第7話 幕間 中間報告と彼女のその後

王国歴387年2月3日 PM3:22

ファンダルク王国 ダンジョン:異界都市デッドスペースシティ

場所:不祥



 以下、暗号文で送受信された文章である。


 白銀狼より抗体詐欺師のうそつき公爵殿へ定期連絡


 現状報告

 ・胸が肥大化しているがまだ生存継続中

 ・探索継続可能

 ・リスト10名のうち、3名始末完了

 以下、始末者の名前を記す。

   大山賊首領ゴラス

   政治犯クルースリク

   暗殺者ヴェノム

 ・それに伴いアーティファクト3つ獲得

 以下内訳

   オーブ2個

   自在偽装印鑑(他ダンジョンの出土物)


 要求事項

 確保物の受け渡しの方法を求む。

 抗体の効果について、きわめて重篤な疑惑あり。詳しく、説明を、求む。




 ビッグパパから白銀狼殿へ返信


 報告内容了解。

 確保物の受け渡しについては、以下内容にて実施されたし。

  都市北東の河川より、

  魔法短波発生装置とともに

  収容カプセルに入れ流すこと。

  ただし自在偽装印鑑以外の物の送付の必要はなし。

 

 抗体の効果については、現在でも改善中のため、

 返答を、控える。

 効果の不備については改めて次回、連絡されたし。

 最後に、「生存ご苦労」





 その日、令嬢らしからぬ叫び声が、街の何処からか響いたという。








王国歴387年2月6日 PM5:22

ファンダルク王国 ダンジョン:異界都市デッドスペースシティ

外郭第8番ストリート 通称『令嬢スラム』



「オーホホホ!!お待ちなさい~!か~わい子ちゃ~ん!!」

「私たち、今宵の晩餐の余興に命を奪いたくてしようがありませんの~!!」

 常軌を逸した悪漢令嬢2名に追われる者あり!

「ひええ!!」

 元貧乏令嬢であり、元ヴェリノマの取り巻き令嬢の中、唯一生き残ったリッサである!

「そんなきれいなおべべだと、引き裂き甲斐がありそうですわ~!!」

「ひぃい!!やめてくださいましーーッッ!大事な物なんですーーッッ!」

 よたよたと走るリッサに二名の暴漢令嬢は、まるで嬲るように緩急をつけ追いかける!

 やがて路地裏の袋小路に追い詰められる!

「ま、まさか行き止まりですわ!?」


「追い詰めましたわ~!か~わい子ちゃ~ん!!」

「終点がギョクザノマとは上出来じゃありませんの~!」

 壁には、恐ろしい文字で『ギョクザノマ』と書かれている。

 なお誰にも意味は解らない。

「ひぃ~!!」

 辺りを見渡すが、逃げ道なし!

 だが、もしかしたら誰かが助けに来てくれるかもしれない!

 時間稼ぎせねば!

 だが、どうやって……!?

 そこでリッサは思い浮かぶ!

 一縷の望みをかけ、ぎこちないながら、おもむろに挨拶をする。

「ご、ごきげんよう!わた、わたくしはリッサと申します!」

 挨拶を受けた悪漢令嬢たちは顔を見合わせ、笑う。

 どれほど蛮族的思考に支配されていても、令嬢は令嬢。

 名乗られたら返すのが令嬢の礼儀マナーである。これで少しは時間稼ぎができるはず!

「ごきげんよう~リッサ様、私は~バルーサと申します~」

「ごきげんよう~リッサ様、私は~バルバと申します~」

 かなりふざけた態度で挨拶を返されるも、……助けは来ない!

 時間稼ぎは……失敗!

「そらっ」

 胸元を押され、地面に尻もちをつくリッサ!

「キャッ!!」

「お名前を教えてくれるなんて、なんて良い子なのかしらリッサ様~」

「お礼に貴女の全身の肌を剥いで額縁に飾って差し上げますわ~リッサ様~」

 猟奇的な提案をする悪漢令嬢たち!


 恐怖に尻もちをついたまま後ずさるリッサ!


 ふとその手に触れるものがあった。

 それは錆びた短めの剣であった。

 精々鈍器にしか使えなさそうな代物。

 だが今やリッサの命綱であった。


 立ち上がりながら震える両手で精一杯それを構え、威嚇するように二人の悪漢令嬢に向ける!

