第2話
魔術の本ってあるんだろうか。
家の構造はだいたい理解しているが、俺が出入りしているリビングと寝室には数冊の本しかない。それも簡単な物語の本ばかりだ。
文字にはだいぶ慣れてきた……というか、さすが赤ん坊なだけあって学習能力が凄まじい。この世界の文字はアルファベットに近く、両親も読み聞かせで文字を見せてくれているし簡単なものなら読めるようになった。
さて、本があるとしたら父の書斎だろうか。
父の書斎は二階だ。いまの体では階段を上ることはできても降りるには危険が伴う。
……エリハに相談するしかないか。
エリハは村全体で雇われている、いわゆる「何でも屋」のようなひとだ。主に家政婦のような仕事をいつもこなしている。
いまは幼い子どもが俺しかいないので、主に俺の家で仕事を任されることが多い。母の手の届かないような細かな作業や、時に俺のお守りもしてくれる。
毎日籠いっぱいの洗い物をさばいているし、買い物だって両手いっぱいの袋を易々と抱えているので、俺を抱える程度のことも造作ない。
早速エリハの姿を探して家を歩いてみる。
「エリハぁ」
相変わらず拙い自分の声には慣れない。
俺の声にすぐ反応して、赤毛がひょこひょこと跳ねる少女がエプロンで手を拭きながら駆け寄ってくる。
「はぁい、スヴィンさまぁ。どうしたんですかぁ?」
「だぁこ」
「だっこですね、はぁい」
エリハはひょいと俺を抱えて軽く揺さぶってくれる。ついつい眠気が襲ってくるが、気を引き締めて上を指差してみる。
「うえ、うえ」
「え? 二階に行きたいんですかぁ? うーん……抱えたままならいいかなぁ……ちょっとだけですよぉ?」
エリハは困りながらも頼られたのが嬉しいのかニコニコしている。そういえば子どものように小柄だが、エリハは何歳なのだろう。
エリハに抱えられていくらか揺さぶられていくと、階段にたどりつく。螺旋状になった階段は手すりがなく、やはりひとりで挑戦しないのは正解だった。
二階に着くと廊下を少し巡って、エリハは間取りを見せてくれた。目星をつけた通り、父の書斎は2階だ。おそらく書籍があるのもそこだろう。
「エリハ、ほん、ほん」
「本? ああ、お話しが聞きたかったんですねぇ」
違う。そうじゃない。
「まじゅつ。ほん」
「へ、魔術ぅ! どこで知ったんですかぁ、そんな言葉ぁ」
よしよしと頭を撫でられて一階に降りる。ああ、書斎を見たかったのに。
「んー、魔術のお話しが知りたいんですかねぇ。じゃあエリハの絵本をお見せしますからねぇ」
絵本。まあ仕方がない。俺はいま三歳児だ。
とりあえずはこの世界で魔術とやらがどんな扱いになっているのかはわかるかもしれない。
積み木でいくらかの暇を潰していると、エリハはいくつかの絵本を抱えて戻ってきた。
結論から言うと、絵本でじゅうぶんだった。
エリハが持ってきた絵本は、この世界で魔術と呼ばれる存在の基礎的なことを噛み砕いて書かれたものだった。
難しい言葉が少なかったので俺でも読むことができたし、エリハは仕事の手が空いたのか俺のわからないところをいくらか説明してくれた。
まず、この世界には本当に『魔術』が存在する。
俺たちの世界でいう科学技術に相当する部分の大半は魔術で補われているらしい。料理のために火をつけるのも、洗濯で使う水を綺麗にするのも魔術で行われている。エリハも日常的に使っているようだ。
「魔術っていうのはぁ、五つの属性っていうのがあるんですよぉ」
火、地、水、風、空。
これを五大魔術元素と云う。火や水はわかりやすいし日常的に使うそうだが、他は雰囲気がパッと思いつかない。
絵本によると地は農作などに使われることが多く、風はドライヤーのようなかたちで限定的なことが多いらしい。空というのは絵本でもほとんど取り上げられていないのでよくわからなかった。
とはいえ、普通に生活していればいまのところ魔術を使うことはない。エリハのように家政婦業についていたりすると使えれば重用されるようだ。
それはつまり──魔術が使えれば使えるほど、手に職がつくということだ。
「ヒトはだいたい決まった属性があって、そのなかでも魔術を使えるヒトは五人に一人くらい。わたしのような妖精なら話は別ですけどねぇ」
「え」
いまなんかものすごく大事なことを聞いた気がする。
「ようせい? エリハ、ようせいなの?」
「はぁい。エリハは妖精、ケットシーっていうんですよぉ」
ケットシー。ファンタジー小説やゲームなんかでも登場する有名な妖精だ。確かネコの妖精だったか。
それにしてはネコ耳も尻尾も無いけど……ヒトに擬態しているんだろうか。
「こう見えてオトナなんですよぉ。うふふ」
頭を撫でくられてどちらがネコかわからなくなる。
「エリハは水属性なのでお洗濯が特に得意なんですぅ。お洋服、いつもぴかぴかでしょぉ? この村のお水はエリハが頑張ってるんですよぉ」
なるほど。この近辺の生活水準にしては水に困ったことがなかったのはエリハのおかげだったということか。水の質は食事にも直結する。美味しいご飯にありつけているのも魔術が関わっていたのだ。
昨日母が持ってきたアミュレットにも光魔法がかけられていると言っていた。あれも迷信ではなく本当に効果のあるものなのだろう。
──俺にも、魔術の素養があるのだろうか?
胸のなかに熱いものが込み上げてくる。
もし素養があるとするなら──俺は、やれることをやってみたい。
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