第18話 ─漆黒の騎士─

 ──ズァ!

 影が揺らめく音が響き、地面に張り付いていた闇が浮かび上がる。

 剥がれた闇は俺の体を1口に飲み込むと脚、胴、腕、頭に収束していきその歪んだ輪郭をゆっくりと固めていく。

 その身の歪みが消えると、そこには深淵を体現するかのような漆黒の騎士が佇んでいた。

 「──抜剣。」

 騎士が囁く。

 そうすれば胸部が水面のようにうねりだし、黒煙を上げながら怪しく光るつるぎを吐き出す。

 その柄をグッと深く握り込むと、突き刺さっているかのように生えていたその剣をズッと引き抜く。

 引き抜かれた剣の、スラリと伸びた剣身は黒煙をあげるかのように闇が溢れ立ち込めている。

 その騎士を見て、白のローブをきた悪魔は浮かべていた笑みをフッと消し去り、狂ったかのように叫ぶ。

 「ナゼ、ナゼニンゲンが!その武具をモツ!」

 カタコトなその言葉には、明確な焦りと驚きが含まれている。

 その焦りと驚きは次第に怒りへと変わっていき、真っ白だったその肌を紅に染めていく。

 「《逵キ螻槫小蝟夲シ√?縺。谿コ縺励↑縺輔>?》!」

 突然、悪魔が聞いたこともない言語を叫ぶ。

 まるで音響機器のノイズのようだ。

 その叫び声と共に、虚空に亀裂が走る。

 ガラスのように甲高い音を立ててパキパキと割れていくその空間は、限界に達したかのように一気に砕け散る。

 砕けた先に広がるのは、まるで宇宙空間のような幻想的な空間だ。

 そんな幻想から生まれてくるのは、無数のモンスターだ。

 生まれてくるのは皆々白い肌に白いローブ、そして目のない異形のモンスターだけだった。

 そんな異形の者達に、《ゴールドランク》のパーティーメンバーである守艸漣花はただ怯えることしか出来なかった。

 カタカタと震え、歯のぶつかる音が止められない。

 自身の理解の範疇を超えた圧倒的な驚異に、既に戦意は喪失していた。

 そんな中、彼女の瞳に一人の騎士が映り込む。

 その騎士の背中に漆黒が膨れ上がり、風船が弾けるようにして、マントがたなびいた。

 バサバサと、風もないのにたなびくマントの音に、一同の緊張が高まっていく。

 バタン!

 一際大きいマントの音を皮切りに、悪魔が雄叫びを上げる。

 ビリビリと辺りを痺れさせるほどの咆哮にまるで感化されるようにして召喚されたモンスターたちが行進を始める。

 走り出したモンスター達の手には一振の剣。

 数百の軍勢が一人の騎士へと襲いかかる。

 だと言うのに、この張り詰めた空気を達観するような、あの騎士の悠々とした態度は何なのだろう。

 横で必死に仲間の岩城義弥を治療する香椎ちなは気付いていない様子だが、彼女、守艸漣花はまるで戦国の時代に取り残された気分だ。

 目の前で一人の騎士が殺されるその時を、ただ見守ることしか出来ない。

 なんて無力なんだと、目を背けることすら出来ず、その騎士の一挙手一投足を見守った。

 その時だった。

 ひらりと漆黒の閃光が閃いた。

 まるで流星のように優雅に、されど美麗に、スラリと伸びた閃光はまるで光を切り取ったかのようだ。

 漆黒が通り過ぎた後には、血を吹き出すことすらなく数十というモンスターが一挙に倒れ伏す。

 綺麗に切断された体は、滑り台を滑り落ちるように、スルリと滑らかに落ちていく。

 気がつけば既に大半のモンスターは殲滅されていた。

 「このニンゲン!強い!」

 焦ったかのように叫んだ悪魔は、まるで怯えているかのように恐る恐る交代していく。

 されど尚漆黒の流星は止まらなかった。

 まるでダンスホールをかけるバレリーナのように、縦横無尽に可憐なステップを駆使してモンスターを駆逐していく。

 この場にいる全ての存在が、自身の目に映る光景を信じることが出来なかった。

 あれほどの逆境を、まるで台風を薙ぎ払うようにして、そしてそれをさも当然のようにやってのける漆黒の騎士に、モンスター達は為す術もなく殺戮されることを待つしか無かった。

