122話 帰宅、そして解析と修理の結果


 陽はまだ高かった。


 オールドヤードの空は今日も晴れ渡っていた。ビルとビルの合間から差し込む陽光が舗装された道路をまばらに照らしている。


 ティアさんとは酒場から少し離れた所で別れたが、最後まで「オゴリで一杯も飲めなかったのが納得いかねえっ!」と、ぶつくさ文句を言っていた。

 

 まぁ、自業自得だ。周りを煽ってあんな騒動を巻き起こしたんだからな。


 迷惑料代わりにあのデカ乳を揉みしだいてやればよかったか?


「おい、さっさと帰るぞ」


「……あっと、わかったよ。置いてかないでくれ」


「ワフ……」


 バカな考えは捨てて、アカリの言う通りさっさとガレージに帰るとしよう。




    ◇




 ガレージの通用扉横に取り付けられているセキュリティ端末に、引き渡しの際に設定した認証コードを打ち込む。


 携帯端末からの操作でも開けられるが、ここは直接入力だ。


 軽快な電子音が鳴った後、重厚なシャッター横の通用扉のロックが解除される。



「おかえりなさいませ、マヒロ様にアカリ様。ご無事でなによりです」



 ドアを開けた俺を出迎えてくれたのは、いつも通りの完璧な所作で頭を下げるセラスだった。


 腰まで届くポニーテールが、照明の光を受けて僅かに煌めいている。小さく一礼して顔を上げた彼女の翠色の瞳が俺たちを静かに見つめていた。


「ただいま、セラス。昼食は外で済ませてきたよ」


「うむ、今帰ったぞ」


「ワフッ!」


「はい、散歩は堪能できましたでしょうか?」


「ああ……まあな。実は途中でティアさんとバッタリ会ってな。色々あって、ちょっと……騒ぎになった」


「騒ぎ……それはどのような?」


「……話せばちょっと長くなるけど、腕相撲大会だよ。とりあえずリビングに行かないか? それに関しては後で話すよ」


「いえ、それには及びません。後でキナコのボディアーマーのログを確認しておきましょう。またマヒロ様フォルダーの容量が――――」


「そう……よかったね」




 無表情で恍惚としていたセラスを伴って地下のリビングに下りると、部屋で寛いでいた端末カールが飛び上がってクチバシをパクパクと開いてお出迎えしてきた。


「へい、おかえりマスター! 話は聞かせてもらった、大騒ぎってなに?——ていうか、お土産は?」


 何処で聞いてた――ああ、本体の方か……って、しまった! 完全に忘れてた。


「……ごめん、忘れた」


「えぇ、なんで⁉」



 お土産が無いとわかったカールが、翼をバサバサと広げて「ナンデ、ナンデ!」と抗議をする。細かく左右に首を振る姿が哀愁を漂わせていた。


「わ、悪かったって! あー……そうだ! 前に遺跡から持って帰ってきたスナック菓子のカーブ。あれを二袋食っていいから。なっ? それで機嫌を直してくれよ」


 俺は急ぎキッチンの奥にある保存容器から特徴的なデザインの袋を二つ取り出し、カールに差し出した。


 それは旧世界の、それにしてもなスナック菓子『カーブ』。中にはクルンと巻いた形の、油で揚げたコーン生地が入っている。


 もはや製造されていないであろう貴重なお菓子だ。


「……二個?」


「うん、二個」


「……まあ、それなら許す。よしっ、今から豪遊だっ!」


 カールは誇らしげに二つのカーブの袋を爪で掴みながらテーブルの上に移動し、座り込んだ。


 まだ夕食の時間じゃないから食べてもいいけど、流石に二袋は無理だろうな。体の大きさ的に。


 恐らく途中でギブアップして皆で食べる羽目になるだろう。



(……すまん。次は忘れないようにするよ)



 心の中で反省しつつ、俺はそのまま自室に移動する。


 服はそのままで装備だけ外し、リビングで夕食の時間までのんびりすることにした。


 アカリは地下に下りた途端リビングを素通り、なにも言わずに自室に向かって行ってしまった。ボディスーツを脱いで私服に着替えてくるのだろう。


 キナコはリビングのソファー横で寝そべって大人しくしている。無論、ガレージでボディアーマーを脱いてきている。



 そして、俺はアカリより一足先にリビングに戻ってソファーに座り一息つく。


 そんな俺の様子をソファーの反対側から見つめる澄実香。


 彼女はお茶の注がれたカップを軽く傾けながら俺に向けて小さく微笑んだ。



「くふふっ、おかえりマヒロ君。いつも賑やかだね、君たちは」


「ただいま、澄実香。さっきは言いそびれてしまって済まないな」


「いいってことさ、カール君のご機嫌取りをしていたんだからね。楽しく見物させてもらっていたよ」


 セラスは夕食の下拵えを既に終えているようで、俺の隣に座ってなにやら熱心に端末を操作しており、澄実香はその対面で足を組んで優雅にお茶を飲んでいた。



 ……オーバーニーソックスに包まれた彼女の太腿が妙に艶めかしく映るのは気のせいだろうか?


