第22話 列をなす虫
そういうわけで、タピオカを求めて訪れたのは駅近くにある商店街。
昔ながらの古めかしい雰囲気だけど、近場に大きいスーパーが無いこともあってか普段から地元の人で結構賑わっているらしい。その中でも一際長い行列が見えたので、目的の店はすぐに特定できた。
タピオカ専門店『サイの河原』だ。店名の横には二足歩行のサイが生気を失った表情で黒い粒を積み上げるイラストが描かれている。
「最近できたばかりの店らしいけど、かなり拘りをもってやってるみたいなんだよ。タピオカは保存料とかを一切使わず、お店でその日に作ったものだけを使用。ドリンク用の茶葉も厳選したものを特別に取り寄せてるんだとか」
俺はそんな説明をしつつ、古村さんと金髪幼女を連れて行列の最後尾につく。学校が終わる時間帯だからか、学生らしき連中が多い。そのほとんどが若い女子だ 。
なんでもこのタピオカというアイテム、世間ではブームが一気に来たり冷めたりを頻繁に繰り返しているとのこと(ネットで調べた)。今は世間一般では若干落ち着いているようだけど、この地域のこの店に関しては人気が上がり調子らしい。
特にこの行列を見てもわかるとおり、若い女子から絶大な人気を集めている。
――なんだ、この列をなす虫共は。
「これが人間です。蟻みたいでしょう?」
しかし一緒に並ぶ若い(幼い)女子二人は驚くほど冷めきっていた。
あれっ。
古村さんは行列に感情のない目を向けながら、
「自己の価値を持たず、 人気とされるものにただ群がる。浅慮で知能の低い人は、人ながらにして虫のような行動原理を見せるんです」
――しかし虫故にその自覚もない、か。哀れなものだな。
列に並ぶ女子たちはきゃいきゃい楽しそうにしてる。
まさか自分達が虫呼ばわりされてるとは思いもしないだろう。
「タピオカ? なにそれ。ぜったいおいしくないよ。そんな得体の知れない粒を飲み物に入れる意味がわからないし。まあこの人たちなら人気と謳われさえすれば、たとえ昆虫ゼリーでも列をなして群がるんだろううね」
古村さんは冷笑を浮かべて頷く。
そして今度は俺に無邪気な笑みを向けて言った。
「望月君がタピオカ店の行列に並ぼうとした意味がわかった……! 愚かしい人間の縮図みたいなこの光景を、魔王様に見せたかったんだよね?」
「いや、違うけど?」
その魔王様がタピオカ欲しがったんだよ。
てか古村さんも前に黒い獣達にタピオカあげてたよな。やけに好評だったし。『破滅の魔王』ちゃん含め召喚されて出てきた奴らの好物なんじゃないの?
カシャッ、カシャッ。カシャッ。
うん? なんだこの電子音。
気が付けば数名の女子が嬉しそうにスマホをかざしている。
その先にいるのは、シャッター音にビクッと肩を跳ね上げる金髪幼女ちゃんだ。
「なにあの子! めっちゃかわいいんだけど!」
「お人形さんみたい!」
なんだこいつら。子ども相手とはいえ失礼極まりない連中だな。
高校生だろうけど制服に見覚えはない。まったく、どこのアホ学校だよ。
――虫! なんだあの小さい石板は! なんのアーティファクトだ!
金髪幼女ちゃんの疑問の声が直接頭の中に響いてくる。すると周りの女子が「えっ、なになに」「今なんか聞こえなかった!?」とか微妙にザワつき始めた。
やばっ。
他の奴にも聞こえてる!?
俺は慌てて古村さんを見る。
古村さんはコクコクと頷き、『破滅の魔王』に向けて言った。
「こいつらはナントカ蝿とかいう蝿の一種ですね。写真映えしそうなものに群がる習性があるんですよ。すぐに処理しますので、少しお待ちを……」
そして学生鞄をがさがさ漁る古村さん――そのパターンは前にもやったから!
