第7話 ゴブリン、その場で右に一回転してゴブと鳴け
下の階層に続く階段が現れたが、先にドロップアイテムから回収する。
望愛は歩が拾ったドロップアイテムに興味を持っていた。
「一君、その笛ってボスゴブリンが持ってた物?」
「正解。ゴブリンエリートのドロップアイテムはゴブリンの召喚笛ってことらしい。
「さっきはゴブリンエリートが吹いても言うことを聞かなかったよね。私達がそれを使ったとして、召喚されたゴブリン達が言うことを聞いてくれるのかな?」
(言うことを聞いてもらうためにわざと召喚笛を吹かせたんだよな)
歩は回帰前の記憶から、ゴブリンエリートがゴブリンの召喚笛を持っていることを知っていた。
もっと言えば、ボス部屋にいるゴブリンの上位種が召喚笛をドロップすることは知っているし、今手に持っている召喚笛がゴブリンを召喚できるものの中で一番ショボいことも知っている。
召喚笛で召喚したゴブリン達は強者に従う習性がある。
その強者はどのように判断されるかだが、ゴブリンの討伐数で判断される。
討伐数が少ない場合、敵対するモンスターの格によっては裏切られるので歩はゴブリンエリートに召喚笛を吹かせ、大量に出現したゴブリンを討伐することで召喚笛を使えるアイテムにした訳だ。
「多分聞いてくれると思う。だって、
「検証?」
「こうするんだ」
召喚笛で召喚されたゴブリンが自分達の言うことを聞くか検証するため、歩はゴブリンの召喚笛を吹いた。
(まずは1体だけ出て来てもらおう)
ゴブリンの召喚笛で召喚できる数は、使用者がゴブリンの召喚笛を使用する際に選択できるようになっている。
一度に召喚できる最大数は10体までになっており、ゴブリンエリートが使っていた物と比べるとナーフされているのだが、戦力が増えるという点では貴重なアイテムと言えよう。
歩の正面に小さな魔法陣が現れ、そこからゴブリンが現れた。
「ゴブリン、その場で右に一回転してゴブと鳴け」
「…ゴブ」
命令を受けたゴブリンは従順であり、歩の命令通りにその場で回ってから鳴いた。
「よくやった。帰って良いぞ」
送還の意思を告げればゴブリンの体が光って消えた。
一連の流れを見て、ゴブリンの召喚笛は探索者にとって有用なアイテムだと望愛は理解した。
「便利なアイテムね。これがあれば、危険な場所の偵察をゴブリンに任せられるわ」
「ゴブリンは喋れないと思うけど?」
「そこは身振り手振りでなんとかするの」
「なるほどね」
実際のところ、召喚笛の中でもゴブリンの召喚笛はゴブリンを消耗品として使う用途が多い。
罠を漢解除させたり、肉盾にしたりとゴブリンに人権がないからできる鬼畜な使い方をする者が多いのだ。
わざわざ今ここでそれを言う必要はないから、歩は望愛の言い分に頷くだけに留めた。
それから、何体まで召喚できるかとかどんな命令まで出せるのか色々検証した。
歩は全て把握しているけれど、望愛が的場に報告するのに必要な情報を提供するためだ。
検証作業が終わったら、歩は望愛と共に下の階層に行ってみる。
下の階層の入口には魔法陣があったので、歩たちはそれを調べてみる。
「どうやら、この魔法陣の上に立つと外に出るか行ったことのある任意の階層まで転移できるらしい。転移魔法陣とでも呼ぶべきかな。今はクリアした地下1階層と地下2階層、塔の外しか選択肢がないけど、他の階層に到達すればそれも選択肢に加わるんじゃないかな」
「試してみたいけれど、今は一度塔の外に出ようよ。結構な数のゴブリンを倒したんだし、この探索が最初で最後じゃないんだから、今日はここで終わりにしない?」
望愛は和国陸軍に入れるぐらいには体力に自信があったのだが、大学生の歩よりも疲れているのではないかと思った。
それは
だからこそ、今日の探索はここまでにしたかったのだ。
歩も望愛の状態に察しがついていたから、無理はさせられないと思って頷く。
「そうだな。じゃあ、塔の外に出よう」
2人は転移魔法陣の行き先で塔の外を選択して脱出した。
塔の外にはプレハブ小屋の建築が行われており、作業を手伝う軍人達の中に的場がいた。
的場は歩と望愛が戻って来たことに気づき、作業を中断して2人を出迎える。
