第23話 漆黒の宝玉

 タピオカを手に三人で訪れた公園。

 そこそこ広く、大きい滑り台やブランコといった遊具まで設置されている。小学生くらいの子どもが多い。広場になったところでは男児の群れがサッカーボールをぶつけあって楽しそうにはしゃいでいた。


 まあ俺の横にも小学生くらいの女児がいるわけだが、もちろん一緒に遊びにきたわけではない。

 手頃なベンチが空いていたので、そこに並んで座る。

 俺と古村さんの間に『破滅の魔王』を置く配置だ。


 金髪幼女ちゃんはすぐに目を覚ましていた。太いストローの刺さったタピオカミルクティーのカップを両手で持って感慨深そうに眺めている。

 そしてストローに口をつけては、ずぷずぷと吸い始めた。


 ――ふむ。これが『漆黒の宝玉』か。


『破滅の魔王』が口をもむもむさせながら唸る。


「ど、どうですか?」


 そんな幼女を固唾をのんで見守る俺。そして古村さん。

 幼女は赤い瞳でタピオカミルクティーのカップを見つめ続けている。


 ――悪くない。全身に魔力がいきわたるようだ。


「それは良かったです」


 俺と古村さんは魔王の言葉を聞いてふうと安堵の息を吐いた。

 まあ言ってもタピオカなので全身に魔力が云々は完全に気のせいだろうけど、薦めたものを気に入ってくれるというのは俺としても悪い気はしないな。この子が昼寝してる間にがんばってインターネットで調べた甲斐があったというものだ。


 ちなみに俺も同じタピオカミルクティーを買った。

 金銭的には正直厳しいんだけど、前回のファミレスと同じで付き合い的に自分だけ注文しないわけにもいかない。まあ、調べていたら自分も口にしてみたくなったというのも少なからずある。

 カロリー的にはラーメンと同じくらい高いらしいし、今日はこのタピオカミルクティーが晩飯ということでいいだろう。


 ともあれ俺にとっても未知の一品。

 期待と警戒を抱きながらずぷずぷと吸う。


 肝心の味は――これがまた意外と悪くないのだ。

 というか普通に美味い。激ウマ。

 まあ結構な値段(真ん中のサイズで一杯570円)がするし、ちゃんと丁寧に作られてるもんな。行列ができるのも伊達じゃないってことか。


 あと一応、古村さんも自分の分を買っている。

 黒糖が入ったミルクのやつだ。

 しばらく無言だった古村さんは、俺と『破滅の魔王』を見てから控えめにストローに口をやり、ずずっと吸う。むぐむぐと口を控えめに動かす。


 そんな古村さんの様子を、俺はなんとなく見入ってしまう。

 果たして古村さんはこのタピオカという普通の女子っぽいアイテムにどんな反応を示すのか。



「もちもち……」

「えっ」

「思ったより、もちもちしてる……ミルクもすごく甘いけど、タピオカも噛めば噛むほど甘い……なんだか不思議……もちもち……」

「……そうか。まあ、気に入ったみたいでよかったよ」

「……、」


 急にすん、となる古村さん。


「た、確かにおいしいかもしれないね。黒糖ミルクの部分は。でもやっぱりタピオカの存在が不可解。吸ったら勝手に口の中に入ってくる粒が不快で仕方ない!」

「…………」

「そのまま飲み込んでしまうには大きいし、仕方がないからちょっとだけ噛んでみたら思いのほかもちもちしてて、思いのほか甘くて、ちょっとだけ驚いてしまっただけで。ただ、それだけの話だから。か、勘違いしないでねっ」


 なんだ勘違いか。気に入ったように見えたのに、残念だ。

 けどそれが切欠になったのか、古村さんの中の何かしらに火がついてしまったらしい。暴走気味にこんなことを言ってくる。


「まあ、でも。せっかくだし。このまま写真くらいとっちゃいますか?」

「え? なんの?」

「この、二度と食べることのないであろうタピオカと、あとついでに……私達も」

「写真か……」

「その、深い意味はないからっ。急に蝿のモノマネがしたくなっただけでっ!」

「ああ。わかったよ。いや写真とることのどこが蝿のモノマネになるのかは全然わからないけど、いいよ。とろう」


 そういうわけで古村さんのガラケーで写真をとる。

 カシャッ!


「えへへ……」


 古村さんは液晶に映された画像を見ると、控えめにはにかんだ。

 俺も覗いてみる。おお。

 そこには写真に写ろうと身を寄せ合い、互いにぎこちない笑みを浮かべる俺と古村さん、あとついでにタピオカに夢中になる金髪幼女ちゃんが納まっていた。

 

「一応、一応だけど。あとで望月君にも送るね?」

「ああ、頼む」


 一緒にタピオカを堪能して。

 記念に写真とって。

 楽しそうに笑って。


 俺が読んでいた小説でも女子と一緒に過ごすシーンがとても多くて、何だかんだで読んでいて一番楽しかったのもそういう場面だった。


 あの小説は全て作家の妄想で、俺が信じるものではなくなってしまったけど。

 あの小説みたいに、本当にラブコメのようなこんな時間を過ごせるのなら学校も悪くないのかもしれない。


「もちもち……」


 こうしてると、古村さんもおそらく普通の女子高生と変わらないはずなのに。

 それなのに、この子は本当にどうして。


 全校生徒を生贄に魔王を喚び出したりなんかしたんだろう。


 どうして人類を滅ぼそうとしているんだろう。


 タピオカを片付けた後、今度こそは踏み込んで聞いてみよう。

 そうしないと、俺は古村さんのことを何も信じることができない。

 俺はいつまで経っても前に進むことができない。


「念のため、もう一枚とっておきます」

「えっ、また?」


 カシャッ!


「あの、もうすこし近くに……写真からはみ出てる」

「お、おう……」


 カシャッ!

 カシャッ! カシャッ! カシャッ!


「おいおい、古村さん。さすがにとりすぎ……」


 カシャッ! カシャッ――うん?

 なんかシャッター音が複数箇所から聞こえるような。


「可愛い子! ねえねえ! 君、どこから来たの?」


 なんだ、また金髪幼女ちゃんにたかる蝿か。

 まったくどこのアホ学校だ――ってあれ。

 目の前にいる長い黒髪の女子。なんか制服に見覚えあるような。


「もっとも、重要なのはではなく来たのか、かもしれないわね。この異邦より訪れし少女は、果たしてこの世界にどのような運命をもたらすのか」


 そしてこの独特の言い回し。

 顔を上げて確認する。知ってる顔だった。


「お前は……九門! 九門じゃねえか!」

「あるいはこの少女ですら何らかの運命に引き寄せられた欠片ピースの一つでしかないのかもしれない。運命の強制力には、いかなる者も抗うことはできないんだから」

「なんでお前がここにいるんだ!?」

「運命は定められし未来へと収束する。でも、人はそれをただ受け入れるほど愚かじゃない。何故なら精一杯生き、正しい未来へ命を運ぼうとする行いもまた運命と呼ばれるものに他ならないんだから」

「聞けよ!」


 九門鏡子が来た。

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