第2話 まだ仮説の段階でよろしければ述べましょう

 光が収まった時、歩の体はベッドの上にあって回帰時計?は左腕から消えていた。


 (寝汗が酷い。シャワー浴びたいな)


 回帰時計?によってどのタイミングまで回帰したのか定かではないが、とにかく歩はシャワーを浴びたかった。


 見知らぬ天井ではなく、歩の目の前に広がるのは大学時代に独り暮らしをしていたアパートの天井だった。


 それ即ち、何年生かまだわからないけど歩は大学生になるまで回帰したことになる。


 シャワーを浴びる前に歩が時計を見たら、2025年4月2日の午前6時だった。


 (なるほど。高熱にうなされたからこその寝汗ってことか)


 自分がブラックジョークデーの翌日まで回帰したとわかってすっきりしたから、歩は体の方もすっきりさせようと浴室でシャワーを浴びた。


 体がさっぱりした後、歩は部屋の壁に嵌め込まれたモニターの電源を入れる。


 地星は科学技術が発展しており、電気があらゆる機械を動かしている。


 歩の住む和国は科学技術が進んでいるため、情報を集める手段が多様にある。


 モニターの電源が入ると、どのチャンネルでも世界規模の大地震と高熱患者について取り上げていた。


 (そうだ、俺は救急車を呼ぶ気力もなくてこの部屋から一歩も出られなかったんだ)


 回帰した今、歩は19歳の大学2年生である。


 10年前のことだから、どうしてここにいるのか思い出すまで少しだけ時間がかかった。


 新年度最初の講義はまだ数日先であり、歩は洗濯と朝食を済ませてから着替え、家の外に出て回帰前によく通った塔に向かった。


 歩の住んでいるアパートから、塔が出現した臣宿しんじゅくはモノレールで2駅の距離でだが、アパートに備え付けのレンタサイクルは住民なら自由に使えるのでそれに乗って現地に向かう。


 (懐かしい街並みだけど、大地震のせいでどこもかしこも酷いことになってる)


 奇跡的に水道や電気、ガスは止まる事態になっていないけれど、地震の揺れ自体が激しくて地面に亀裂が生じたり街路樹が倒れたりと道路はそこそこ散らかっている。


 10年前の道ということで、道路整備がされる前だから塔に到着するまで思ったより10分程かかってしまった。


 現場では既封鎖された塔で和国陸軍による調査が行われようとしていたが、歩は現場付近にある建物の瓦礫に目当ての物が埋まっているのを見つけて拾う。


(あった。鑑定板だ)


 鑑定板とは塔と同じ色の石板であり、回帰前の世界ではこの存在によってトラブルが起きたアイテムである。


 リュックサックに入る程度の大きさの石板だが、スキルが目覚めた者の手を翳すことでその者の探索者レベルとスキル名が表示される。


 探索者制度という名称が世界共通で公開されたのも、鑑定板に探索者レベルの表記があるからだ。


 探索者レベルは0~7まであり、以下の通りの区分けがされている。



 探索者レベル0=スキル未覚醒者


 探索者レベル1=スキル覚醒者(見習い)


 探索者レベル2=スキル覚醒者(駆け出し)


 探索者レベル3=スキル覚醒者(一人前)


 探索者レベル4=スキル覚醒者(中級者)


 探索者レベル5=スキル覚醒者(上級者)


 探索者レベル6=スキル覚醒者(超越者)


 探索者レベル7=スキル覚醒者(現人神)



 歩が手を翳してみたら、探索者レベル1/【武器精通ウエポンマスタリー(制限あり)】と石板に文字が浮かび上がる。


 制限ありの部分に触れれば、制限の内容としてメジャー武器が使えないと表示された。


 (どうしたものかな。メジャーじゃない武器なら使えるってことは、奇剣とか暗器、マイナーな武器しか使えないんだが)


 謎の女性に課された制限は強制的に守らされるものだった。


 この状態で歩が一般的な両手剣を持とうとすれば、その瞬間に体が拒絶して手が震えるから装備できないだろう。


 その時、封鎖した現場周辺を巡回していた軍人が歩のことを見つけて声をかける。


「そこの青年、一体何をしてる?」


 (しまった。長居し過ぎたか…)


 できる限り静かにしていて見つからないようにしていたが、見つかってしまったものはしょうがない。


 歩は振り向いて軍人の顔を見るが、筋骨隆々でサングラスをかけている特徴は回帰前より若くとも歩にとって馴染みのあるものだった。


 (的場ギルド長じゃん。若っ)