「一、初めてにしちゃ随分と長い探索だったじゃないか。パッと見た感じじゃ怪我はしてなさそうだが大丈夫なんだよな?」
「平気ですよ。多分、俺よりも黒羽さんの方が疲れてるんじゃないですかね。俺に振り回された訳ですし」
「振り回された?」
歩の発言が文字通りで黒場をジャイアントスイングした訳ではないとわかっているから、塔の中で何があったんだと的場が望愛に視線で説明を求める。
「ここで話をするには報告事項が多過ぎます。内容も外に出して良いのか悩むところがありますので、場所を変えさせて下さい」
「わかった。基地に戻るぞ」
的場と望愛に連れられて、歩は臣宿基地にある的場の部屋に移動した。
そこで今日手に入れた魔石を見せる。
「おいおい、なんだこの量は? しかも、昨日の探索で手に入れた魔石よりも色が濃いじゃねえか」
「本日の探索で遭遇したゴブリンですが、昨日の探索で戦った個体よりも強いものでした。序盤ははっきり言って私がお荷物になる程で、一さんが大活躍でしたよ。この魔石も私が倒した胸を張れるのは3分の1あるかどうかですし」
「【
昨日受けた報告では、【
それが仕込み杖しか持っていない歩に劣ると報告されれば、的場も困惑するのは当然だろう。
「論より証拠です。こちらの映像データをご覧下さい」
「えっ、撮影されてたんですか?」
「ごめんなさい。塔の中で録画すれば、その場で画像の編集なんてできないから証拠としてこれ以上の物はないでしょう?」
「それはまあ、そうでしょうけど」
塔の中ではかなり口調がラフだったため、それが録画した映像に入っているのは不味いのではないかと歩は焦った。
しかし、動画には音が入っていなかったし、映像の画質も悪かった。
(あぁ、そう言えば10年前はまだ塔の中で外と同レベルの動画が録画できなかったわ)
電子機器は塔の中で十全に機能しないから、回帰前は魔石やモンスターのドロップアイテムを用いて塔の中でもちゃんと機能するビデオカメラをはじめとした電子機器の開発が盛んに行われた。
それをすっかり忘れていたため、歩は危なかったと心の中で大きく息を吐き出した。
「なんだこの動き、一、剣道有段者か?」
「いえ、独学です。剣道は学校の体育でやったぐらいですね」
「「え?」」
歩の発言に的場だけでなく望愛も驚いた。
それもそのはずで、あんなに戦い慣れていたのに剣道はほぼ未経験者だと知ればどうしてこれだけ動けるのかとツッコみたくなるのは当たり前である。
驚いて固まっている2人に色々と余計なことを考えさせないように、歩は的場に自分の要望を伝える。
「的場さん、鑑定板を使わせてもらえませんか? ちょっと確かめたいことがあって」
「お、おう。ちょっと待ってろ」
的場も歩の最新の実力を見ておきたいと思ったから、歩の申し出を受け入れて鑑定板を取って部屋に戻って来た。
鑑定板に歩が手を翳せば、探索者レベル2/【
その情報とは称号のことで、歩にゴブリンスレイヤーの称号が追加されていた。
(よし、称号ゲット。これでゴブリン狩りが楽になる)
ゴブリンスレイヤーはゴブリンを100体以上倒すことで獲得できる称号であり、この称号があるとゴブリン系統のモンスターから受けるヘイトが増す代わりに、ゴブリンに対するダメージ量が増加するのだ。
ダメージの増加量だが、これは倒したゴブリン系統のモンスターが多ければ多いだけ上昇する。
どの道ヘイトを稼ぐことになるのだから、ゴブリン狩りが楽になるゴブリンスレイヤーの称号はさっさと獲得しておくに限る。
正気に戻った望愛も鑑定板を使ってみたところ、望愛は探索者レベル2/【
「一にゴブリンスレイヤー称号があって、黒羽にはないのは何故だ?」
「ゴブリンの討伐数が違うからだと思います。おそらくですが、黒羽さんも合計100体倒せば獲得できるはずです」
「負けていられませんね。明日には追い付いてみせます」
望愛は歩に差をつけられたくないようで、すぐに追いついてやると闘志を燃やした。
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