第一部 転生
転生、そして魔術
第1話
母の名はミオ。父の名はアバール。
その間に子どもとして生まれた俺の今世の名は「スヴィン」と云うようだ。
体はおおよそ三歳くらい。一人で立って歩けるし、言葉の聞き取りと発声もそれなりにできる。いわゆる「物心がついた」ということなのだろう。
それでも感性は三歳児なので、怪我をすれば泣くほど痛いし感情のコントロールがなかなか上手くいかない。なかなかむず痒いが、まあ生まれ変わったと考えればそんなことは些事だ。
この家にはスヴィンを愛してくれる家族がいる。
それだけで俺にとってはじゅうぶんすぎるほどだった。
「ママ、ぎゅー」
「はいはい。スヴィンはほんとうにぎゅーが好きねえ」
この体では未だ不安を強く感じることも多い。そんなとき、力強く抱かれるとものすごく安心するのだ。
母は甘えたな俺をよく甘やかしてくれた。
もちろん危険なことはしっかりと叱ってくれたけれど、前世で身の回りのことを行なっていただけあって俺はリスク管理がそれなりにしっかりしているらしい。年頃にしては賢くしっかりしていると評を受けている。
「よしよし。じゃあお散歩行こっか」
俺たちは毎日昼になると、父へ弁当を届けるために散歩をするのが日課だ。
数日過ごしてきたなかで気づいたのは、やはりここは前世とは全く違う環境だということだ。
俺たちが住んでいるのは鬱蒼とした森が近くにある小さな集落。村の名前もないような場所だ。
そのぶん近所の距離感が近く、同年代の子どもがいない俺をおとなたちはみんなで面倒を見てくれている。
母と手を繋いで、父のいる森の近くへと向かう。
父は木こりだ。一年を通して木と向き合い、村の冬支度を一手に担っているらしい。
たくましい腕で斧を振るう姿は漢を感じる。
仕事は職人気質だが、家では温厚で気遣い上手な性格で、これ以上なく尊敬できる相手だと言えよう。
「あなた! お昼ご飯、持ってきたわよ」
「ああ、ミオ、スヴィン。ありがとう。ちょうど一段落ついたところだよ」
父は額に浮かんだ汗を拭い、こちらへと寄ってきた。
開けた場所に座ってランチを摂る。と言ってもハードパンに野菜を挟んだだけの簡単なものだ。
焼きたてを持ってきたのでまだほんのりとあたたかい。
「いやあ、こうして家族三人一緒にご飯を食べられて、仕事が捗るってものだよ」
「ふふ、スヴィンもずいぶん長く歩けるようになったわね」
「さんぽたのしい。おしごとも、みるのたのしい」
「お、父さんの仕事見るの好きか。嬉しいなあ」
がしがしと頭を撫でられる。これもまた心地よい。
遠慮なくお腹いっぱいサンドイッチを食べてしばしの談笑を楽しむ。食後の眠気が襲ってくる頃、父の仕事は再開する。
「それじゃあまたあとで」
「ええ、怪我に気をつけてね」
斧が木を切る音を背後に聞きながら、うつらうつらと村を歩く。
ガラガラと荷車の音が聞こえてきて、これがなおのこと眠気を誘う。
しかし聞きなれない音だ。誰か来客だろうか。
「あら」
母は何かに気づいたように足を一度止め、俺の方をチラリと見た。
「うん、スヴィンは眠いわよね。先におねんねしましょうか」
ぼんやりした頭でうなずく。一刻も早く寝たい。
家にたどり着いた頃にはふらふらで、リビングのカーペットにたどり着くや否や俺の体は電池が切れたようにぱたりと倒れて、意識が途切れた。
目が覚めたのは夕食前だ。
しっかりと眠りをとった体はふわふわと浮き上がりそうなほど軽く、全能感に包まれている。
父はもう帰ってきていた。
俺が起きたことに気づくと母と二人で「おはよう」と声をかけてくれる。
二人はどうやらリビングのテーブルに置かれた何かを見ているようだった。
「スヴィン、こっちへおいで」
母に手招きをされてテーブルへと向かう。
ひざに抱え上げられると、首に何かをかけられた。
それは奇妙な形に織られた組紐で作られていて、太めの革紐が俺の首から伸びている。なにかのアクセサリーだろうか。
不思議に思って母を見上げると、疑問は父の口から告げられた。
「これは……アミュレットかい?」
「そうよ。これは光魔術が組まれてて、こっちのアミュレットで位置がわかるようになってるの。そろそろこの子も外へ出る頃だから、迷子防止に使おうと思ったの」
光魔術。
俺の耳が拾い上げたそれは、前世ではとても耳慣れない響きだった。
この世界の文明レベルは現代日本に比べて低い。食事も素朴なものが多いし──うちの母は相当の料理上手だからこれでもたいそう良い方らしいのだが──傷や病は薬草で治すのが当たり前。現代ではホメオパシー(民間療法)と呼ばれそうなものだ。
でもそういえば、数年前に隣家の長男が足を大怪我した時に妙な術を使っていたような気がしないでもない。
「そうだなぁ。『呪いの魔女』にでも会ったら大変だからな!」
「やだもう、あなたったら」
魔術の次は呪いときた。
なるほど、この世界は予想以上にファンタジーな伝説が信じられているらしい。
俺は目の前のスープ皿に匙を差し込みながら、抑えられない好奇の目をアクセサリーへ向けていた。
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