第16話 探し人

 二人の警官、ついでに魔王を名乗る金髪幼女から逃れた俺は、そのまま駅までダッシュして絶妙のタイミングでホームに到着した電車に乗り込んだ。そして二駅のところにある『つかモール』へと辿り着く。


 さすがにここまで逃げれば大丈夫だろう。 金はほとんど無いので楽しいお買い物とはいかないが、雰囲気だけでもショッピングモールを楽しみながらここで時間を稼がせてもらう。


 そして一応お昼を挟んで午後三時過ぎまで時間をつぶし――さすがにもういいかと再び家の近くにある駅に戻る頃には、町中にはぞろぞろと帰る小学生の集団、他にも下校中と思しき中高生の姿がチラホラ見られるようになっていた。


 その中に、ふと知った顔を見つけた。

 先ほどまで時間稼ぎに滞在していた『つかモール』で先日絡んだばかりの女子。九門鏡子だ。

 

 こいつを見て俺はそういえば、と思い当たる。

 確かに俺はこいつの占いどおり思い出のコンビニ近くで運命めいた出会いを果たし、悲惨な目に遭わされたところである。謎の幼女に。


 一人でとぼとぼ歩いているのは間違いなくその九門なんだけど、少し様子がおかしいことに気付く。

 顔をうつむかせ、何度も目元を手で拭っている――まさか泣いてるのか ?


 正直、あまり関わりたくはない。

 けど――やっぱり『神隠し』の生き残りの仲間には違いないんだ。

 見て見ぬふりをすることはできなかった。


「おい、九門だよな。どうしたんだよ」

「あ……」


 九門はガバッと顔を上げる。

 そしていきなり登場した俺に驚くこともなく、暗い表情のままで口を開いた。


「古村綾のせいでアルバイトのことがバレて、先生に怒られたわ」

「えっ……」

「終わりの会で古村綾が手を挙げて、何を言うのかと思えば私が『つかモール』で占いのアルバイトしていることを先生にチクったの」


 古村さんと九門、同じクラスだったのか?

 ぐずっと鼻をすすり、赤くなった目をまた指先で拭う九門。うわあ。こいつ高校生にもなって先生に怒られたくらいで泣いてたのかよ。大丈夫か。


「あの女、絶対に許さない……!」


 九門は怨念めいた声で言う。


「アルバイトのことバラすし! 人類滅ぼそうとするし!」

「そこは同列に扱っていいところなのか」

「……まあ、別にいいんだけどね。既に手は打ってあるし」

「へ ?」


 九門は涙目で「ふん」と勝気な笑みを浮かべる。


「決まってるでしょ。魔王による破滅の運命を止める存在……つまり勇者よ」

「ああ、なるほど。勇者ね……勇者!?」

「ふふ。そう。勇者。実はこのあと、『救世の勇者』と会う約束をしてるの」


 そういや前の占いの時、そんな風なこと言ってたっけ。

 ギャグのつもりで流してたけど、まさか本気だったのか?

 いや、まあ、勝手にすればいいんだけど。


「ちょうどいいわ。貴方も行くわよ」


 とか思ってたら自然な流れで誘われた。

 意味が分からない。


「は? ちょうどいいってなんだよ。そんなわけわからん会合、行くわけないだろ」

「そ、そう、よね……」


 普通にしゅんとなる九門――あ、あれ?

