第6話 俺は上じゃなくて下に向かえってこと?

 後ろには鉄格子の扉があり、それに背を向けて歩むと望愛はゴブリン達と対峙する。


「黒羽さんは右から敵に攻撃して。魔石は消費したら次の使って良いから。俺は左から攻める」


「了解!」


 望愛が気を引き締めて自分の役割に集中したのを確認し、歩は左側からゴブリン達の首を斬り捨てていく。


「おい雑魚共、首置いてけ!」


「一君!?」


「良いゴブリンは死んだゴブリンだけだ!」


「「「…「「ゴブァ!?」」…」」」


 (よし、良い感じにゴブリン達のヘイトは稼げた。闘気付与オーラエンチャントを披露するには丁度良い)


 闘気付与オーラエンチャントは【武器精通ウエポンマスタリー】の派生技であり、自身の手に持つ武器にオーラを纏わせて攻撃によるダメージを与えるだけでなく、霊体にも攻撃が当たるようになる。


 オーラを纏った夜霧の刃は先程よりもゴブリン達を斬りやすくなり、討伐速度が上がっていく。


 全部で10体いたゴブリンだが、歩が7体仕留める結果に終わった。


 血を振り払って夜霧を納刀する歩に対し、望愛が恐る恐る声をかける。


「一君ってもしかしてバーサーカーなの?」


「違うから。あれは黒羽さんにヘイトが向かないように、わざと強めの言葉を使っただけだって。ほら、ゴブリンが黒羽さんの方に行かなかったでしょ?」


 敵に取り囲まれた状況でも冷静に応じ、豹変したようにゴブリンを煽る歩を見て望愛は勘違いをしていた。


 決して好戦的な性格ではないので、歩はちゃんと事情を説明した。


 これには望愛も納得できたから頷く。


「…確かにそうね。でも、さっきのって【盾術シールドアーツ】の挑発じゃないんでしょ? 盾役をした同僚が使ってたけど、あれと似てたわ」


「【盾術シールドアーツ】なんてあるんだ? まあ、俺のは挑発擬きだよ。探索者レベルが上がって会得した技は闘気付与オーラエンチャントだから、挑発なんて派生技は俺には使えないし」


「私からすれば、スキル由来の技の真似事ができるってだけで驚きなんだけど。一君ってば多才過ぎない? 戦えるだけじゃなくて頭も良いんだもの。和国大に受かるだけはあるわね」


「大学の話をするなら、黒羽さんも同じじゃない? 和国大を卒業してたと思うんだけど?」


 自分の出身大学の話はしていないのに、歩が自分の出身大学を言い当てたから黒羽は目を丸くした。


 それと同時に歩はしまったと思った。


 (ヤバい、回帰前に聞いたんだった。今知ってたらおかしいじゃん)


 当然のことながら、望愛は歩にジト目を向ける。


「なんで私の出身大学を知ってるのかな?」


 (頭をフル回転させろ俺! あっ、そうだ! ご家族の話をすれば良い!)


 歩は何か言い訳できる材料はないかと頭を回転させ、とっさに望愛の家族のことを思い出した。


「お父様が和国大学で講演して下さった時、自分も妻も娘も和国大学出身だとおっしゃってたよ。お父様は警視長の黒羽正義くろばまさよしさんだよね?」


「…なるほど、お父さんが言いふらしてたのね。なら知っててもおかしくないわ」


 (よしっ、賭けに勝った)


 回帰前の記憶では、望愛の父親である正義は娘を溺愛していて望愛を講演会で自慢することも多々あった。


 歩はその記憶を頼りに即興で言い訳を用意したのだが、望愛は歩の言い分を信じたようだ。


 魔石を回収した後、歩は鉄格子の扉の方に向き直る。


「中に入ってみよう」


「そうね。行ってみよう」


 鉄格子の扉を開けて中に入ると、そこには通常個体より背の高いゴブリンが石製の狼牙棒を地面に立てて仁王立ちしていた。


 (ゴブリンエリートか。こいつも通常のゴブリンエリートじゃないんだろうな)


