5.

 ──12月10日


 大学入学式も終わり、どのくらい経っただろうか。もう、冬が訪れていた。寒さが手の神経を殺しにかかっている。

 

 祈と付き合ってもう9ヶ月経っている。祈も一人で立てるようになって、4ヶ月だ。沢山、出掛けた。遠くに行った。大学生活そっちのけで優先した。


 お陰で大学の友人は少ない。強いて言うならば裕太ぐらいだろう。何人かは少し話す程度の中で特に仲がいい訳では無い。


 思い描いていたキャンパスライフでは無いが、そんなことどうでも良くなるほどに充実していた。


 大学の食堂で祈と合流する。


「今日は紅葉見に行こうよ」


「いいね。秋じゃないのに紅葉が見れるなんて四季もクソもないな」


「ほーら、そういうこと言わない。見れるんだから季節にイチャもん付けないの」


「はい、すいません。じゃあ……見に行くか!」


「おー!」


 車で山を登る。綺麗に補正された道路の脇には落葉が結構落ちていた。駐車場に車を止めて、山頂を目指して階段を登る。


 祈は肩を貸さなくても自力で手すりで登れるほどになっていた。でも、さすがに怪我しそうで怖いためおんぶをして進む。


「重くない?」


「んー、いい負荷と言っておくよ」


「バーベルスクワット何キロでやってるんだっけ」


「80だよ」


「私、そんな重くないし!」


 頭をポンっと叩かれる。あー可愛い。からかいがいがある。おんぶをして山頂に着く頃にはだいぶ体力が消耗されていた。


 寒いはずなのに額に汗が滲む。


「ありがとね康介」


「どういたしまして」


 山頂からの眺めはとても綺麗で、有名でもなんともない山なのに景色はやけに綺麗で新鮮だった。多くの建造物で埋められた自宅周辺とは違って開放感があり、心地よかった。


「康介、来てよかったね」


「そうだな」


 祈の横顔は何故か寂しそうで、少しだけ上がった頬が不安を生む。


「あのね、実は言わなきゃ行けないことがあって」


 嫌だ、聞きたくない。そんな気持ちが溢れる。


「どうした?」


「私、また入院しなくちゃ行けなくなったの」


「うん…………分かった」


 俺は覚悟が出来ていたため、すぐに頷く。彼女に心配をかけないためにもこの方がいい。


 すぐ納得したのが意外だったのか、祈は少し驚いている。


「覚悟はしてたから。祈のためだしな」


「ごめんね。色んなことしてくれてたのに」


「何言ってんだよ、幸せだったからいいんだよ」


「康介……ありがと。ほんとに、あなたが彼氏で良かった」


 その言葉を聞いた途端、目頭が熱くなり気づけば彼女を抱きしめていた。今すぐ居なくなる、そんな気がした。別れなんて、いつ来るか分からない。


 離れたくない。まだ、離れたくない。一緒にずっと居たい。隣にいて欲しい。そんな自分の欲望が出てくる。


「康介、私は大丈夫だよ。元気だから」


「もう、帰らないでいよう。一緒に居たい。死ぬまでずっと」


「……それじゃダメなんだよ。決まった運命に抗うのも分かるけど、今は抗ったらダメなんだよ」


「そんなの……嫌だ」


「私もだよ。もっと一緒にいたい」


 優しく背中を包み込むように俺の後ろに祈の手が回る。そして弱い力で優しく抱きしめてくれた。


「……ごめんね。せっかくの紅葉が見れないね」


 俺は頷くだけで返事ができなかった。声が出せなかった。辛いと言うより何で祈がこうなるんだという悔いが大きかった。


「ほら、見てみなよ……綺麗な紅葉だよ…………康介……顔上げてよ。ねぇ、そんなに泣かないでよ……私まで……泣いちゃうからさ」


 祈が作っていた笑みも崩れて、俺と同じように泣き始める。


 今日こんなに暑かったっけ。祈との間には太陽が当たるより熱く、燃え尽きてしまいそうな程の熱があった。熱と言うよりか、想いだろうか。そんなものがずっとあった。


「……泣きすぎた。ごめん」


「ほんとだよ。私まで泣いちゃったじゃん」


 何分経っただろうか。腕時計を見ると抱きついて20分以上が経っていた。心とは正反対でオレンジの太陽が嫌なほどに光っている。


「そろそろ、帰るか?」


「夕方だし、帰らなきゃだね」


「また来年も見れるかな?」


 そう聞くと彼女は優しく頷く。太陽に向かって咲く向日葵のように明るい笑顔を向けられる。俺は彼女の太陽になれているのだろうか。


「見ようよ。絶対に」


 間が空いて放たれたその一言にはたくさんの願いが込もっていたように感じた。

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