第15話 進捗報告




 六月最後の日曜日、作戦会議を行ったあの喫茶店に、そのときと同じ三人で再び集合していた。


 理由は、水野から招集がかかったからだ。



《進捗報告がありまーーーーーす!!!》



 分かりやすすぎるだろ。


 とはいえ、嬉しい内容か悲しい内容か読めない状態で聞きに行くより、こうして確実に良い話だと分かっている方が変な心構えをしなくて済む。


 駿矢があれからどうしたのかも気になるし、行かない理由は特になかった。


 そして今、水野はチーズケーキを口に頬張りながら、もったいぶるように言う。



「ちゃんとお礼ができたんですけど、それだけじゃなくてですね。実はもう一つ、報告があるんです」


「ゆずちゃん、それは一体?」


「ふふっ、なんと最近、駿矢先輩が、助けてくれたあの日と同じ先輩で接してくれるようになったんです!」


「おおっ!」



 どうやら、駿矢は僕との約束を守ってくれたようだ。



「それは良かったな」


「私と話してても全然楽しそうじゃないですし! 常に無愛想なんです!」


「ダメじゃん。脈ないだろ」



 嬉々として言うには適さないことを嬉々として言われたから、つい声に出してしまった。


 向かいに座る椎名が「こらっ」と僕を叱った。


 前回とは位置が違い、今回僕の隣はちゃんと空いていて、テーブル越しに椎名と水野が並んで座っている。



「もちろん、付き合えたらいいなっては思ってますよ。でも、まずそれよりも、駿矢先輩にとって心の内をさらけ出せる相手になれたことが大きな一歩なんです。本心を見せれない状態で付き合ったって何の意味もありませんから!」



 なんだかんだで真面目な後輩だと思う。


 行動の勢いとか有り余る元気の良さとか、三ヶ月前まで中学生だった片鱗がまだ残るところはあるが、水野のそういうポリシーはしっかりしていた。



「もし付き合えなかったとしても、駿矢先輩が本音を吐き出せる場所が一つ増えた訳ですから、本当に良かったって思います」



 一点の曇りなき笑顔で水野は言った。


 そんなことを平気で言えてしまう点は、例え後輩でも尊敬してしまう。


 なんでこんな良い奴が駿矢のことを好きになってしまったんだろう。


 世界って残酷だな。


 小さな溜め息を吐く僕の向かい側では、椎名が目を細めながら水野の頭を撫でている。尊敬する先輩に可愛がられる水野は嫌がることなく素直に照れていた。


 何にせよ、本人が喜んでいるなら、それでいいか。



「僕からアドバイスできるようなことはないけど、応援してる。頑張れよ」


「はい! 私、スイッチ入ったらすぐ行動しちゃうタイプなので、もしかしたら全部事後報告になっちゃうかもしれないんですけど、とにかく頑張ります!」



 そうして、水野とは喫茶店で解散した。

 水野とは、であり、椎名とはまだ別れない。


 今日もまた、僕は椎名の息抜きに付き合うことになっていた。






 喫茶店から歩いて徒歩十分。

 僕と椎名は二人でカラオケ店に来ていた。


 カラオケなら悪いことをする訳でもないし、前みたいに水野も呼んで良かったんじゃないか、と思っていたが椎名の歌を聴いて納得した。



「なんて曲だよ、これ」



 歌うというより、叫びに近い。歌詞も、まぁ、中々に酷い。


 こういう曲のジャンル、確かヘヴィメタルって言うんだっけ。


 あまりそういう系統の曲に馴染みがないから、人が歌っているのを聴いて普通に戸惑った。


 全力で歌い上げた椎名は、清々しい顔をしている。



「良い曲だよねぇ。ストレス解消にもピッタリだし」


「これ、もし水野やクラスの人たちがいたら何歌うんだ?」


「流行りのアイドル曲かな。期待裏切らないために時々勉強してるんだ」


「……改めて、ストレス溜まる生き方してるな」



 それからも椎名は絶叫を続けた。


 椎名曰く、どの曲も一応有名ではあるらしい。


 ただの一曲も知らなかったが、部屋の隅に置いてあるタンバリンをテンポに合わせて鳴らした。


 最初は「交互に歌おうよ」という提案を断っていたが、やがて疲れ切った椎名を横目に、僕も何曲か歌うようになり、気付けば三時間も経過していた。



「気になってたんだけどさ、椎名、今週なんか元気なかったよな」



ふと、日常会話程度のつもりで思ったことを伝えたら、椎名は飛び跳ねるように驚いた。




「えっ、なんでっ? なんで分かったの!?」


 