 ゴブリンですら本来の5階層は上の実力を発揮したのだから、ボス部屋のゴブリンエリートも通常個体より5階層上の実力なのだろうと歩は予想した。


「黒羽さん、敵はただのゴブリンじゃないっぽい。俺が攻撃を当ててヘイトを奪うまで攻撃しないで」


「わかったわ」


 望愛も見た目から判断し、目の前のゴブリンが普通ではないと理解できたから歩の指示に従う意思を示した。


「ゴォブ、ゴォブ、ゴォブ」


 ゴブリンエリートは貧弱な装備の歩と望愛を見て、エア眼鏡クイクイをしてから嘲笑する。


「眼鏡なんかかけてないだろ。エリートぶってるけどだっせえな」


「ゴブァ!?」


 歩が攻撃を仕掛ける前に口撃を仕掛ければ、ゴブリンエリートは自分がイケていると思った行動を馬鹿にされて怒る。


 少しヘイトが自分に向いたところで、歩は望愛から離れながら斜めに走り出す。


 真っ直ぐに走らないのは、ゴブリンエリートが目で自分を追うか確かめるためだ。


 幸いにも、ゴブリンエリートは自分のことを目で負ったので、進行方向を変えてゴブリンエリートに向かって一直線に走る。


 ゴブリンエリートは走り出さず、狼牙棒を野球のバッティングフォームのように振りかぶって歩に狙いを定める。


「どうしたよ? 狼牙棒が持って運ぶには重過ぎるのか? 貧弱貧弱ゥ!」


「ゴブゥゥゥ!」


 よくも言ってくれたなと怒り、ゴブリンエリートは迎撃態勢から歩を目指して走り出す。


「そうだ、かかって来い!」


「ゴォブ!」


 狼牙棒でフルスイングするゴブリンエリートに対し、歩は闘気付与オーラエンチャントを使いつつ仕込み杖を抜刀する。


 その結果、オーラを纏った仕込み杖の刃が狼牙棒を真っ二つにした。


 石を斬ろうとすれば刃が欠けるか折れるかどちらの事態になりかねないが、闘気付与オーラエンチャントのおかげで刃は欠け一つない。


「おいおいおいおい、そんながらくた使ってるくせにエリート名乗ってんの? ダッサ」


「ゴォォォォォブ!」


 煽られたゴブリンエリートは半袖の革ベストのポケットに手を入れ、棍棒型のホイッスルを取り出して吹く。


 その瞬間、ゴブリンエリートを中心として魔法陣が床に浮かび上がる。


 魔法陣から石製の棍棒を持ったゴブリンの大群が現れ、部屋がゴブリンで溢れ返りそうになる。


「ちょっ、ちょっと一君、これって大丈夫? 部屋の前とは比べ物にならない数だけど」


「問題ない。あっれれ~? おっかしいぞ~? ゴブリンエリートが見たらないなぁ。狼牙棒のないゴブリンなんて真のエリートじゃないし、ここで勝ち残ったゴブリンが本当のエリートなんじゃね?」


「「「…「「ゴ、ゴブ」」…」」」


 その発想はなかったと召喚されたゴブリン達が唾を飲み込んだ。


 ゴブリンは基本的に自分が強くて賢いと思っており、自分よりも強くて賢い者におとなしく付き従う特性を持つ。


 ゴブリンエリートが狼牙棒を失った今、ゴブリン達を統率する力は半減している。


 そこにこの煽り文句をぶち込めば、召喚されたゴブリン達は周囲の同族を倒して自分がゴブリンエリートになってやると決めるや否や争い始める。


「黒羽さん、自由に攻撃して良いぞ!」


「了解!」


 勝手にゴブリン同士でヘイトを稼ぎ合ってくれているから、歩は望愛にもう自由にやってしまえと告げた。


 ここから先は入れ食い状態になると判断したのである。


 望愛に指示を出した後、歩は漁夫の利戦法で弱ったゴブリンから順番にとどめを刺していきつつ、ゴブリン達の争いからこっそりと逃げようとするゴブリンエリートと距離を詰めていく。


「逃げんじゃねえよ。エリートなんだろ? なあ!」


「…ゴォブ!」


 そろりそろりと逃げていたゴブリンエリートだったが、歩に煽られてこれ以上馬鹿にされてなるものかと思ったのか、自分を襲って来たゴブリンにタックルを決めて転がす。


 更に石製の棍棒を奪い、転がしたゴブリンの頭を殴って気絶させただけでなく、そのゴブリンを肉盾にして歩に接近する。


「すっげえ。なんて下衆なやり方。エリートらしさなんて欠片もない」


「ゴォブ、ゴォブ、ゴォブ」


 下衆と言われても一向に構わないと言わんばかりに笑い、ゴブリンエリートは気絶したゴブリンを構えてタックルする。


「肉盾なんて無駄だよバーカ」


 闘気付与オーラエンチャントを発動し直して仕込み杖を強化し、歩は抜刀術ではなく刺突でゴブリンの頭とゴブリンエリートの頭を貫通させた。


 頭を貫通されて生き残れるはずもなく、ゴブリンエリートとゴブリンが力尽きた。


 ゴブリンエリートを倒しても召喚したゴブリン達は消えなかったから、ここから先は掃討戦だ。


 お互いに潰し合っていたせいであっさりと漁夫の利を決められ、歩と望愛によってゴブリン達を1体残らず仕留められた。


 ゴブリンの魔石を大量に回収しただけでなく、ゴブリンエリートからは魔石以外にもドロップアイテムがあった。


 それは棍棒型の召喚笛であり、回帰前の知識ではゴブリンの召喚笛だった。


 ドロップアイテムも気になるところだが、それよりも気になるのは下の階層に続く階段が現れたことだ。


 (俺は上じゃなくて下に向かえってこと?)


 謎の女性が言っていた塔の秘密がまた少し明らかになり、歩は顔を引き攣らせた。

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