「あらあら!素敵!リッサ様の令嬢剣技を見せてくれますの~!?いや~困っちゃいますわ~!」

「じゃあ、サービスに1回だけあなたの攻撃を受けて差し上げますわ!……でもその後は、ねえ?舐めた真似をしたお仕置きとして、入念にボコボコにして差し上げますわ!」

 邪悪な発想を共有し、凄惨に笑い合う悪漢令嬢たち!

(ああ!私もヴェリノマ様のところで、少しでも戦闘訓練を積んでいれば!)

 ヴェリノマの屋敷に引き取られて1日目に、先輩たちに申し出たものだが、

“あら、リッサ様にはまだ早いですわ”

“それよりもまずはハウスクリーニングを覚えてくださいませ”

“私たちの薬が欲しい?いいえリッサ様はまだ飲んではいけませんわ”

 そう言って困ったふうな笑顔をしながら優しく頭をなでてくれたものであった。


 既に亡き先輩たちの優しさが、今は愛おしく、若干恨めしかった。


 そんな先輩たちの姿を知るのは最早自分しかいない。

 先輩たちの記憶を残すためにもリッサは生き残る必要を感じていた。


 ――それはリッサの中に生まれた矜持プライドであった。


 だが、現状生き延びるためには戦う技能が必要で、ずっとおびえ、逃げていたリッサはそんな技能は持ち合わせていなかった。

 せめて誰かが戦っていた時の動きでも記憶にあれば!

(誰でもいい!戦いの記憶!戦いの記憶!戦いの記憶!ああ!誰か!私に教えてくださいませ!!)


 リッサは必死に記憶をたどる。


 やがて、朝日に光る白銀の令嬢を思い出す。

(そうだ、リアン……様……)

 一度だけ見た彼女の剣筋。

 己の主を切り倒した、あの軌道。

(あれは、確か、こうして……)

 剣を腰の横に構え、

(……こう!)

 抜き放った!


 その斬撃は、過たず悪漢令嬢の首を抵抗の一切なく切り裂き……

「ご、ごめんあそばせ!!」

 爆発四散せしめた!!


「へっ?」

 あっけにとられるリッサと、慌てふためく悪漢令嬢。

「なっなんですの!?リッサ様!いったい何をしましたの!?」

 困惑する悪漢令嬢、だがすぐにその顔が怒りに歪む!

「よくも!!私の相棒を!!許しませんわ!!」

「ひええ!」

 おびえながら剣を再び向けるリッサ!

 だが錆びた剣は百年の時が経過したかのように根元からボロボロに朽ち果て、折れていた!

「な、なんでぇ!?」

「お死になさい!リッサ様!死ねぇ!!」

 飛び掛かってくる悪漢令嬢!


 万事休す!


 と、リッサが諦めたその時!

 銃声が響いた!

「ごめんあそばせ!」

 銃弾が命中し、悪漢令嬢が爆発四散した!


「爆発音が聞こえて来てみれば!あなた!大丈夫かしら!!?」

 駆けつける警官風のドレスを着た令嬢。

「へ?」

「あなた、立てますわ?」

 彼女はまた尻もちをついていたリッサに手を差し伸べる。

「は、はぃ……!」

 その手を握り、立ち上がるリッサ。

「そんなきれいな服でここを歩くのは危ないですわ?どこの屋敷の方?送って差し上げますわ?」

「……」

 彼女の言葉に、目に涙を溜め、俯き首を横に振るリッサ。

 強い令嬢の庇護下にあった取り巻き令嬢が、様々な要因でその庇護を失うのは、この都市では日常茶飯事である。

 官憲令嬢は事情を察し、しばらく沈黙の後、「じゃあ」と、

「私たちのところに来ますか?」

 提案した。

 その言葉に目を上げるリッサ。

「え、い、いいんですか!?」

「ええ、その代わりお賃金は安くて激務ですけど、ね」

 官憲令嬢は悪戯っ気な笑みをしてウィンクするのだった。

「あっありがとうございます!是非にも!……あっそうだ……!」

 リッサは優雅に背筋をただし、礼を向ける。

 それは礼儀マナーである。

「ごきげんよう、私はリッサと申します!」

「ごきげんよう、リッサ様。私はマルレーテと申します。よろしくお願いしますわ!」


 並んで薄暗い路地裏から出ていく二人。

 やがて夕方の光が、彼女たちを優しく迎え入れた。





 続く。

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