 どうしてもそちらに目が行ってしまう、先程からどうしたというのだろう……。 


 いつもはなるべくそこに焦点を当てないようにしているのだが、今日に限って我慢が出来ない気がする。


 昼間、ティアさんと別れる時もそうだった。


 彼女の健康的で瑞々しい褐色の肌、それを強調する露出の多い格好、ほんの一瞬だが思わず襲い掛かりたくなる衝動に駆られた。


 なにが原因なのか……まさか、昼間の腕相撲大会での余韻を引きずっている?



(……まあいいか。ここはお茶を飲んで、一旦気持ちを落ち着けよう)



 彼女の太腿のことはさて置いて――セラスが淹れてくれたお茶を飲んで気持ちを落ち着け、暫し寛ぐ。


 そうこうしていると、着替えを終えたらしいアカリが奥の扉を開けてやって来た。


 茶を啜りながら目をやると、そこには私服姿のアカリがいた。やはり着替えだったようだ。


 見なれた黒いボディスーツではなく、白のキャミソールに色褪せたジーンズというラフな格好だ。


 キャミソールは生地が薄く、肌にピタリと貼りついているのが見てとれた。


 胸元にはうっすらと湿った光が滲み、鎖骨の下を小さな雫が静かに這っていた。何故ちゃんと体を拭かないのか……。

 

 普段は装甲スーツありきの服装だったから、こういう姿を見るのは新鮮に映る。


「……ちゃんと汗を……ん? ああ、風呂に入っていたのか」


 風呂上がりだったかと気付いた俺にアカリは髪を後ろにかき上げながら首を傾ける。


「ん……ああ。強化スーツの体温調節機能があるとはいえ、流石に蒸れるからな。飯の前にさっぱりしてきた」


 素っ気なく言いながらも、表情はどこか柔らかい。ピッチリとしたジーンズが彼女のしなやかな脚のラインを際立たせている。


 腰回りのガンベルトとホルスターが無い分、いつもより軽やかに見えた。



「しかし、今日は中々に楽しめたな。ふふっ――」


 そう言いながら、彼女は澄実香の横に腰を下ろした。ソファの背にもたれて腕を広げ、無防備なほどリラックスしている。


 ヘタな動きをすると、風呂上がりでしっとりとしている豊かな双丘が零れ落ちそうだ。


(気にしない、気にしない……)


 俺の内心など知る由も無い澄実香が、アカリのことを涼しげな顔で見つめていた。


「挨拶する前に奥に引っ込んでいってしまったから言いそびれたよ。おかえり、アカリ君」


「ああ、すまんすまん。ただいまだ、澄実香」


 二人の間に自然な挨拶が交わされる。アカリがテーブルに置かれた皿の中の『カーブ』を一つ摘んで口に運ぶと、微かに笑みを浮かべた。



「……マヒロの思い出の味か。うん、美味いな」


「くふふっ、確かに美味しいね。カール君が欲しがるのも分かる気がする」


「ふぅ…………そうだな」


 アカリは風呂上がりで暑いのか胸元をパタパタと手で扇ぎながら、カーブをもう一つ口に入れた。



 そんな姿を見ながら俺はお茶を飲み干したカップを置いて小さく息を吐く。全員揃ったみたいだし、そろそろ例の物の解析結果をセラスたちに聞いてみる。




「――――ん? 例の記録媒体の解析かい? それなら終わったよ」


「おお、そうか! 一日で終わらせたのか、凄いな。それで中身はどうだった?」


「聞きたいかい? では、マヒロ君のリクエストにお応えして――」



 リビングのテーブルを囲んだ俺たちに向かい、ガレージで進めていた記録媒体の解析結果を澄実香が発表する。



「解析は終わった。ただ……情報量が多くてね、全てを読むには時間が掛かりそうだ。旧世界の軍の記録みたいで、かなり古い年代まで網羅している。しかも多岐に渡る。いやぁ、今よりもセキュリティのレベルが高かった時代の代物だから最初は苦労したよ。ほとんどはなんてことないデータのようだから、精査はセラス君に一任したよ」