 回帰したからまだ探索者ギルドはできていないため、厳密にはまだギルド長ではないのだが、歩に声をかけた屈強な外見の軍人は回帰前に歩も世話になった的場康介に間違いなかった。


「俺の顔に何か付いてるか」


「いえ、何も付いてません。俺は探し物をしてたんです。この石板なんですが、見つけたから帰ろうとしてたところで声をかけられました」


「石板? 少し見せてもらおうか」


 (的場ギルド長なら渡しちゃった方が味方にできるか)


 回帰前から知っている的場の性格や考え方を考慮し、歩は鑑定板を的場に渡す。


 的場が鑑定板を手に取って調べた際、偶然手を翳すような動作をしたことで鑑定板に的場の探索者レベルとスキル名が表示される。


「探索者レベル1? 【射撃術シューティングアーツ】ってなんだ?」


「まだ仮説の段階でよろしければ述べましょう」


「言うだけ言ってみろ。今は非常時だ。仮説でもなんでも調査の助けになるものは知っておきたい」


「わかりました。その石板は俺達が塔の探索者としてどれぐらいの力があるのか、それと俺達に覚醒したスキルを示してるのではないでしょうか」


 歩の口から初めて聞くような言葉がいくつか出て来たため、的場は皺の寄った眉間に手をやった。


 これは的場が考える時にやる癖であり、10年前から変わらないのかと歩は懐かしく思っていた。


「色々と飛躍してるな。まず、塔とこの石板に関係があると思ったのは何故だ?」


「パッと見た感じですが、この石板と塔の材質が同じだからです。昨晩の地震でこの塔が出現したとニュースで報道されました。昨晩から高熱が出る者が多くいたようですが、俺と同じなら熱は引いて動けるはずです。そして、この石板で探索者レベルとスキル名が表示されたので、一連の出来事が繋がってると考えました。というよりも、独立した不思議な現象がここまで連発するのかと疑問におもってます」


「…なるほど。裏付けは必要だが、聞いてて頷ける仮説だ。自己紹介がまだだったな。俺は和国陸軍の的場康介だ。青年の名前はなんだ?」


一歩にのまえあゆむです」


 歩の名前は音で聞けばサラッとスルーされがちだが、漢字で書かれると正しく読めなくなる。


 この場では的場を混乱させないように、歩は自分の名前をどうやって書くのか口にしなかった。


「一、悪いが俺について来てくれ。仮説は実証してこそだ。確かに俺も高熱が出た。他にも高熱が出た奴がいるから、この石板で俺達と同じ反応が出るのか確かめたい。それと、塔と石板の材質が同じか触って調べてみよう」


「わかりました」


 的場に招き入れてもらえるならば、封鎖された塔に近づけるので好都合だと思って歩は頷いた。


 的場と共に封鎖された場所の中に入れば、見張りをしていた軍人達が的場に訊ねる。


「的場さん、その青年はどうしたんですか?」


「俺の協力者だ。塔の調査について、興味深い仮説を提示してくれたからこれから検証する。お前も協力してくれ」


 この現場において的場の発言力は大きいようで、多くの軍人が検証作業に協力した。


 昨晩高熱になった者達は鑑定板を使って漏れなく鑑定結果が出たし、鑑定板と塔の材質は触った限りでは同じものだというのが現場の総意だった。


「なるほどな。つまり、一の仮説はかなり実証できたと言えそうだ。お偉方を納得させるにはもう少しデータがいるだろうが、もたつきそうな初動を加速させられた。感謝する」


「そうですか。では、これ以上のことは的場さん達にお任せします。俺としては、石板で表示された国民に探索者制度を採用し、塔の探索をしてはどうかと思います。陸軍所属の方全員がスキルを会得した訳ではないでしょうし、人手が足りないなら外から引っ張るのはどうでしょう?」


「…合理的だな。一、お前っていくつだ?」


「19です。大学2年生ですね」


 歩が大学2年生だと知り、的場は目を丸くした。


 周りにいた軍人達も同様である。


 近頃の大学2年生はここまで賢いのかと驚いた訳だが、歩は回帰者なので一度経験した未来を先取りしているだけだ。


 とりあえず、この場でできることはこれ以上何もないため、歩は的場と連絡先を交換してから帰宅することにした。

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