 もっと食いついてくると思ったんだけど。気持ちが沈んでるからかな。

 九門は露骨に肩を落とし、「じゃあ」とまた一人でとぼとぼと歩いていく。


 その背中を見てたら、なんか無性に可哀想になってきた。


「……と思ったけど他にやることもないしな。行くとするか」


 ちょっと後ろめたいというのもある。

 古村さんに九門のバイトのこと教えちゃったの、俺だし。


「え……本当に?」


 振り返り、縋るような目を向けてくる九門。

 しかしすぐに当然みたいなしたり顔を浮かべてきた。


「まあ、貴方がそう言うのはわかっていたけど? ここで私達が会ったのも、運命の導きがあったからに他ならないし」


 おおっ、ノリが戻った。

 やっぱりうざいな。


「『救世の勇者』と会うことにより、貴方の運命もまた正しく動き出すはずよ」

「はいはい」


 まあいい。こいつ、おそらく相当な構ってちゃんだ。

 記憶を失う前の俺、どんな感じでこいつと付き合ってたんだろう。本当に謎だ。




 そういうわけで、俺達は駅近くにあるファミレス『バスト』に入った。

 奥まった場所に四人掛けの席が空いていたので、俺と九門はそこに対面で座る。すぐにアルバイトらしき大学生風のお姉さんが注文をとりにきたけど、「あともう一人来るんで」と先に水だけをもらっておいた。


「その勇者とやらはいつ来るんだよ」

「さあ。補習が終わったら来るんじゃない」


 九門はデカいメニュー表をパカッと広げて興味深そうに見ている。

 俺は頬杖をついて、水に手をやりながら尋ねた。


「補習って。新学期始まったばかりなのにか?」

「夏休みの宿題、全然出来てなかったみたい」

「ふうん……なんというか、アホっぽい奴だな。大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。『救世の勇者』なんだし」

「そうか」


 大丈夫の基準が俺にはわからなかったけど、話の流れからして勇者は学生らしい。

 となると、俺達と同じ学校の奴だろうか。


 勇者が来ないことには特に話すこともない。

 手持ち無沙汰に水を飲んでたら、九門がメニュー表を見ながら切り出してきた。


「それで? 会うことはできたの?」

「会うって。誰にだよ」

「この前、誰かを探していたのでしょう」

「ああ、そのことか。おかげ様で会えたぞ。その日のうちにな」


 ついでに言うならそいつとは今日の朝も会ったところだ。

 ドサクサに紛れて公園に置いてけぼりにしちゃったけど。


「ふ、ふうん。ちなみにどんな人だったの? ……女性?」


 ちらっ、ちらっ、とたまに視線をこっちにやりながら。

 九門が微妙にそわそわしてるように見えるのは気のせいだろうか。


「まあ、女子っちゃ女子かな」

「そ、そう……」

「小学生くらいの」

「小学生!?」


 そうそう、小学生といえば気になってたことがあるんだよな。

 なんとなくガラス越しに外を見る。

 十人くらいの小学生が列をなしてきゃっきゃと楽しそうに下校していた。


「な、なによ。どこを見ているの?」

「ああ、今日はやけに隊列組んだ小学生が目立つと思ってさ」

「事件の影響で集団下校してるんでしょ? 私の学校でも一応、注意されたし」

「事件? 今日なにかあったのか?」


 コップに口をつけながら聞いてみる。

 別に大して興味はないけど、まあ時間潰しのネタにはなりそうだ。


「なんか今日このあたりの公園で、女児をトイレに連れ込んでイタズラしようとした男がいたみたいね」

「ブォゲッ!?」


 水を盛大に噴いた。

 え。それって、まさか。


「な、なによ。汚いわね……」

「いや… …そんな絵に描いたような変態、リアルにもいるもんなんだな」

「本当にね。なんでも中肉中背の平均的な顔立ちで特徴がないことが特徴と言えるどこにでもいそうなごく普通の男子高校生だったとか」

「人のこと一昔前の量産型ラノベ主人公みたく言いやがって! あの公僕のイヌ共が!」

「えっ」

「あっ」


 二人の間に沈黙が降りる。

 やがて九門が震える声で、


「なんで高校生が学校のある時間にって思ってたけど。まさか、貴方……」


「ふぎゃあ! 遅くなった~~!!」


 その時、店の中を全力疾走してる奴が視界に入ってきた。

 しかもまっすぐにこっちの方へ向かってくる――キキキーーッ!

 靴底ブレーキで急停止したのは、なんとちょうど俺達の席の前。


「お待たせっ! しましたくもんさん!」


 ひるがえるスカート。すらりと伸びる長い脚。背が高く、やけに健康的な体つきをした女子だった。そいつは九門と同じデザインの夏セーラーを着ていて、確かに九門の名前を呼んだ。


 ということは、まさか。

 こいつが例の勇者か?

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