 さっきから黙って携帯端末を操作しているのは、そういうことか。珍しく大人しいので凄い違和感があった。


「記録ねぇ……そういうデータは売れるのかね? それから他の……機体や兵装データみたいなものとかは?」


「多分売れるんじゃないかな? それと、他のデータもそこそこあったかな。でも、どれも断片的でね。破損しているものも多かった。収穫と言えそうなのは、開発関係のコードネームとその場所、輸送関係の目録——ぐらいかな」


 開発にコードネームねぇ……それはちょっと気になるよな。


「AAM、鴉、後は……開発局や神機?——っていう単語を抽出できたんだけど」


「なんだ、それだけか? それだけだとなんとも言えんな」


 カーブを摘んでは口に入れているアカリがヒントとも言えないような解析結果を聞いて残念がる。


「いやいや、アカリ。ヒントじゃないけど、神機とか怪しさ満点じゃないか。それにさ、澄実香は場所もわかったって言ってただろ?」


「そう、その通り! ありがとうね、マヒロ君。後で頭を撫でてあげよう。それでね、話の続きだが――――」



 澄実香が前屈みになりながら自分の携帯端末の画面を俺に向けてくる。そこには地図データと、それに関連付けられた文章ファイルの一覧が表示されていた。



「『逆井城跡』って名称、聞き覚えある?」


「逆井城跡……そんな名前の遺跡はデータベースには載っ————」


 いや待て。冷凍睡眠に入る前——俺が若い頃に訪れたことがあるか? 場所的にはオールドヤードの近くだが、そこは遺跡ではない?


「うん、私たちも最初はピンと来なかった。でも記録を読み込んでいくと、軍がそこの施設――逆井城跡改め『カゲロウ・シェルター』を運営していたことが判明したんだ」


「カゲロウ、軍の研究施設……か」


「そうだね。そして、場所もはっきりしている、この街の近くだ。近所に未発見の遺跡だよ、興奮してくるね!」


 澄実香が興奮を隠せないままそう言い、端末のディスプレイを指差す。画面上に表示された地図が淡い光を放ち、ある一角が強調される。


「旧境町……八境遺跡群の東か」


「そこにあったであろう逆井城跡。現在は砂漠の西端部分でなにも残っていない、見渡す限りの土と砂ってわけだけど……」


「そこの地下にカゲロウ・シェルターがある?」


「正確には、旧世界の最終戦争中に建造された緊急避難型複合研究拠点。表向きは民間の建築資材保管倉庫ということになっていましたが、実態は完全に軍の機密研究施設――アンドロイド、機械人形、それに関連したAIや各種兵装の実験場だった可能性が高いかと」



 セラスが俺たちの会話に加わり、さらに言葉を継ぐ。それも解析したデータから判明したのか。



「現地座標——地下への接続点と見られる構造物が露出しているかは不明。土砂に埋もれて完全に隠れてしまっている可能性が大。ですが、私の能力でその土砂を取り除けば――――」


「前にやったようにか。そこから地下へ――ってわけだ」


 俺はディスプレイ上の逆井城跡辺りを映す地図データを見つめながら頷いた。


 あの辺りから東は砂漠化しているらしい。どうなっているか実際に現地に行ってみないとわからんが、慎重に掘り進めないとな。


 しかし、これは潜る前に協会には報告しない方がいいのか? でも、報告したら立ち入り禁止にされそうだ。


(ここは……)


 狩りの最中、偶々地下への入口を見つけて下りていったら、そこはなんと未発見の遺跡でしたって筋書きがいいだろうな。無理筋だが……。



(八境遺跡群の時と同じパターン、ってか?)



 俺がそんなことを考えていると、セラスが静かに補足するように言葉を重ねた。



「気になるのは輸送物資の目録、その内容です。記録媒体には、当時の優先輸送計画として分類された補給データが含まれており、大半がアンドロイド関連の部材や交換パーツ等で構成されています」


「補給……じゃあ、研究じゃなくて補給施設だった?」


「うーん、両方を兼ねているとかじゃないかな?」


 澄実香はデータの一部を拡大し、スクロールしながら説明を続ける。


「カゲロウ・シェルターへの物資リストには、人格演算域、補機実験室、構成素子転写室行きと関連付けられていてね。単なる補給施設ならこんな名称の部屋は要らない筈だ。正に研究所といった感じだね、これは」


