の結果には遠く及ばないが。 




 そうして買取所で精算を済ませ、遺跡探索の報告の為に猟兵協会へと足を運ぶ。


 場所は協会一階のいつもの個室だった。


 簡素な椅子とテーブル、備え付けの端末、そして椅子に座る俺たちの対面には受付担当のエリナさんが居た。


「……お帰りなさい。今日もお早い帰還ですね。探索は順調でしたか?」


 その声には安心と、同時に僅かな警戒が混じっているように感じられた。


 なにか妙なこと――八境遺跡群の時の様なことはないだろうな? とでも思っているんだろうな。


 そんなエリナさんに自分の携帯端末を差し出し、確認を促した。そして、口頭でも説明する。



「最初は順調そのものでしたし、収穫も十分でしたよ。途中で他の猟兵がモンスターから逃走していてそれに巻き込まれましたが、問題無く自分たちが撃破しました」


 エリナの顔が若干曇る。


「……えっ、他の猟兵が? ええと、ちなみにどのようなモンスターが――あぁ、歩哨戦車シリトリスですか。それは災難でしたね」


「ふっ、一人逃げ遅れて挽肉にされていたがな」


「あの後、残りの方は無事に帰って来られたようですよ。私たちが遺跡を立ち去る時にトラックに戻ってきていましたね」


 目の前の制服を着ている女性が少し片頬をヒクヒクさせているが、多分気のせいだろう。

 

 そう、気のせいだ。



「えぇと……他のモンスターはコンテナクラブと小型の変異生物が少々ですね。その後は――――」


「はいはーい、僕が留守番してたら暴走機械が遺跡から出てきて――――」


「ふむふむ、それをあなたが返り討ちにしたと?」


「違うよ? 何処からともなく現れたクマのヌイグルミ集団がやっつけちゃったんだよ、モンスター同士なのにね~? 音楽性の違いってやつ? それでそいつらを僕が纏めてやっつけたってわけ、ちょっと遺跡の前にクレーターができちゃったけどね」



「…………は?」



 その一文字にすべてが詰まっていた。エリナの眉間には深い皺が寄り、指先がこめかみに伸びる。


「ああ、心配ご無用! 近くに居た協会の送迎トラックとかは無事だよ、僕のおかげでね!」


 偉いでしょ、褒めてもいいのよ?――とでも言いたげなカールと、頭を押さえながも器用に俺の携帯端末と備え付け端末を操作するエリナ。対照的な両者だ。


「ちなみに、カールが倒したモンスターは協会でダウンロードしたデータには無いモンスターでした。カールのログから出力したデータをご確認ください」


 静かにセラスが口を開いた。机の前で俺が差し出した端末を操作していたエリナが顔を上げる。


「えっ⁉——ちょっ、ちょっと待ってくださいね……」


 エリナの動きが止まった。だが、次の瞬間には彼女の手元の端末が光を放ち、素早く数十の検索プロセスが走る。



 結果は、該当情報無し――。



 彼女の表情を見れば、口に出さずともその結果は明らかだろう。


「……嘘、でしょ? こんなに特徴的な外見なのに……ヌイグルミ型……内蔵火器にパイルバンカー……音響兵器まで。なによそれ……」


「実際にカールが戦ったので、本当です。澄実香様——」


「ん……エリナ君、私の方の端末も見てくれ給え」


 セラスの静かな声と共に、澄実香も自分の携帯端末を差し出す。


 そこには戦闘後の様子が収められた映像データ、回収された部品の簡易的な構造分析データが並ぶ。


 エリナは目を白黒させながら、それを順に見ていった。


「……確かに。でも他のモンスターを押し退けて襲ってくるなんて……まあ、モンスター同士で争うのは珍しくありませんが――――」


「それはいいとして、この場合このモンスターたちをどのように呼称すればよいのでしょうか? そちらで命名なさるので?」


「はあぁーーー…………データベースに未登録の個体に関しては、基本的には発見者が命名権を持ちます。但し! 自ら命名を希望しない場合は協会に一任することが可能です」 


 長めのクソデカ溜息をつきながらも、自分の仕事を忠実にこなしていくエリナさん。


 命名に関する説明を聞いて、どんな名前にするかをワイワイと相談するカールたちを遠くを見るような目で見ていた。


 直ぐに端末の操作に戻ったがな。



「――――名前か……私はそういうのはパスだな。勝手に決めてくれていいぞ、後から文句は言わん」


「え、そう?——それじゃあ……この最後に残ってた奴の名前がベア・デストロイアッ――――」


「駄目です」


 秒以下でセラスに却下され、「なんで⁉」とショックを受けるカール。


 なんだかとんでもない突然変異をしそうなので、それは俺も止めた方がいいと思うな。


 その後も幾つかの候補を挙げるが全てセラスによって却下された。それも致し方ない、候補の名前が酷過ぎたからな。


 最初の名前が一番マシだったまである。


 俺は自分にはネーミングのセンスが無いと思っているので、余計な口は挟まなかった。心の中で色々とツッコんではいたが。

 