 僕にはその反応が不思議に思えた。



「なんでって言われても、見てたら分かるだろ」


「そうかな? 友達からはなんも言われてなかったし、バレてないと思ってた」



 休み時間や放課後、椎名の周りにはいつも人が集まっている。


 さすがに誰か一人ぐらいは気付くだろうから、その人達は変に刺激したりせず、そっとしておくために気を遣って言わなかったのかもしれない。



「それで、何かあったのか?」



 椎名は顔を引き攣らせながら、珍しくおどおどとした調子で口を開いた。



「実は、その、模試の結果でね。先生からの期待を裏切っちゃって……」



 悪いことをして反省する子どもみたいだった。


 そんなことで落ち込むのか、と思わなくもないが『頼み事を断れない』『期待を裏切れない』は椎名が抱える悩みの二大巨頭だ。


 気にするな、と言ったところで、椎名は気にしてしまうのだろう。


 あえて普通に会話することを選んだ。



「そんなに点数悪かったのか?」


「あ、えっと、点数はいつも通りだったよ。だけど順位が、その、2位だったから」



 なんだそれ。



「じゃあ、椎名は何一つ悪くないだろ。常に1位期待してる教師が頭おかしいんだよ」


「う、うん。ありがと」



 椎名の歯切れは悪いままだった。



「これまでずっと1位取ってた椎名が凄すぎるんだよ。北高でも椎名に学力勝てるのほとんどいないって聞いたことあるし。……ただ、そう考えると今回1位だった人すごいな」


「あっ……先生がポロッと名前出してたんだけど、その、1位は、八木くんらしくて」


「…………は?」



 言われたことが理解できず、椎名を凝視した。


 ……駿矢が、あの駿矢が?


 よくよく思い返せば『真面目に勉強する』と電話してきて、そこから学校にも来るようになっていたけど、高校一年からの遅れを取り戻した上で椎名に勝つには一体どれだけの勉強をしたらいいんだ?


 この間買わされた、カゴいっぱいのエナジードリンクを思い出す。


 目の下についたクマも、そういうことだったのか。


 椎名に余計な小言を言った教師の気持ちも、なんとなく察する。


 確かに、教師からしたら嫌だろうな。

 一ヶ月前まで学校で授業を受けてなかった不登校の生徒が、ずっと真面目に授業を受けていた優等生に勝ってしまったのだから。


 それはつまり、自身の授業の価値や必要性を否定されたようなものだ。



「すごいよね八木くん。でも、私も、期待裏切れないから、頑張らないとだね」


「……マジかよ」



 駿矢の行動にはいつも驚かされてばかりだけど、今回はさすがに引いてしまった。








 心が落ち着かないまま家に帰宅すると、なにやらスマホに通知が来ていた。


 中学以来使っていないSNSアプリに2件のダイレクトメッセージ。


 そうだった。この前、寝起きで妙なアカウントを作って発信した。


『自殺しようと考えている人の声を集めてます』


 送られてきたメッセージを一つ開く。



《キモいアカウントだな。お前が自殺しろ》



 ぐうの音も出ない正論だった。


 自死を考えている人の話を聞くにしても、やっぱりSNSでこういうやり方は良くなかった。


 もう一つのダイレクトメッセージも確認するか悩んだが、考えた末、結局見ることにした。


 特に何も考えず、指で画面をタップした。




《私はずっと死にたくて仕方がないです。もしよければ私の話を聞いてみませんか?》




 読んで、絶句した。


 いや、確かに、寄せられるメッセージとして、こういう内容を僕は求めていた。


 分かっていたはずなのに、いざ起こってしまうと言葉が出てこない。


 取り返しのつかないことをしてしまった、と僕は酷く後悔した。

 










 

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