俺は慌てて古村さんの手を掴んで止めた。古村さんは俺に掴まれたところを見つめて「あ……」と頬を紅潮させる。はあ。行列に並ぶのって結構シンドイんだな。列はさっきから全然進んでないし、この感じだとあと二十分はかかるぞ。
「古村さんはこの魔王連れてどこかに行っててくれ。全員で並ぶ必要ないしな」
「え……」
我ながら良いアイデアだと思った。
普通の服を着せて帽子で長い金髪を隠したところで、浮世離れした造形の幼女はやはり目を引いてしまうものらしい。このままだと余計な騒ぎになりかねない。
それに古村さんと『破滅の魔王』の間で話したいこともあったはずだ。俺のいないところで、じっくりと気が済むまでやっててくれたらいい。
「…………」
しかし古村さんは一歩も動こうとしない。
無言のまま、その場で立ち尽くしている。
「……私と並ぶのは、イヤですか」
「えっ。いや、そういうわけじゃ全然ないんだけど」
「九門さんとはファミレス行ったくせに……」
すん、とまた拗ねてしまう古村さん。
――遅いぞ虫共。いつまで我を待たせるつもりだ。
ああ、もう。
せめてどちらかは封印してきたい俺は金髪幼女ちゃんの方に目を留める。
「すみません待たせてしまって。まだお疲れみたいでしたし、よかったらおんぶしますよ」
――おんぶ?
ものは試しで『破滅の魔王』をおんぶしてあげる。
すると一分もしないうちにすーすー寝息を立て始めた。よし。とりあえずこれで行列に並ぶ全員の頭に変な声が響いてくるという怪奇現象の心配はなくなったぞ。
とはいえ、そうなると今度は古村さんと二人きりになる。
何を話せばいいだろう。
特に今日はなんか九門の絡みで機嫌悪そうだし。
「えと、そういえば」
気の利いた言葉を探していると、古村さんの方から話を振ってきた。
「望月君は、お休みが続いてるんだよね」
「そうなんだよ。こいつと遊んでる時に警察に見つかっちゃって。何故かふしだらなことをしようとしてるって勘違いされたみたいで……謹慎させられたんだ」
「何して遊んだらそんな勘違いが生まれるの?」
「さあ。完全な濡れ衣だよ」
「……本当に濡れ衣なのかな」
じとっ。
古村さんの湿った目が俺の背中の方に向く。
しまった。よりにもよって今その金髪幼女おんぶしてる。手はちょうどお尻の位置に添えられてるし。だってここに手をやった方が持ちやすいから!
「いや、本当だからな! 俺にそういう趣味は……」
「せっかくみんなを生贄にしたのに……喚び出した魔王様に入れ込まれたら意味が」
「うん?」
「な、なんでもないっ」
小村さんは慌て気味にパタパタ手を振ると、すぐに別のことを聞いてきた。
「その、その……お怪我の方は、もう痛くない?」
お怪我――ああ。
果物ナイフで刺された脇腹のことを言ってるんだろう。
「元々そんなに深くなかったし。今はもう全然痛くないよ」
「そ、そう……」
消え入るような声でしゅんと視線を落とす古村さん。
まだそのことを気にしてたんだな。俺がまだ休んでいる理由を聞いてきた理由もそれだとしたら、なんか逆に申し訳なくなってくる。
「古村さんの方こそ、もう大丈夫なのか?」
「えっ」
だから俺も逆に聞き返す。
ふと思い出したのだ。
古村さんは交通事故で入院していた。そう九門が言っていたことを。
「……うんっ! おかげさまでもうぜんぜん大丈夫だよ……!」
木陰にひっそりと咲く花のように笑う古村さん。
何のことかはすぐに伝わったらしい。九門の情報も間違いじゃなかったようだな。
それからは特に会話はなかったが、俺が事故のことを気にかけたのが嬉しかったのか、古村さんは目に見えて機嫌がよくなった。そのおかげでお互い無言でも気まずさのようなものは一切なし。そう。この自然な感じでいいんだよ。逆にきゃいきゃい常に楽しそうにしてる周りの女子達は、一体何の話をしてるんだろうね?
そのまま少し待ち、無事にタピオカを確保。
そして俺達は商店街を出たところにある小さな公園に移動した。
さて、『破滅の魔王』ちゃんは喜んでくれるかな?
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