「……うーん、この個体群は何処から来たのか。遺跡の外からだとすると、方角的には――――」


 そして、そんなやり取りに我関せずといった様子で、澄実香はなにやら深く考え込んでいるようだった。


 ちなみに、キナコは大人しく床に寝ている。



「――じゃあ、セラスはどういう名前がいいのさ⁉」


 全ての案を却下され怒り心頭で翼を広げるが、悲しいかなカストリなので威圧感ゼロである。


 そんなカールに対して、セラスはいつもの冷静な態度で一つの名前を挙げる。


「外見はどう見てもヌイグルミ。しかもクマ型で、つぶらな瞳……いわゆるテディベアの意匠に酷似。そこから取って『テッド・ランチャー』という名前はどうです?」


 その言葉に口を半開きにして沈黙するカール。まさかクラッシュか? と俺が思った直後、大きく飛び跳ねる。


「いいじゃん、それっ!!」


「ふむ、呼びやすそうでいいのではないか? どうせカール呼びだろうがな」


 命名には参加せず、黙って話を聞いていたアカリも好意的のようだ。俺もアカリに同意見だ、それに比べるとベア・デストロイアとかはちょっとなぁ……。


「テディベアとランチャーを組み合わせた単純な名前ですが、黒歴史感満載の凝った名前にするよりはいいでしょう」


 それってファルコリヌスのこと……じゃないよな? 今じゃカール呼びが定着してしまったよなぁ。


「わははっ、そうそう! よぉし……これから僕の端末になるんだ、名前も決まって大変結構!」


「…………え、端末? なんの?」



 端末を操作し終えたらしいエリナの視線が、思わずテーブル上のカールへ向けられた。



「ヌイグルミを……端末?——ということは捕獲した……? いや、倒したのを修理して……?」


 あぁ、最後に仕留めたヌイグルミをカールの端末にするって言ってなかったっけ。


 頭の中が疑問符だらけになっていそうなエリナさんに説明しておくか。



「ほら、最後に倒した奴を機能停止させて捕獲したんですよ。カールが。損傷もそこまで酷くないので修理して使えるかなぁ~、と」


 俺がそう言うと、カールがすかさず口を挟む。


「そうそう! 折角だから僕の端末にするんだよ。外装をちゃんと直して、AIは別の無害なユニットに載せ替えてさ~。お色直しってやつ?」


「ちょっ……ちょっと待ってください! 連邦のメーカーが製造した物ではない暴走していた機械人形ですよ⁉ 鹵獲したオートマトンなど、AIユニットが単純な構造なものなら、修理して再利用できますけど……」


 エリナさんの声は困惑が滲んでいた。わざわざ暴走していた機械人形を修理して、戦力として使用しているというのはあまり聞かないらしいな。


 あまり感心しませんよ、といった感じのエリナさん。しかし、それを遮るようにセラスが口を挟む。


「機能停止状態中に澄実香様と一緒に軽く解析を行いましたが、新規AIに対するフィードバックループは断ち切ってあります。ユニット換装後の再暴走のリスクは限りなくゼロに近いと判断します」


「うん、ちゃんとしたセキュリティを組み込むし問題無いんじゃないかな? 心配のし過ぎだよ、君は」


「それに、仮に何かあっても――」


 澄実香の言葉に続けて、アカリが腕を組みながら言った。


「――責任を持って私たちが処分する。そうだろう、マヒロ?」


 その言葉に俺は短く頷く。そんなことにはならないとは思うが、他人様に迷惑をかけるぐらいなら――だな。


「協会規定には有害な機械人形の再利用についての明確な禁止条項はありません。オートマトンと同様の運用が可能なら問題無いと思います……」


 そう言って、エリナは暫し沈黙した。手元の備え付け端末を閉じ、小さく息を吐く。


「……わかりました。マヒロさんたちが運用する機械人形として、そのテッド・ランチャーというクマのヌイグルミを登録しておきます。但し、トラブルが発生した場合の報告義務と、責任、処理に関してご了承下さい。よろしいですね?」


「セラスやキナコ、カールも同様——でしょ? 了解、そっちは任せて下さい」


 俺が返答すると、カールがテーブルの上で小さくガッツポーズした。翼でそれっぽくだけどな。


「やったー! これで僕も遺跡に潜れるってもんよ、ふひひっ」


「モーリス爺さんみたいな気色悪い笑い方をするんじゃない」


 俺のツッコみに、室内に乾いた笑いが広がった。その日の報告は、予定以上に波乱含みだった。


 だが――その影には確かな戦果と、新たなナニかの兆しがあった。



 ちなみに、テッド・ランチャーと名付けられた個体以外のクマ型ヌイグルミモンスターの命名は協会に委ねてしまった。


 カールや他の面子も興味がなさそうだった、俺も含めてな。誰が決めるか知らんが、どんな名前になるのやら…………。

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