4.
──3月9日
今日も病院に出向く。病室に入ると、母と祈さんが居た。
「あら、珍しいわね」
「祈さんに用があって」
「ふーん。青春ね」
「からかわないで」
祈さんのベッドまで行き、肩を貸して車椅子に乗せる。そして、前とは違って病院の大きな木がある中庭のような場所に移動する。
昼間なのにえらく静かで独り占めできているという優越感に浸っている。
「ごめんね。来てもらって」
「全然大丈夫だよ」
「昨日の事なんだけど」
ゴクリと唾を飲む。答えられないのは分かっている。振られたんだ。だけど緊張してしまう。
「私、結構進行してるの。病気が」
「え……なん……な、なんて、言った?」
「簡単に言うと、あと一年ぐらいしかなくてさ。告白は嬉しかったけど、康介くんと満足いくまで過ごすことは出来ないだろうから」
俺は絶望する。好きな人があと一年しか生きられない。この事実が心にヒビを入れる。色んな感情が溢れ出る。
口を動かそうとするが震えて何も言えなかった。
「だからね、私は応えれないって言ったの。康介くんには迷惑かけれないよ。ずっと笑顔でいて欲しいから」
振り向く彼女の顔は太陽に照らされ、目元の雫が反射して眩しかった。
「──でもいい」
頬に力を入れて口が震えないように堪える。
「え?」
「それでもいいんだ。祈さんと……俺は生きていたい。たとえ居なくなっても、俺の愛した人として記憶にずっといて欲しい」
そう言うと顔を隠すように前を向く。
「でも、私のために無駄な時間をすごして欲しくない」
「無駄なんかじゃない!!」
大声を出した瞬間、前を向いたままの車椅子がビクッと揺れる。持ち手を強く、グッと強く握る。
「無駄なんかじゃない。祈さんが居てくれれば、無駄な時間なんてない」
「なんでよ……なんで……諦めてよ」
鼻をすする音が聞こえ、声も震えている。
彼女の言葉があまりにも苦しかった。活き活きとしていた彼女のこんな姿は初めて見る。今も人の事を考えて、優しく接してくれる彼女が愛おしかった。
どうか笑って欲しい。笑わせてあげたい。そう考えていると口が開いていた。
「諦めたくない……祈さんが、好きだから」
「私といても幸せがあるとも思えないよ」
「今の時間が俺の幸せだよ」
風が木の葉を揺らす。沈黙の中にその自然の音がノイズのように入る。邪魔じゃない、悪くないノイズだった。すると、ノイズがプツンと切れる。
「康介くん……私のわがまま、聞いてくれる?」
「なんだって聞くよ」
「最後まで、あなたと一緒に過ごしたいです。私の彼氏になってくれませんか?」
「喜んで。あなたを幸せにします」
「……ありがとう」
震えた小さな声でそう言う。二人で静かに大きな木に見せつけるようにゆっくり手を繋ぐ。握った手は暖かく、こんな幸せがあっていいのかと思っていた。
俺たちはしばらくしてまた病室に戻る。いざ話そうとしても特に話題がなく、あっという間に病室に着いた。
そこには母の姿は無く、俺と祈さんと同じ病室のおばさん二人がいた。祈さんをベットに移して、毛布をかける。
「今日さ、連絡していい?」
「うん。勿論だよ」
「ありがとう。じゃあ、またね」
「またな」
病室を出て、小さくガッツポーズをする。看護師さんに見られて恥ずかしい。嬉しすぎて気分は舞い上がっていたが、ふと思い出す。
彼女の言っていた一年を俺と居て良かったと言ってくれるような、そんな一年にしなくてはならないな。
神様は本当に、意地悪だな。
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