 「フグゥ!」

 モンスターが切り伏せられる度に苦しそうな断末魔を上げ、粒子と化して消えていく。

 まるでイルミネーションでも見ているかのような、幻想的な光景だった。

 気がつけば、辺りを覆っていた無限にも感じられたモンスターは残りを上げることすら待ってはくれず、全て死に絶えていた。

 信じられないと言った表情の悪魔は、その巨躯を恐怖に震わせながら、ゆっくりと後退していく。

 ようやく立ち止まった騎士は、プシューとまるで機械のように息を吐いて、また歩き出す。

 その歩みはどっしりとした重量感をもち、一歩一歩と確実に歩みを進めていく。

 ズシン、ズシン、近付いてくる足音に悪魔が発狂にも近い叫び声をあげる。

 恐怖にかられて、悪魔は腰に下げていた剣を引き抜いた。

 まるで電柱のような大剣を片手でブンブンと振り回す姿に、普通の人間ならば立ち寄ることすら臆するだろう。

 だと言うのに、その漆黒は一切の躊躇もなく淡々と近づいていく。

 悪魔の目に、血のような真っ赤な涙が浮かび上がる。

 グンと空間を抉り取るほどの速度で振り回された剣は、正確性などなく、ただただ空をなぐのみだ。

 ただそこに足を踏み入れるほど命知らずな者も居ないだろう。

 だがその騎士はスッと踏み込むと、黒閃を描きながら一気に距離を詰める。

 突然現れた漆黒の騎士に、悪魔が剣を振るう手を更に早く、鋭くする。

 正確に軌道に乗ったその剣筋に、まるで気がついていないかのように飛び込んでいく騎士は、受け止めるかのように剣を構える。

 が、その剣はするりと漆黒の剣をすり抜け、騎士のその身に打ち付けられる。

 その光景に、守艸漣花は瞬きすらも忘れて魅了されていた。

 まるで殺されたように見えたその一撃は、鋭い金属音に打ち消されてしまう。

 悪魔も、そして守艸漣花も、息を飲み込み、吐き出せない。

 そんな悪魔に、まるで底から湧き上がるかのような恐怖と同様にヌルリと近付くと、その青く輝く眼光を鋭く輝かせてその柄を握る力を強める。

 悪魔はその瞬間死を悟る。

 いや、既に実感さえしていた。

 ゆっくりと流れる時の中で、エンドロールを見ているような気分さえしてくる。

 そんな悪魔の首は、ゆっくり、ゆっくりと沈み込んでいく漆黒の剣に、スルリと切り落とされていたのだった。


 ──《他軸世界との接続コネクトが完了しました。》

 《モンスター、《至高帝の使い》を全て倒しました。》

 《ボス:《至高帝の眷属》を倒しました。》

 《報酬が支給されます。》

 《報酬の精算に時間がかかるため、報酬の支給にズレが生じます。》

 《戦闘中にレベルアップを感知しました。》

 《経験値の精算に時間がかかるため、レベルアップにズレが生じます。》


 そんな通知が来て、突然プツリと音が途切れる。

 俺としては特に問題はなく、レベルアップ出来るならばそれでいいのだ。

 まずは香椎達だろう。

 俺は影の装備でその身を包んだまま香椎達の元へ急ぐ。

 義弥は既に問題はなさそうで、今は体力の回復中だろうか。

 香椎の頑張っている姿を覗き込んで胸を撫で下ろす。

 そうして無事そうな義弥を横目に、俺は出口を探すことにした。

 どこを見てもまるで見つかる気配がない。

 《魔力感知》を使っても、どこにもほころびは無いので、転移門すらないのだろうかと不安を抱え始めたところで、ボス部屋を塞ぐ壁に、罅を見つける。

 俺はそこに《破壊打撃》を打ち込んでみるが、どうやらビンゴのようで、まるで発泡スチロールのように弾け飛んでいく。

 中は中世の闘技場のような場所で、騎士が剣を構えている。

 俺は騎士道を知らないのでとりあえず近寄ってみるが、特に危険な相手でもなく、難なく勝利を手にする。

 もうAランクでも問題なく潜れてしまうのでは無いだろうか。

 そんな愉悦に浸る暇もなく、すぐに香椎達を運び出す。

 1人ずつ転移門の中に入れていき、最後は俺一人になる。

 一瞬で過ぎ去ってしまったあの戦闘を思い出しつつ、俺はダンジョンを後にした。

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レベル0の最高到達点 長友文 @naga10mo-hu3

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