第21話 終業式




 自分なりにできることをやったつもりだが『A.S.』の正体は中々見つけられなかった。


 本人に何かしら聞けばいいのかもしれないが、今まで何も返信してこなかった相手が突然探るような質問をしてしまえば、疑念をもたれ連絡を絶たれてしまうだろうと思い、止めておくことにした。


 もしかしたら今後、屋上以外の写真も送られてくるかもしれない。


 そんなことを期待してA.S.からのメッセージが届く状態を維持しておくことにした。


 結局のところ、屋上の写真以降ヒントになるようなものはなかった。


 このままでは追求できないと考え、屋上前での張り込みともう一つ、僕は行動を起こした。


 安直ではあると思うけどユーザー名の『A.S.』に着目して、西高に通う生徒と先生でイニシャルがA.S.になる人をピックした。


 その結果、


 荒井あらい晶子しょうこ

 安東あんどう秀司しゅうじ

 坂口さかぐち亜希あき

 佐々木ささき歩夢あゆむ

 猿谷さるたに晃伸あきのぶ

 椎名しいな梓桜あずさ


 この六人の生徒が該当していたため、その人たちについて自分なりに調べることにした。


 いや、最後の人物については知っているから、調べるも何もなかったけど。


 結論、学校での生活や人間関係を調べていて、少なくとも全員死にたがっているようには思えなかった。


 不自由のない高校生活を送る、ただの一般的な高校生。


 しっかりと罪悪感を抱きながら、覚悟を決めてストーカーじみた行為をしていたのに、何の成果も得られなかった。


 そして、そんなことをしている間に学校は終業式の日を迎えていた。


 明日から夏休みが始まろうとしている。

 つまり西高での調査が長期間できなくなってしまう「ねぇ」これは由々しき事態であり「ねぇねぇ」一刻も早くA.S.の正体を「ねぇねぇねぇ」



「うるさいな」


「春人くんが全然反応してくれないからでしょ」



 梓桜が少し怒ったように僕を見ていた。


 そして周囲を見渡すと、教室には僕と梓桜以外誰もいなかった。


 どうやらこれから終業式らしく、クラスの人達は既に体育館に移動していたようだ。



「最近、ちょっと変だよ。なんだか焦ってるように見える」



 図星だけど、反応は返さなかった。



「もし何か嫌なことを抱えていたとして、それを聞くのは春人くんが話したいタイミングでいいと思ってた。でも、ずっとそんな調子だと、さすがに心配しちゃうよ」


「……ごめん。でも、大丈夫だから」


「大丈夫じゃない顔をしてるから言ってるんだよ。鏡、見てみる?」



 梓桜は明らかに僕を心配していた。


 でもそれは、おかしなことだと思った。


 心配するべきはこの学校の屋上に赴いてまで死にたいと思っている人間で、僕じゃない。


 もちろん梓桜はそんな事情を知るはずもないから仕方のないことではあるんだけど、心配されるのはお門違いという気がした。


 梓桜が、視線を合わせてきて言った。



「お願い。私にできることがあったら、言ってよ」



 そのとき、不思議な現象が起きた。


 梓桜の顔に、一瞬だけ、百合恵さんの面影が重なった。


 梓桜と夜に出会って以降、そんなことは一度たりとも起きていなかったのに。


 どうしてかは分からない。


 ただ、聞かなくては、という衝動に駆られた。


 A.S. って、もしかして…………



「あのさ、梓桜」


「うん」



 空気を吸い込み、一気に言い切る。



「梓桜は自殺しようと、思ったりしてる?」



「…………え?」



 口に出してから、馬鹿だ、と思った。


 梓桜の表情が徐々にこわばっていき、怯えるような目に変わったからだ。


 そんな風に梓桜と対峙するのは、初めてだった。



「…………思うわけ、ないじゃん」



 梓桜はそれだけを言い残して、そそくさと教室をあとにした。


 やってしまった、と思う。


 ただ一人になった教室で、大きな自己嫌悪の波が僕を襲った。

 

 




 しばらくして僕は彷徨うように、体育館とは逆方向に向かって歩いていた。


 重い足取りで、このままどこか遠くに行きたかった。


 中学三年生のときの駿矢みたいに、学校を抜け出して家に帰ってしまおうか悩んだ。


 すると、後ろから誰かが迫ってくるような気配があった。


 後ろを振り向くと、仏頂面の駿矢がいた。



「おい、どこに行くつもりだよ。お前がいないからって担任から春人を連れて来るよう頼まれたじゃねぇか」



 素行が良くなったからか、はたまた模試の成績が良かったからか、駿矢の評価は教師内でもうなぎ上りらしい。


 そして最近、僕たちのクラスの担任は駿矢にやたらと面倒事を押し付けるようになった。


 駿矢も駿矢で、それに逆らったりすることはなく忠実に担任の頼みをきいていた。


 少し前までの駿矢なら、とてもじゃないけど考えられない。


 僕は、分かりやすく大きな溜め息を吐いた。



「駿矢は、どの状態の駿矢が好きなんだ?」


「は? 急にどうしたんだよ」


「僕はもう、自分のことが嫌いで仕方ない」


「…………俺も、そう変わらねぇよ」



 慰めか、本当に共感してか、駿矢はそう答える。


 自分のこと嫌いな人間が、あんな自分勝手に生きれる訳ないだろう、と心の中で悪態をついた。


 駿矢は黙ってしまい、変な空気が流れる。


 重ったるく、どんよりと沈んだ雰囲気。


 その妙な空気感に耐えられなくて、僕は口を開いた。



「なぁ、駿矢。やっぱり同じ人間なんているわけないよな」


「なんだよいきなり。ドッペルゲンガー的なやつ? お前って別にオカルト好きとかでもなかったろ」



 駿矢は怪訝な顔で僕を見た。



「今までさ、ずっと思ってて、これを駿矢に言うつもりはなかったんだけど」



 駿矢は特に構えないでその続きを待ったから、脳に浮かんだ言葉を僕は躊躇ためらうことなく口に出していた。



「百合恵さんと椎名梓桜って、雰囲気とかちょっと似て」



 そこで言葉は遮られた。


 駿矢の右拳がその先を話すことを許さなかった。


 左の頬に重い衝撃が伝わる。


 次の瞬間、僕は5メートルぐらい吹っ飛ばされていた。


 何が起こったのか分からず、倒れた状態のまま駿矢を見上げる。


 不思議なことに、殴られた僕と殴った駿矢は、二人とも同じように困惑していた。


 駿矢は僕を殴った自身の右手を、どうしてこんなことをしたのか分からない、といった不可解な面持ちで見つめている。


 なんでそっちが困ってるんだよ、と思った。



「…………僕、帰るから」



 呆然と立ち尽くす駿矢を置いて、僕は背を向けてそこを去った。


 そのまま校門を出て、家にも直行せず、途方もなく町をうろついた。


 心の中では後悔と反省が織りなすように何度も交互に繰り返された。


 なんで、こんなにも間違いばかりするのだろう。


 左頬がまだズキズキと痛んだが、それ以上に心の方が痛かった。


 完全に自業自得でしかないけど、ただただ最悪で憂鬱な気分だった。










 

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