「人格演算……つまり、アンドロイド用AIの研究とか?」


「多分。しかも、データの中に深層学習に特化した旧世界の演算機材が運び込まれていた形跡がある。興味深いのは、その全てが地下複合施設内に集中しているって点だね。戦火を避けて最後まで研究を続けてたんじゃないかな?」



 澄実香の言葉を継いで、セラスが端末に表示されたマップを指差した。


「地下への入口の正確な位置の把握には至っていません、現地で調査をすればわかるのですが」


「……なるほど。ここでうだうだ話しているよりは、実際に行ってみた方が早いな」


 ここまでの二人の説明を聞いて、思わず背を反らせてソファーの背もたれに体重を預けた。


 アンドロイド関連―—もしかしたら、セラスのような存在が今もそこの地下深くに存在しているのかもしれない。完全な形で。



 人格演算、設計、素材構成——そこで一体どういう研究をしていたのかはわからない。だが行く価値はあるだろう。



「マヒロ様、私は行くべきかと思います」


「ああ、俺もそう思う。準備しなきゃな……」


「ふっ……最初は期待外れかと思ったが、面白くなりそうだな」


 自然と呟いた俺の声にセラスが静かに頷き、アカリは肉食獣の様な獰猛な笑みを浮かべる。澄実香はさっきから解析結果のデータを静かに閲覧している。


 キナコは床で夕食まで大人しく寝て、カールはテーブルでカーブの食べ過ぎでダウン。


 上下の違いこそあるものの、うちのペット枠たちはどちらも大人しくしているようだ。


 話が途切れ、一瞬緩やかな空気がリビング内に流れる。このまま夕食まで過ごそうかと思った時、もう一つの件を思い出す。




「――――あっ、そうだ。テッド・ランチャーの修理はどうなったんだ?」


「既に完了していますよ」



 俺へのセラスの返答に、テーブルに座っていた澄実香が携帯端末をこちらに向けながら補足する。


「精査した結果、損傷は外装と脚部の駆動系に少々。主構造への被害はゼロだったよ」


「はい。回収した他のクマ型機体の残骸から、互換性の高い部品を選別して使いました。いつでも動かせますよ」


「うぇ~……そうだよ、発進五秒前~」


 セラスたちの報告をカールは酔っ払いみたいに横になって聞いているが、やる気は十分なようだ。


「ちなみに、予備部品との交換により反応速度や安定性が一割程度向上しているからね」


「兵装も全て稼働確認済みです。肉球バルカン、腹部ミサイルポッド、パイルバンカー爪、音響妨害装置、全て正常です」


「AIユニットは君たちが手に入れた対戦車兵シリーズのものを再調整して搭載してる。人格や自律思考能力といった部分はオミットしたけど、カール君が遠隔操作するから問題無いね。まあ、こんなところかな?」



 俺は二人の報告を聞き終え、腕を組んで深く頷いた。それ程に申し分ない内容だった。


「二人ともご苦労様、これでカールも一緒に遺跡潜りが出来るな」


 俺が二人にそう返すと、テーブルで横になっていたカールがヒョイッと顔を上げた。


「それじゃマスター、明日にでも遺跡に潜るってこと?」


「うん、何事も無ければな」


「わああっ! やったーー!」


 カールが跳ね起きて喜び勇んで跳ね回るのを横目に、ソファの脇でくつろいでいたキナコは、顔だけ持ち上げて「フンッ」と鼻を鳴らした。



「……おいおい、気が早いっての」


「ふふっ、そう言ってやるな。新しいオモチャで早く遊びたいんだろう、気持ちはわかるぞ。活躍できるかはわからんがな」


 カールのはしゃぎ様にアカリが苦笑いをしていた。彼女はさっきからソファに体を預け、ぼんやりと天井を見上げていた。視線をセラスと澄実香の二人に戻して、二人に感謝の言葉を述べる。


「一日でここまで仕上げるとは、働き者だな。セラス、澄実香、感謝するぞ。他の猟兵が踏み込んだことが無いであろう遺跡に行けるんだからな」


「当然の務めです」


 セラスは淡々とした態度で慇懃に頭を下げる。


「くふふっ……ま、腕が鳴ったしね。面白い構造だったよ、あのクマちゃんは」


 澄実香は少しだけ照れ臭そうに笑みを浮かべていた。


 リビングの照明は夜用の温かな色に変わり、部屋を優しく照らしてた。今は嵐の前の静けさだろう。



 ――その静けさの中で、俺たちのチームに小さくも可愛らしい兵器が新たに加わったのだった。


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